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いざ、競技会!
第181話 加賀野一色
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雨を大量に含んだ土石流が、光太朗を押し流す。身体を丸めて耐えていると、冷たい感触が身体を覆った。
川に流されたのだと気付いたが、流れが速すぎてどうすることも出来ない。外套の中にいるアゲハを庇いながら、光太朗は流れに身を任せた。
(アゲハだけでも、どうにか……)
晄露を出そうにも、地面に手が触れない。流れてきた木や岩を蹴って押し、川の端へと身体を誘導する。苦戦しているうちに、外套の端が倒木に引っ掛かった。
流れと共に身体が引っ張られ、幸運なことに流れが緩やかな場所へ行きつく。そこは川底にも手が届く場所だった。
(助かった……)
かっすかすになった体力をふり絞って、光太朗は川底から晄露を引き出した。それをよじ登って川から這い出し、力尽きたように大の字に寝転がる。
限界だった。抗うことも出来ないまま、意識がぷつりと途絶える。
________
何かが爆ぜる音と「熱っ」という声に、光太朗は目を覚ました。
知らない気配に身体が警戒し、光太朗は飛び起きた。しかし身体が言う事を聞かず、その場に崩れ落ちる。
この場所は、気を失った川縁ではない。洞窟のような場所で、岩肌に暖かい焚火の色が映っている。警戒心を解かないでいると、聞きなれない男の声が響く。
「すげぇ崖崩れだったなぁ。良く助かったもんだ」
警戒する光太朗を他所に、声の主は呑気で伸びのある声を零す。警戒するのが馬鹿らしくなるほどの、穏やかな声だ。
光太朗は身を捩り、声の主を目を細めて見据えた。
真っ黒な長い髪は、高い位置に結い上げてある。少し吊り上がった瞳の色は、金色に見えた。肌は真っ白で、唇は薄く大きめだ。年は30そこそこに見える。
見つめている光太朗に気付いたのか、男は朗らかに笑った。警戒心を削ぎ落されるような、親しみが籠った笑みだ。
「お前、転移者だろ? 俺は、加賀野一色。お前の名は?」
「………光太朗……」
『一色』と名乗る男は、瞳の色を除けば日本人に見える。『光太朗』と答えても、問題なく通じると思った。
しかし一色は口端を吊り上げたまま、首を傾げる。
「光太朗? 苗字は? 思い出せんか?」
「……苗字? 九代屋だけど……」
「ほう! くじろや!! 漢字はどう書く!?」
(そういえば、苗字……この世界に来て初めて聞かれたな……)
『薬屋キュウヤ』は苗字から来ていることは、この世界の誰も知らないだろう。
一色に漢字を教えながら、光太朗は少しだけ頬を緩ませた。九代屋という苗字は、実母の苗字だと聞いている。母から残されたのは、名前だけだったのだ。他は何も知らない。
一色は楽しそうに笑い、懐から鉄製の筒を取り出す。思えば彼の服装は、着流しによく似ていた。取り出した筒も、煙管に似た造りだ。
煙管に口を付けながら、一色は笑う。
「いやぁ、嬉しい。九代屋は日本人だろう? 同胞に会えるとは思わなんだ」
「……加賀野さんも、日本人か?」
「一色でいいぞ。俺もまぁ……日本人だ」
歯切れの悪い一色の言葉を聞きながら、光太朗ははたと気付いた。アゲハの事を忘れていたのだ。
慌てて外套の中を探り、アゲハを引き出す。耳を近づけて息を確認すると、光太朗はほっと安堵の息を付いた。
一色はアゲハの姿を見て、ぎょっと目を見開く。次いで腹を抱えて笑い出した。
「おいおい、九代屋!! お前は凄いな!! あっははは……!!」
「え? な、なんだよ?」
「お前さん、ザキュリオの転移者だろう? いつこの世界に来た?」
「5年前ぐらいかな……」
一色は「なるほどなるほど」と言いながら、煙管を吸う。紫煙を吐き出す姿は、どこかキースと似ている。
「5年か……。そろそろこの世界にも慣れてきた頃か? そうそう九代屋、お前さん晄露が見えるか?」
「ああ、見える……けど……」
横になったまま、光太朗は答える。思えば先ほどから質問攻めになっているが、状況を聞きたいのはこっちである。
