死んだはずのお師匠様は、総愛に啼く

墨尽(ぼくじん)

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後日談

9 色とりどりの七曜表

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◇長く期間が空いてしまって申し訳ございません。
前回の更新が気が遠くなるほど前なので、おさらいを兼ねて新キャラ『緑青』の説明をさせて頂きます。(覚えている方はスクロールを)

※ロク(緑青ろくしょう) …… 屋敷の前に捨てられていた赤子
素性も親も不明。小さな翼を持ち、その形状が亜獣っぽいので、亜獣と人間のハーフではないかと翡燕たちは推測している。
『戦司帝さまの子どもです』という書置きとともに捨てられていたため、翡燕が一時的に保護している。続編の鍵となる子です。

これから物語がぐっと動きます。更新不定期です。よろしくお願いいたします。



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 布人形が宙に舞い、獅子王の前にぺしゃりと落ちた。それを投げた張本人は緑青ろくしょうの眼に溢れんばかりの涙を溜め、頬をぷっくりと膨らませている。

「こら、ロク。せっかくソヨさんが作ってくれたお人形なんだから、大事にしなきゃ」
「っや!」

 ぷいっと音がするほどに顔を背けたロクは、至極ご機嫌斜めようだ。
 獅子王は布人形を拾い上げ、翡燕愛用の寝椅子によじ登ろうとするロクを抱き上げる。

「こーら、だめ。ここは翡燕の場所」
「いや! すわぅの!」

 ばたばたと暴れるロクは赤子とは思えないほど力が強い。がっちり両手で抱え込んで、獅子王は小さく項垂れた。

 ロクがこの屋敷に来てからひと月が経つが、未だに赤子が居る生活に慣れていない。それは獅子王だけではなく、四天王や弟子たちも同じのようだった。
 獅子王は腕の中のロクを見下ろして、未だに残る疑念を振り返る。

(……どう考えても、成長が早いよなぁ? 一体何の種族なんだろう?)

 拾った頃のロクは、生後まもなくといった小ささだった。しかし彼はあれよあれよという間に大きくなり、今では覚束ないながら自分の足で歩くようになっている。
 この屋敷には育児経験のない輩ばかりが揃っているが、それでもロクが異常なスピードで大きくなっていることぐらい分かる。

 亜獣には多くの種族があるが、これほど成長速度の早いものは聞いたことがない。しかもロクは人間としての成長過程を歩んでいるのだ。尚更不自然である。

 側で見ていたサガラが、つかつかと獅子王とロクの下へと近づいて来た。

「おい、ロク。わがまま言うな。今日、お師匠様はいねぇ。泣いても出てこねぇぞ」
「……」

 ロクはサガラを一睨みし、不貞腐れた様子で翡燕の寝椅子を見下ろす。その顔には『だからここで寝たいんだろうが』と、でかでかと書いてあるようだ。
 その様子はますます幼児らしくない。サガラの態度が大人げないものになるのも理解できる。

 そして獅子王も、ロクに対して複雑な感情を抱いていた。
 ロクは可愛いが、彼を受け入れた翡燕の真意が未だに分からない。そしてロクが時折見せる感情は、自分の抱えているものと同じだと気付いてしまったのだ。
 恐らくサガラも同じ違和感を抱えているのだろう。彼も複雑そうに顔をしかめ、がりがりと眉間を搔きむしる。

「……お師匠様は、昨日から青王様んとこだろ? 今日帰って来るって言ってたよな」
「はい……一応……」
「……不貞腐れてんのは、大人も一緒か」

 サガラはロクのように不満顔を呈し、居間に掛けてある七曜表カレンダーを眺めた。
 本来白地であるはずの七曜表は、赤や青、黒、銀、黄色と多彩な色で塗り分けられ、びっしりと文字が書き込まれている。
 本日の予定は、黄色が青に塗り潰され、『翡燕お泊まり』とでかでかと書き込んであった。

