つぎのあなたの瞳の色は

墨尽(ぼくじん)

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学園編

13. 厚着の仕方が雑なので

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「先生、入りますよ?」
昼過ぎ、ボルエスタは食事を持ってたつとらの部屋を訪れた。
たつとらは窓辺に立って伸びをしている。薬王からもらった力のお陰か、今回はとても回復が早いようだ。
「ボルちゃん、ちょうどお腹すいてた」
たつとらは顔いっぱいに笑顔を溢れさせると、ボルエスタを迎え入れた。
ボルエスタもつられて笑うと、食卓に食事を並べる。
「もう起きて大丈夫なんですか?熱は?」
そう言いながら額を触るボルエスタに、彼は大人しく目を瞑る。彼の瞳を縁取る長いまつ毛が僅かに揺れていて、その繊細さにボルエスタの心が跳ねた。邪念を捨てるように手の甲に意識を集中させる。
「無いと思うけどなぁ」
「…無いですね。良かった」
「ぃよし!」

2人で食卓につくと「いただきます」とたつとらが言い、ボルエスタも続いた。
目の前の食事をモクモク平らげる様子を見ながら、ボルエスタは安心する。
「足りますか?」
笑いながら言うと「ん」と言いながら口を動かしている。トマトにフォークを刺すと、彼はこちらに笑顔を向けた。
「あいつら、どうしてた?」
「Bクラスの事ですか?元気に自習してましたよ。彼らにシールドを教えてるんですか?」
「うん。…たまちゃん怒ってた?」
「たまちゃん?もしかしてタールマ先生の事ですか?」
「そうだけど?」
首を傾げるたつとらを見て、口元が緩むのを抑えられない。声を出して笑うと、彼は更に不思議そうな顔を浮かべる。
「タールマ先生にそんな愛称をつけるのは、あなたくらいです。ふふ、怒ってましたよ」
やっぱりかぁーと頭を垂れる彼に、ボルエスタは更に追い打ちを掛ける。

「2重召喚って、前にも後にもディード・ウェザールしか出来ないって知ってました?」
たつとらの箸がピタリと止まった。ボルエスタを見る顔はポカンとしている。
「え?うそ?校長とかも?」
「出来ませんよ」
そう聞くと、たつとらは頭を抱えた。
「やらかした~~!」
その様子がとても可笑しく、クスクスと笑いながらボルエスタは続ける。
「あなたがディードと何か関係あるのではないかという噂が飛び交ってますよ。神龍事件以来、その噂で持ち切りです。知らなかったんですか?」
愕然とする彼の空になった皿を片付けながら、噂の例を述べていく。
「ディードの隠し孫説、校長の隠し子説、ほんとはギバダのスパイ説…この数日おかげで退屈しませんでした」
「うーん」と言いながら頬杖をつく彼を横目に、ボルエスタはコーヒーを入れに席を立つ。

「明日から授業を?…大丈夫ですか?」
「…?ああ、身体?大丈夫大丈夫」
笑いながらたつとらは答える。昨日まで死にかけていた人間が言う言葉には思えない。
病について詳しいことが分からないままでは、本人の匙加減に任せるしかないのがもどかしかった。
「生徒たちに教えるくらいなら、まったく問題ない」
「……夜のお仕事はしばらく禁止ですよ?」
「あ~あれもね、本来なら大丈夫なんだけど…三姉妹に力渡しちゃったし、発作のせいで……」
バツが悪そうにたつとらがゴニョニョ言うと、ボルエスタは指を立ててはっきり言う。
「禁止です。返事は?」
「…はい」
机に顎を乗せ、口を尖らせたたつとらに淹れたてのコーヒーを差し出す。一転、おお!と目が輝いた。
「明日、元気に授業する為にも、ゆっくり休んでくださいね。明日から僕は勉強会で数日留守にしますから…」
「うん」
「外に出る時は1枚羽織って出るんですよ」
「うん」
コーヒーをフゥフゥと冷ましながらたつとらは答える。ボルエスタは満足そうに微笑んだ。