しかし疲労困憊の光太朗は、一色の勢いに流されてしまう。
「やはりそうか。転移者でも、晄露が見える者はそうおらん。晄露は、この世界の至る所に漂っているだろう? 特に空は、常に漂っている」
一色が指を差した先は、洞窟の出口だった。そこには夜空が広がっている。あれから何時間経ったか分からないが、いつの間にか夜になってしまったらしい。
「俺は目が悪いから、見えないな……」
「それは難儀だな……近視か?」
「ああ、そう。近視……」
近視という言葉が通じたことに、光太朗は感動を覚えた。笑顔を向けていると、一色は薄く笑う。
それは、今まで浮かべていた朗らかな笑みとは違って、少しの憂いを帯びていた。
「晄露が何か、お前は知っているか? 俺も詳しくは知らんが……あれは神の呼吸みたいなものなんだと俺は解釈している」
「……神の呼吸?」
「薄く空に浮かぶ晄露には、死者の魂が納められている。死者は神の呼吸に乗って、輪廻転生へと向かう。……つまり空に浮かぶ晄露は、通りすがりの死者の魂だ」
一色が何を伝えたいのか、光太朗には分からなかった。彼は煙管を空へ向け、ちょいちょいと動かす。
「あれをな、この地に引っ張り込むとどうなると思う? 輪廻転生の途中である未熟な魂を、この地へ引きずり降ろすんだ。……ザキュリオには、そんな者たちがいるのだろう?」
「……もしかして、フェンデ?」
「ああ、そんな名だったな」
煙管を肺いっぱいに吸い込んだ一色は、憂いと共に紫煙を吐き出す。
「未熟な魂を無理くり地に降ろすと、まず身体が適応しない。変わった環境や感染症に身体を蝕まれ、早いうちに死に至る。……それがザキュリオにいる、フェンデと言われる存在だ。……名称はザキュリオが独自で決めたものであろう。そもそもそんな存在は、この世にいないのだから」
「じゃあ俺……やっぱりフェンデなんだ。この世界に来てから、馬鹿みたいに病気にかかったから……」
「いや、九代屋は違うな。お前は転移者だ」
「……どうして断言できる?」
きっぱりと言う一色を、光太朗は見据える。光太朗はフェンデの要素が多い。この世界の環境に適応していないのは、自分でも解っていた。
川に流されたのだと気付いたが、流れが速すぎてどうすることも出来ない。外套の中にいるアゲハを庇いながら、光太朗は流れに身を任せた。
(アゲハだけでも、どうにか……)
晄露を出そうにも、地面に手が触れない。流れてきた木や岩を蹴って押し、川の端へと身体を誘導する。苦戦しているうちに、外套の端が倒木に引っ掛かった。
流れと共に身体が引っ張られ、幸運なことに流れが緩やかな場所へ行きつく。そこは川底にも手が届く場所だった。
(助かった……)
かっすかすになった体力をふり絞って、光太朗は川底から晄露を引き出した。それをよじ登って川から這い出し、力尽きたように大の字に寝転がる。
限界だった。抗うことも出来ないまま、意識がぷつりと途絶える。
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何かが爆ぜる音と「熱っ」という声に、光太朗は目を覚ました。
知らない気配に身体が警戒し、光太朗は飛び起きた。しかし身体が言う事を聞かず、その場に崩れ落ちる。
この場所は、気を失った川縁ではない。洞窟のような場所で、岩肌に暖かい焚火の色が映っている。警戒心を解かないでいると、聞きなれない男の声が響く。
「すげぇ崖崩れだったなぁ。良く助かったもんだ」
警戒する光太朗を他所に、声の主は呑気で伸びのある声を零す。警戒するのが馬鹿らしくなるほどの、穏やかな声だ。
光太朗は身を捩り、声の主を目を細めて見据えた。
真っ黒な長い髪は、高い位置に結い上げてある。少し吊り上がった瞳の色は、金色に見えた。肌は真っ白で、唇は薄く大きめだ。年は30そこそこに見える。
見つめている光太朗に気付いたのか、男は朗らかに笑った。警戒心を削ぎ落されるような、親しみが籠った笑みだ。
「お前、転移者だろ? 俺は、加賀野一色。お前の名は?」
「………光太朗……」
『一色』と名乗る男は、瞳の色を除けば日本人に見える。『光太朗』と答えても、問題なく通じると思った。
しかし一色は口端を吊り上げたまま、首を傾げる。