 翡燕は獅子王と四天王を受け入れるようになり、誰に偏るでもなく愛情を向けてくれるようになっている。しかし数万年間にわたり翡燕への愛を拗らせていた四天王は、独占欲をどうしても抑え込めなかった。

 その結果、彼らは『翡燕を独占できる日』というものを指定し始めた。一か月に一度だけという取り決めはあったが、翡燕と二人きりで過ごせる日だ。
 それ以来彼らは、独占日にそれぞれの私邸へ翡燕を招き、溜まりに溜まった独占欲を満たしているという訳だ。

 翡燕もそれを受け入れ、日程調整については各々に任せている。そのせいか七曜表は四天王の文字や二重線、取り消しのバツ印などで溢れていた。
 最終的にソヨが精査し新たな七曜表へと予定を書き写すのだが、それすらも変更のための書き込みが絶えない。

「今日は本来『黄色の日』だろ? 黄色は屋敷で過ごす日。そう決められてたのに、急に青へと変更しやがって……」
「青王は先月、独占日が執務で潰れちゃってますからね。……仕方ないです」
「お前も立派な番なんだから、ちゃんと異議は唱えろよ! 黄色がどんどん短くなっていっちまうじゃねぇか」
「……そうなんですけど、黄色の日が一番多いですからね……」

 黄色で塗られた日は、いわば翡燕の通常日。この屋敷で過ごす期間だ。そして獅子王の独占日は、この黄色の中に含まれている。
 獅子王はこの屋敷に住んでいるので、実質的に一番多く翡燕と過ごしていると言えるだろう。

(……でも黄色の日はみんなの日でもあるからなぁ……)

 黄色で塗られた翡燕の通常日は、誰もが好きに屋敷を訪れて良い日でもある。独占は出来ないが、翡燕と過ごすことが出来るのだ。
 しかし黄色の日に独占日が含まれている獅子王からすれば、誰かが訪ねてくれば翡燕と二人きりになれない。圧倒的に不利な立場に思えるだろう。

 しかしここで異を唱える訳にはいかない。言えば四天王から、『じゃあ屋敷を出て、お前も私邸を構えて独占日を指定しろ』と言われるか、もしくは『屋敷に全員同居させろ』などと言われるに違いないからだ。

 獅子王はこの屋敷を離れるつもりはないし、四天王が屋敷に移り住むことは断固拒否するつもりでいる。一緒に住むことの旨味は、自分だけが味わえる特権にしたいのだ。

 他の王には秘密だが、翡燕とは毎日のように同じ寝台で寝ている。
 未だ体力が戻らない翡燕とは、ただ寄り添って眠るだけの日も多い。しかしそれでも、他の何ごとにも代え難いほど幸せだ。
 だから獅子王は『黄色の日』に文句が言えない。

「……んぎ……ととさまぁ……!」

 口を尖らせたロクの声色には、不満がみっちりと詰まっている。
 翡燕を恋しがっているというよりは、取られた事への怒りが勝っているのだろう。彼は一丁前に四天王に対して嫉妬しているのだ。

 繰り返すが、ますます幼児らしくない。しかしこうも素直に感情を露わにできるのが羨ましい。
 ロクの姿は正しく、内に秘めている獅子王の想いそのものだ。

 腕の中のロクを見下ろしたまま、獅子王は重い溜息を吐く。するとロクは視線を上げ、小さな手で獅子王の髪を撫でた。

「ししも、ととさまがいないの、かなしい?」
「……うん……そうだね……」

 ロクは翡燕を『ととさま』と呼ぶ。彼は誰に教えられるでもなく、翡燕を父と呼ぶことにしたのだ。
 翡燕は喜んでいたが、獅子王たちは複雑な心境だった。
 ロクをどうするつもりなのかを、誰も翡燕へ聞けないでいる。幼児がいる生活に慣れないことに加え、何か引っ掛かるのだ。

 そのため獅子王は、ここの所どこか落ち着かない日々を送っていた。
 何か変化が起きようとしている。そんな気がしてならないのだ。

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