クローゼットの中には外套しか無かったので、たつとらは仕方なくそれを羽織った。
校服の上に着るものなので、黒を基調とした正統派の造りをしている。
今日は金曜日。生徒たちの所へ向かう。

快晴だった。
冷たい風がふわりと吹いて、たつとらは外套のポケットに手を突っ込んだ。彼に気付いたBクラスの生徒が目を丸くしている。
「たつとら!校服!?」
そう言うと一斉に駆け寄ってきた。
「なーんだ、外套だけか」
そう言いつつも、たつとらが学園の服を着ているのは嬉しい生徒たちはニコニコしている。

(外套めっちゃイイ~、眼福やぁぁ)
すっかりたつとらウォッチャーになったルメリアが近くの柱からこっそり見ている。
ファーのついたダッフルコートを着て、耳当てのついたニット帽をかぶっている。手にはオペラグラスと、完璧な装備だ。これで寒さなど気にならず鑑賞が可能だ。

「今日寒いからな。俺は運動しないし」
さーぁ、はじめるぞーと手で生徒たちを追いやると、生徒たちはキャッキャ言いながら元の場所へ整列した。
やたらニヤニヤしているテッサとセラに陸は首を傾げると、テッサが陸に耳打ちする。
〈見てよ~他のクラスの女子たちの顔!たつとらに見とれてるわ~〉
別の方向からセラが耳打ちする。
〈うらやましいだろ~Bクラスで良かったね~陸~〉
陸はハッとしたように周りを見渡した。
他のクラスの生徒がたつとらに注目しているのが分かる。神龍の一件以来、彼は注目の的になっているらしい。陸はなんだか心がざわざわするのを不思議に思った。

「シールド上手くなった?今回は応用編しようか」
たつとらは手のひらを前に出し、光のシールドを出現させる。
「詠唱しないと魔法は使えないとされるが、簡単な魔法なら詠唱せんでもいける。特にシールドは速さを要求される場合が多いから、呪文は極力少なくするのがベストなんだ。教科書に書いてある中二病臭いもんは詠唱しなくても、一言でいいんだ。シールド!盾!シェル!プロテス!なんでもいいぞ~」
「たつとら、中二病て何?シェル?プロテス?」
たつとらはニヤリとすると、続けた。
「例えば仲間と組んで戦っている場合、仲間が敵に攻撃を受けて落下するとする。落下する前にシールドを張ってあげることで、仲間は被害を最小限に抑えられる。その為にはスピード、判断力が必要だ。鉄!」
「おお!」
急に呼びかけられた鉄だったが、嬉しそうに返事をする。
たつとらは100メートル程先の木を指さした。
「あっこまでダッシュ。全力で」
「おお!」
鉄は物凄い勢いでダッシュする。たつとらが手をかざすと、鉄はシールドに包まれた。

「動いている相手にシールドを張るのは難しい。コツを掴むんだ。2人1組になって、実践開始!」
その声に元気よく返事をすると、生徒たちは2人で組んで実践し始めた。
それをニコニコしながらたつとらは眺め、「お、今のいい!あー惜しい!」と1人楽しそうにしていた。