「光太朗? 苗字は? 思い出せんか?」
「……苗字? 九代屋だけど……」
「ほう! くじろや!! 漢字はどう書く!?」
(そういえば、苗字……この世界に来て初めて聞かれたな……)
『薬屋キュウヤ』は苗字から来ていることは、この世界の誰も知らないだろう。
一色に漢字を教えながら、光太朗は少しだけ頬を緩ませた。九代屋という苗字は、実母の苗字だと聞いている。母から残されたのは、名前だけだったのだ。他は何も知らない。
一色は楽しそうに笑い、懐から鉄製の筒を取り出す。思えば彼の服装は、着流しによく似ていた。取り出した筒も、煙管に似た造りだ。
煙管に口を付けながら、一色は笑う。
「いやぁ、嬉しい。九代屋は日本人だろう? 同胞に会えるとは思わなんだ」
「……加賀野さんも、日本人か?」
「一色でいいぞ。俺もまぁ……日本人だ」
歯切れの悪い一色の言葉を聞きながら、光太朗ははたと気付いた。アゲハの事を忘れていたのだ。
慌てて外套の中を探り、アゲハを引き出す。耳を近づけて息を確認すると、光太朗はほっと安堵の息を付いた。
一色はアゲハの姿を見て、ぎょっと目を見開く。次いで腹を抱えて笑い出した。
「おいおい、九代屋!! お前は凄いな!! あっははは……!!」
「え? な、なんだよ?」
「お前さん、ザキュリオの転移者だろう? いつこの世界に来た?」
「5年前ぐらいかな……」
一色は「なるほどなるほど」と言いながら、煙管を吸う。紫煙を吐き出す姿は、どこかキースと似ている。
「5年か……。そろそろこの世界にも慣れてきた頃か? そうそう九代屋、お前さん晄露が見えるか?」
「ああ、見える……けど……」
横になったまま、光太朗は答える。思えば先ほどから質問攻めになっているが、状況を聞きたいのはこっちである。
しかし疲労困憊の光太朗は、一色の勢いに流されてしまう。
「やはりそうか。転移者でも、晄露が見える者はそうおらん。晄露は、この世界の至る所に漂っているだろう? 特に空は、常に漂っている」
一色が指を差した先は、洞窟の出口だった。そこには夜空が広がっている。あれから何時間経ったか分からないが、いつの間にか夜になってしまったらしい。
「俺は目が悪いから、見えないな……」
「それは難儀だな……近視か?」
「ああ、そう。近視……」
近視という言葉が通じたことに、光太朗は感動を覚えた。笑顔を向けていると、一色は薄く笑う。
それは、今まで浮かべていた朗らかな笑みとは違って、少しの憂いを帯びていた。
「晄露が何か、お前は知っているか? 俺も詳しくは知らんが……あれは神の呼吸みたいなものなんだと俺は解釈している」
「……神の呼吸?」
「薄く空に浮かぶ晄露には、死者の魂が納められている。死者は神の呼吸に乗って、輪廻転生へと向かう。……つまり空に浮かぶ晄露は、通りすがりの死者の魂だ」
一色が何を伝えたいのか、光太朗には分からなかった。彼は煙管を空へ向け、ちょいちょいと動かす。
「あれをな、この地に引っ張り込むとどうなると思う? 輪廻転生の途中である未熟な魂を、この地へ引きずり降ろすんだ。……ザキュリオには、そんな者たちがいるのだろう?」
「……もしかして、フェンデ?」
「ああ、そんな名だったな」
煙管を肺いっぱいに吸い込んだ一色は、憂いと共に紫煙を吐き出す。
「未熟な魂を無理くり地に降ろすと、まず身体が適応しない。変わった環境や感染症に身体を蝕まれ、早いうちに死に至る。……それがザキュリオにいる、フェンデと言われる存在だ。……名称はザキュリオが独自で決めたものであろう。そもそもそんな存在は、この世にいないのだから」
「じゃあ俺……やっぱりフェンデなんだ。この世界に来てから、馬鹿みたいに病気にかかったから……」
「いや、九代屋は違うな。お前は転移者だ」
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きっぱりと言う一色を、光太朗は見据える。光太朗はフェンデの要素が多い。この世界の環境に適応していないのは、自分でも解っていた。
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