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ゼロになる
第209話
しおりを挟むカディールの問いに、リーリュイはすぐさま反応した。
「……っはい、正にその通りです」
「良かった。じゃあ、うちのと一緒だ。……それは病気じゃない。殿下と共にいる限り、必ず治るよ」
カディールはディティへ向き直り、王の間に全てに行き渡るような声を発した。
「その異世界人は、間違いなく神からの贈り物です。我が国の王も転移したての頃は、その症状に悩まされていました。国全体で、彼と皇太子殿下を祝福すべきだと私は思います」
カディールの言葉に、王の間全体が騒めく。
その騒ぎを治めるように、鬼の形相を呈したディティが一歩前に踏み出した。その場が一瞬で静まり返ると、ディティが歪んだ笑みを零す。
「あの男は不具合転移者である。我が国はそう判断したのです。他国からの口出しは無用です。……お引き取りを」
「……分かりました。この件については確かに、我々が口を出すことではないかもしれません。……しかし最後に一つ、皇太子殿下のためにお伝えしたい事があります」
リーリュイを振り返ったカディールから、穏やかな表情は消え去っていた。緩やかな弧を描く美麗な眉が、僅かに吊り上がる。
「我が国の国境には、未だ統治の叶っていない地域がある。彼らは戦闘を好み、統制が難しいんだ。その彼らと、ザキュリオの北軍の残党が手を結んだ。……もうすぐ進軍してくるだろう」
「……っ、馬鹿なことを……」
「その通り、愚かな悪手だよ。もしザキュリオとの戦いに勝ったとしても、彼らを御せるはずがない。滅びの道しか見えない状態なのに彼らと組むのは、相打ちでも良いと考えているからだろう。……十分に警戒した方が良い」
カディールは姿勢を正し、リーリュイに向けて腰を折った。そしてランシスとディティには一瞥もくれず、王の間を去っていく。
去っていくカディールの背中は、堂々として揺るぎない。
「軍を集めろ。国境に偵察隊を送れ」
リーリュイの指示を受け、弾かれたように衛兵が動く。官僚たちも顔色を変えて、部下に指示を出し始めた。
恐れていた事が起きてしまった。しかもタイミングは最悪と言っていい。
キースもウルフェイルも負傷中で、頼れる騎士も数少ない。加えて今の状況だと、軍を率いるのはリーリュイしかいない。
『……殿下と共にいる限り、必ず治るよ』
カディールの言葉を思い出し、リーリュイは喉の奥を鳴らした。
希望が見えたと思ったら、途端に取り上げられる。皇太子という身分が、更に憎らしいものとなった。
(今の職責を投げ出して、君の側に居たい。……でも君は、きっとそれを許さない)
『……国を立て直してからな。あんたも分かってるだろ?』
光太朗は、いつも真っ直ぐだ。前世の生き方が『悪』だったと光太朗は言うが、彼の心はどこまでも澄んでいる。
そんな彼に並ぶため、リーリュイも自分自身に胸を張れる存在でありたかった。
国を支えたいという気持ちも、光太朗が居たからこそ生まれた感情だと感じる。
光太朗への想いをぐっと堪え、リーリュイは軍司令官へと足を向けた。
________
肆羽宮のテラスに人影が見えた時、光太朗はさして警戒しなかった。
殺気がまったく感じられなかった事もあるが、何となく見覚えがあるからだ。
寝室とテラスを仕切るのは、薄いガラス戸だ。光太朗がそこを注視していると、からりと軽快に戸が開いた。
その音に気付いたイーオが剣を抜き、光太朗を背に庇う。しかし光太朗は顔をひょっこり出して、侵入者の姿を見た。
真っ黒な長い髪は緩く束ねてある。真っ白な肌に、金の瞳。その人物は光太朗を見て、朗らかに微笑んだ。
「九代屋! 久しいな!」
「……えっ、一色さん……?」
「……っ!?」
イーオは光太朗を振り返り、説明を求めるように眉根を寄せる。剣は一色に向けたままだ。
「イーオさん、この人は大丈夫。知り合いだ」
「……知り合いは、テラスから侵入したりしません」
「おうおう、確かにその通りだ。良い護衛を付けているな、九代屋」
からからと笑い、一色は腰に佩いていた剣をその場に投げ捨てた。そして長い手足を、大の字に広げる。
「武器はもう持っとらん。裸になっても良いぞ?」
「っはは。裸は駄目ですよ、一色さん。……イーオさん、この人は本当に大丈夫だから。ザキュリオの人間じゃないし……」
「っ!? 他国の人間が、この肆羽宮に何の……!」
一色はイーオの剣先を一瞥すると、その場に胡坐をかいた。あくまで敵意はないという姿勢を貫きながら、光太朗とイーオを見上げる。
「何のって、九代屋に会いに来たのよ。……お前さんも、俺に会いたかっただろ?」
「……うん。とても会いたかった」
何もかも悟っているかのような一色に、光太朗はこれ以上ない信頼感を感じていた。イーオに剣を納めるように言い、光太朗もその場に胡坐をかく。
一色の金色の双眸を見据えて、光太朗は目を細めた。
「……一色さん……。リガレイア国王は、来る予定じゃなかったよな? どうしてここに?」
光太朗が言うと、一色がぱちぱちと目を瞬かせる。そして自身の膝を一つ叩くと、大きな口を開けて笑い出した。
「っははは! 九代屋は本当に聡い!!」
「……う~ん、やっぱそうかぁ……」
「護衛としてカズイに付いてきた甲斐があった。やはりお前は面白い!」
本当に嬉しそうにする一色を眺め、光太朗は苦笑いを零した。
洞窟で会った時の事は、光太朗の心に強烈な印象を残している。只者では無いと思っていたが、本当にそうだったようだ。
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