しばらく見守っていると、誰かが近寄ってくる。気づいたたつとらがそちらの方を向くと、ほかのクラスの生徒が立っていた。
「…お前確か…」
たつとらはその生徒に見覚えがあった。
その生徒はピシリと敬礼すると、口を開いた。
「Sクラス、ルードス・デハイムです!」
「あ~あの、検定の時の!あん時怪我なかった?」
「はい。先生のお陰です」
そうか、良かったと彼が笑顔で返すと、ルードスは続ける。
「Bクラスの授業に参加したいのですが、良いですか?今日は自習ですので…」
「あれ?そうなの?全然いいよ。ちょうど道元が余ってる。どうげん~」
呼ばれた道元はルードスを見つけ、眉根を寄せた。なんでSクラスの奴なんかと、と顔に書いてある。一方のルードスはたつとらを見つめ続けていて、道元など視界には入れない構えだ。
「道元とペアを組んで、練習してみてくれ」
「分かりました。先程から見ていたので説明不要です」
2人は位置に着くと、道元が先に走り出した。
ルードスが短く詠唱し、シールドを張ろうとすると、それを避けるように道元が進路を変える。
いつの間にかシールド掛け合い勝負のようになり、2人は白熱していく。
「あらあらあら」
そう言いながらたつとらは楽しそうに笑った。
するとSクラスからまた数人生徒がやってきて、訓練に参加したいと言ってくる。
たつとらは快諾すると、あえてBクラスとSクラスがペアになるように組み直した。
「白熱しちゃいそうだから、時間は5分ね。5分たったら1回休憩して攻守交代とする。始め!」

始めの走る事から逸脱して、跳躍したり、転がったりと生徒たちはシールドを掛けられないように逃げ回った。シールドをかける側は躍起になって追いかける。
白熱しすぎる生徒たちが怪我をしないように、魔法で制したり、口で制御したりとしながらたつとらは楽しそうにしている。
「いいね!お椀型のシールド上手!…おいそこー手は出すなよ~!」
ふふふ、と言いながらたつとらは寒そうに腕を組み足踏みをしている。寒さで耳は真っ赤になっていた。
「いいなぁ、俺も動きたい」
そう独りごちていると、またこちらに向かう人影が見えた。今度はまったく見覚えがなく、生徒でもない。身なりから国の軍人だと分かるが、軍服の造りが豪華で、勲章がたくさん付いている。
生徒たちもその姿に気づいたようで、訓練を止め整列し姿勢を正した。

「あなたがたつとら先生でしょうか?」
「そうですが…何か?」
そう言うと、男は制帽を脱ぎ会釈した。たつとらも軽く会釈を返す。
「私はルードスの父です。ダグラス・デハイムと言います。先日は息子を助けていただき、ありがとうございました」
ああ、というとたつとらは笑顔になった。
「礼には及びません。教師ですから。おーい、ルードス!お父さん来てるよ~!」
たつとらの声にルードスは走り寄ってきた。走り寄ってきたルードスの背に優しく手を添えながら、ダグラスは話す。
「実はたつとら先生にお願いがあるのです。我がデハイム家に入り、このルードスの師となってはくれませんか?」
ルードスはまっすぐたつとらを見つめている。ダグラスは続けた。
「この息子は幼い時から出来が良く、師を付けてもその手に余ってしまうばかりでして…。今回の神龍の件でルードスはすっかりあなたに傾倒してしまいましてね、先日ルードスから相談されまして…あなたに学びたいと」
たつとらは困り顔で答える。
「…デハイム公、折角のお話ですが、お断りします。大体、俺のような素性の知れない輩をご子息の師につけるなど、周りから何を言われるか分かりませんよ?ご子息は優秀ですから、師を付けずとも立派に成長されるでしょうし…」
「ですが…」

言葉半ばにして「デハイム将軍!」とチャン秘書が割って入る。ものすごい勢いで校長室から走ってきたようで、肩で息をしていた。
「校長はお断りしたはずですよ!デハイム家だけでなく、他の方々からのお誘いも一律お断りしています。他家との関係性もあるので、どうかお控えください」
「ですが、息子がこんなにも熱心なのは初めてで…」
ダグラスが続けようとするのを、ルードスが手で制した。そのまま口を開く。
「ではチャン秘書、校長にお伝えください。私、ルードスをBクラスへ移籍させて下さい!」
ダグラスは頭を抱えた。
格下のクラスへの移籍など前代未聞である。
SクラスとBクラスの面々は先程の熱戦を忘れたかのように、驚いて顔を見合わせた。
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