死んだはずのお師匠様は、総愛に啼く

墨尽(ぼくじん)

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後日談

23 偽の親、偽の子

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「ひとまず、今日はお引き取りを」
「……一目会うことも許されぬと言うのですか?」
「あなた方を見て、怯えているんですよ」

 翡燕が答えると、ユイランの顔から一瞬表情が消えた。

「怯えている? ……ではなおさら、会わせて頂かないと。まだこちらに慣れていないだけかもしれない」
「……ではせめて、護衛の方々を下げてもらって頂けないでしょうか? そう殺気立たれては、大人だって身構えてしまいますよ」

 軽い口調で翡燕が言い放つと、護衛は引くどころか半歩前へ足を進めた。友好的とはかけ離れた態度に、翡燕も身構える。
 戦司帝の屋敷だったから預けたと亜獣らは言うが、その態度からはこちらを敬う気持ちがまったく感じられない。もうこれ以上、こちらが友好的な態度でいる必要はなかった。
 ヴァンが短剣に手を掛けるのを横目で見ながら、翡燕は低く言い放った。

「お帰り下さい。これ以上騒ぐと、巡衛隊が来ますよ」
「……どうしても、引き渡さないと言うのだな?」
「ええ。今日のところは、そのつもりです」

 門の前には人だかりが出来ており、騒ぎが巡衛隊の耳に入るのも遅くはないだろう。亜獣国が絡んだ案件であるため、事態の収集は国直属の機関である彼らに任せた方が良い。
 このまま睨み合いが続くかと思われたところで、背後の扉が小さく開く。

 驚いたことに、そこから出てきたのはロクを抱いたソヨだった。ロクは相変わらず怯えたような顔で、ソヨへとしがみついている。

「……翡燕様、申し訳ございません。ロクが『自分も行く』と聞かなかったものですから……」
「どうして? 怖いなら中にいて良かったのに」

 翡燕が言うと、ロクは大きな眼にいっぱいの涙を湛えた。それがぼろぼろと頬へと流れ出し、翡燕は慌てて手巾を取り出す。

「どうしたロク。怖いのか?」
「……っとと、っひぐ、……ふぇ……」
(……なんだ? 泣き方がおかしいな……)

 ロクは亜獣らの方を見ず、ただ翡燕を見て涙を流している。
 その様子が不可解で、翡燕は答えを求めるようにソヨへと視線を移した。しかし彼も翡燕と同じのようで首を傾げるだけだ。
 困惑していると、人だかりの中から声が上がった。

「母親のもとに返してあげればいい! 可哀そうだとは思わないの!?」

 翡燕が視線を移すと、集まっていた民衆の中に見知った集団がいた。鮮やかな服を身に着けた彼女らは、直ぐに目に入る。

(……四ノ宮……? どうしてここに?)

 鮮やかな四色の外套が、ずらっと屋敷の前に並ぶ。他の野次馬はいきなりの四ノ宮の登場に唖然としていた。
 朱の四ノ宮が亜獣らの横へと進み出て、先ほどと同じく声を張り上げた。

「その子はきっと、自分の種族のもとに帰りたいんだわ。引き留めているのは、あなたの都合でしょ? その子のお母さまが、どんな気持ちでここに訪ねてきたか分からないの!?」

 四ノ宮が言うと、ユイランは険しい態度から一転、悲愴感を漂わせる。

「あぁ……どなたかは存じませんが……お心遣い、感謝いたします......! ……私どもも知らぬ国へ来て、どうしたら良いか分からず……」
「そうでしょう。門前払いなんて酷すぎる扱いです!」
「私どもの心情を理解して頂き、ありがとうございます。なんと心強いことか……」

 ユイランが礼を述べ、あれほど強固な態度を示していた護衛たちが、四ノ宮に向けて一斉に頭を下げた。その様子を見て、民衆が「おお……」と驚愕の声を上げる。
 亜獣が人間に頭を下げる光景など、民衆らにとっては衝撃的なものだろう。加えて、四ノ宮の毅然とした態度には、思わず見入ってしまうような魅力があった。

 場の空気が一転していくのを肌で感じる。亜獣らに向けられていた怪訝な視線が、ぽつぽつと翡燕にも向けられるようになってきた。

 しかし翡燕の考えは揺るがない。ロクは初め、確かに亜獣らに怯えていた。
 このまま彼らのもとへ帰すのは良くないという直感がある。

「……分かりました。では、一度屋敷に入って話し合いを……」
「往生際が悪いわね。早く渡しなさい、見苦しいわよ」

 青の四ノ宮が眉根を寄せて言い放つ。翡燕はため息を吐いて、四ノ宮たちを見据えた。

「……ナガンの方々。あなた方には口を出す権利はないと思いますが?」
「あるわよ。こっちはずっと迷惑被ってるんだから」
「迷惑?」

 四ノ宮たちは周りを見渡し、声高に言い放った。

「みなさん、この男は四天王様の情の深さを利用し、この屋敷に住みついているのです! 恐れ多くも、かつての武神である戦司帝様と似た髪色で惑わせて、宮様たちを独占しようとしています!」

 ざわざわと周囲がざわめく。しかし中には翡燕を擁護する声もあった。
 特に屋敷の近所の人たちは、翡燕が四天王だけでなく、獅子王や弟子らとも家族のように過ごしているところを見ている。信用してくれている人らがいて、翡燕は少なからずほっとした。
 しかし四ノ宮は反論に屈せず、言葉を続ける。

「屋敷に住みつくだけでは飽き足らず、こうして捨て子を利用して宮様を更に縛ろうとしているのです! 子が出来ない男子が悪あがきをして、親から子を奪っているのですよ!」
「……っ無礼な!! 翡燕様がどれだけロクに愛情を注いできたか、あなたたちには分からないでしょう!」

 ソヨが珍しく声を荒げると、朱の四ノ宮が待ってましたとばかりに言い放つ。

「だから、それが家族ごっこだと言っているのです! 子供に偽りの愛情を注ぎ、模造品でしかない家族を作り上げようとしているだけでは!? ただの真似事でしょう!?」
「……っ待ってください。さすがにその言い方は……」

 反論しようとしたところで、翡燕ははっと息を呑んだ。ソヨの腕の中にいるロクが、声を上げてぎゃあぎゃあと泣き始めたのだ。
 まるで癇癪を起こしたような泣き方に、ソヨもヴァンも唖然としている。普段のロクからは考えられない様子だった。

(……もしかしてどこか具合が悪いのか?)

 心配した翡燕がロクへと手を伸ばすと、彼に異変が起こり始めた。身体全体が淡く発光し始めたのだ。

「……っ、ロク……?」

 ロクはソヨの手から飛び出し、空中で翼を広げた。そしてその鱗がぱりぱりと剥がれ始める。
 その下にあったのは鮮やかに光り輝く、青の鱗だった。
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