死んだはずのお師匠様は、総愛に啼く

墨尽(ぼくじん)

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青、白

第51話 鴻大すぎる愛の告白

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「黒兎……僕の言う事に、短くていいから返事をしてくれるか?」
「……うん」

 視線を下げながら黒王が答える。目線は床を凝視したまま、翡燕とは目も合わせない。
 黒王は自身が悪いと分かっている時、昔から目線を合わせない癖があった。

 そんな彼を見ると、翡燕はいつも怒る気を無くしてしまうのだ。本人は無意識でやっているところがまた狡い。
 まさに兎のように縮こまる黒王に、翡燕は頭を垂れた。

「僕に内緒で何かをしていた?」
「……うん」
「四天王全員で考えたのか?」
「………違う」
「……じゃあ、弐王様か?」
「……」

 黒王は返事を返さず、僅かに眉を顰める。そして少し拗ねたような顔をしながら、静かに頷いた。

「その行為を後悔している? 彼に強要されたのか?」
「違う!」
「……なぁ、黒兎……」

 翡燕は黒王の名を呼びながら、その手を掴んだ。その瞬間、びくりと身体が強張るのを感じる。
 依然として顔を会わせない黒王の顔を、翡燕は身を乗り出すようにして覗き込む。

 無理矢理目線を合わせた黒王の瞳は、翡燕が一番見たくない色を浮かべていた。
 罪悪感に塗れていながら、許しを乞うような、縋りつくような瞳。

 咄嗟にそれから目を逸らして、翡燕は口を開く。

「黒兎、四天王の力は、ユウラのもの。ユウラの皇家のもの。……弐王様に聞いたんだろうが、僕の身体はもう限界なんだ。その尊い力を、僕なんかに使ってはいけない。分かるな?」
「分からない!」

 その黒王の返事は怒気を孕んでいた。
 翡燕を責め立てるような瞳で、今度はしっかりと視線を合わせてくる。

 翡燕が反論しようと口を開くと、その口は黒王の唇で塞がれた。抵抗するように黒王を手で押しやるが、その手首は易々と拘束される。 


 手首を掴まれたまま寝台へと押し倒され、さらに唇を重ねられる。
 圧倒的な力で押さえつけられたまま、翡燕の口腔内にぞろりと舌が侵入してきた。

 その感覚に翡燕は全身を粟立たせる。歯列を沿うように撫でられ、逃げ惑う舌は絡めとられた。

 翡燕の口内がいっぱいになるほど、黒王の舌は大きい。反して口腔内で蹂躙される自身の舌はあまりにも小さく、口付けだけで自分の弱さを思い知らされる。

 かつての教え子に、自身の弱さを思い知らされるなど、屈辱でしかない。

 悔しさで翡燕が涙を溢れさせると、黒王の瞳が見開いた。そしてその眉が悲しそうに下がり、見開いた瞳をゆっくり閉じる。
 その瞬間、翡燕の体内をぶわりと力が駆け巡った。

 途端に快感が翡燕の身体を這い回り、黒王の手を縋るように握りしめる。黒王によって塞がれた唇の隙間から、甘い声が漏れ出した。

「んん! んぁ、は……!!」
「……翡燕……どうして……」

 唇を僅かに離して呟く黒王に、翡燕は反応することが出来ない。
 抗えない快感が駆け巡り、涙をぼろぼろと零す。黒王の唇が離れた隙に、翡燕は自身の唇を噛みしめた。

「どうして……拒む?」
「こ、くと……やめろっ……!」

 眉を顰めて啼く翡燕の唇は、噛みしめたせいで血に濡れていた。それを見た黒王は慌てて掴んだ手を緩め、同時に流れていた力も止まる。

 翡燕は顔を紅潮させ、乱れていた呼吸を整える。昂った熱はなかなか治まらない。翡燕が責めるように黒王を睨み上げると、彼は自身の両手で顔を覆っていた。

 その指は固く強張っており、まるで顔を掻き毟るように折れ曲がっている。そして指の隙間から、黒王の声が漏れ出した。

「翡燕………どうか、俺から、希望を、奪わないで」
「……?」

 それは悲痛な声だった。翡燕が咄嗟に身を起こしても、黒王の姿勢は変わることが無い。
 子供のような姿に翡燕が戸惑っていると、黒王の肩が震え出す。

「俺は何もいらない。あなたから、なにも奪わない。俺に愛をくれなくていい。……ただ、愛させてほしい」

 黒王が泣いている。その姿を見て、翡燕の喉がぎゅっと絞られる。


 翡燕は黒王の事を、青年の頃から知っている。しかし黒王が泣くのをみるのは初めてだった。
 惨たらしい戦場で、夥しい戦友たちの屍を見ても、眉一つ動かさなかった男だ。

 そんな彼に対して「その愛は勘違いだ」などと言えるはずもない。
 しかし簡単に返事ができるものでもなかった。

 翡燕は黒王の手を顔から引き剥がし、子どものように歪む顔を見た。涙でぐしゃぐしゃな顔に翡燕は思わず眉を下げて、その身体を抱きしめる。

「……黒兎……うん、お前の気持ちは……解った。……でも今は……待ってほしい」
「待つ。待つのは慣れた」

 黒王が鼻を啜りながら言った言葉に、翡燕はぐっと言葉を詰まらせた。

 大いに待たせた覚えのある翡燕だが、ここでそれを言うのは狡い。まるで自分が黒王を虐めているような感覚に陥る。
 先ほどの行為も、今まで黙って実行されていた事も、もう責める気は起きなくなってしまった。

 そしてもう、翡燕の怒りの矛先は別の人物に向かっている。言うまでもないが、弐王だ。

 しかし翡燕は、もうその人物に怒りを向けたくなかった。向ければ向けるほど、心底何もかもに絶望するからだ。

 黒王を抱きしめながら、翡燕は鼻梁に皺を寄せる。今だ鼻をぐずぐず鳴らす黒王の背を撫でて、深く溜息をついた。



_________

 翡燕は闇の中で、ある屋敷の前に立っている。

 思ったより小さな屋敷に驚きながら、翡燕はその扉を叩いた。深い緑色の扉も驚くほど素朴で、この屋敷に住んでいる人物の印象とはかけ離れている。

 真夜中で、しかも事前の許可も取っていない。
 望み薄と思いながら翡燕が待っていると、なんと問答もなくその扉は開いた。

 しかも扉を開けたのは従者ではなく、この屋敷の主人であるグリッド卿本人だった。


「よぉ、入れ」
「……グリッド……あまりに不用心じゃないか?」

 翡燕がそう言うと、グリッドが微笑んだ。翡燕の手を引き屋敷に入らせると、自然な流れで外套を受け取る。

「お前の匂いが、先程からしていたからな。普段は扉など開けん」
「なるほど、獣人の嗅覚は流石としか言えないな」

 翡燕が親し気な笑みを向けると、グリッドが口端を吊り上げた。その表情は何かを期待しているそれだ。

「グリッド……手合わせはしないぞ」
「手合わせ?そんな事は考えていない。こんな夜更けにどうした? 戦司帝の亡霊よ」

 翡燕は笑いながら、手に持っていた酒甕を掲げた。とっくに見えていたはずなのに、グリッドは驚いたような顔を浮かべる。

「酒盛りか! いいな」
「……すまんな、付き合えよ。飲まんとやっとられん」

 翡燕は酒甕をグリッドに押し付け、溜息を付きながら笑った。
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