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最終章 そこに踏み入るには
第223話 一粒の色
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◇◇◇
「やっぱり、リガレイア国なんて恐れるに足りないわ!」
王座にいるディティは、王の間に集められた者たちを見下ろして、高らかに笑う。
ザキュリオの国王ランシスは、襲撃があった日から床に伏している。あの日から、国の最高権力者は王妃であるディティになった。
本来なら皇太子であるリーリュイが権力を握るべきであった。しかし国の中枢にいる幹部たちが、ディティを王座へと据えたのだ。
王宮外からは反対する声が上がり、リーリュイを王座へ据えようとする動きもあった。しかしリーリュイはその声を抑えた。
誰が王座に座ろうと、ディティに逆らえるものはいない。それが分かっていたリーリュイは、王座を退いた。
父のような傀儡の王にはなりたくない。
その一心だったが、中枢がディティの意のまま動いていることに変わりはない。
王座に居るディティは、楽しくて仕方がないといった顔を浮かべる。それはもはや王妃の顔ではない。
本来、王座に座るべきは自分だったのだと、彼女の表情が語っている。
「あれから侵攻する気配もないし、こちらに対する動きもない。ザキュリオの戦力に恐れを成しているのよ。国境の貧しい村なんてくれてやるわ。土地も枯れていたし、価値なんてない」
「……しかしあちらには、新しい異世界人がいます」
リーリュイが静かに言うと、ディティの笑顔が一瞬で引いた。
王の間が瞬時に緊張に包まれたが、リーリュイの表情は変わらないままだ。
ディティは脇に立つリーリュイを見て、口元だけに笑みを作った。
「リーリュイ、自信を持ちなさい。あなたの力は、異世界人のギフトにも負けやしない。ユムトを打ち倒したあなたなら、件の異世界人だって打ち破れるわ」
「そ、その通りです! 皇太子殿下さえいれば、この国は安泰です!」
王の間からリーリュイを讃える声が上がり、ディティはまた満足げな笑みへと戻る。
リーリュイはその光景を見ながら、静かに息を吐き出した。ここから見下ろす王の間は、いつも色がない。
ふとリーリュイは、先日出会った異世界人の事を思い出した。今でも彼の事は、どうしてか鮮やかに思い出せる。
『___ このばぁかっ!』
去り際に彼が言った言葉に、口元が緩みそうになる。ここ数か月、こんなに心を動かされる事は無かった。
虚のような日々の中で、唯一色を持った人に出会った。そんな感覚だった。
彼の声が好ましかった。
仕草も笑い方も、全てが好ましい。
(……彼の声が聞きたくて、わざと煽るような事を言ってしまった。……クジロは、きっと怒っていたな……)
彼の声が聞きたくて、普段は聞かないような質問も投げかけた。結果彼は怒っていたが、怒りを含んだ声や仕草を見たら、肚の底から喜びのような感情が湧いた。
こんな感情は初めてのはずなのに、なぜか懐かしい気がしてならない。
(……しかし、会いたいなどと思ってはならない相手だ。それは理解している。……次に会うときは、敵として対峙しなければならないだろう……)
彼との出会いは、リーリュイの灰色だった世界に色を落としてくれた。
彼がくれた一色だけで、この灰色の世界で生きていくのも悪くない。リーリュイはそう感じていた。
◆◆◆
「…………コタロ、大丈夫か」
「………ん、んん?」
アゲハの静かな声に、光太朗は瞼を押し開いた。まだ暗いままの室内に、行灯の小さな光が、ぼんやりと滲んでいる。
隣で寝ていたアゲハが、光太朗の額に手を押し当てる。
「コタロ、熱い。……辛いか? 水は飲めるか?」
「……あぁ、ほんとだ。気付かなかった」
身を起こそうとすると、視界がぐらぐら揺れる。久しぶりに感じた不調に、光太朗は熱を持った息を吐き出した。
「くそ……。これ朝までに治るかな?」
「馬鹿を言うな。熱が下がったとて、今日は床から出さんぞ」
「えぇ……橋も完成間近なのに……」
「心配せずとも、橋は完成する。元気になってから、また見に行けばいい」
光太朗はアゲハに背中を支えられながら、水を口に含む。柑橘系の香りがする、さっぱりとした果実水だ。
「……美味しい」
「香りも酸味も強い、紅柑という果実だ。飲んだら早く横になるといい。黒柴の姿になってやろう」
「……うん。……あのさ、アゲハ。明日あたりウィルから連絡があると思うんだけど……」
「あいつからの連絡は、床の中で聞け」
アゲハはぴしゃりと言い、黒柴の姿になった。光太朗が抱きしめやすいように、普通の柴犬の大きさである。
光太朗が大人しく掛布を上げると、アゲハが潜り込んできた。その身を抱きしめると、少しだけ身体の怠さがましになる。
うとうとし始めた所で、離れの戸を叩く音が聞こえた。
「___ お休みのところ、申し訳ありません。カクです。通信士がザキュリオからの送信を受け取りました。……また日が昇ってから、お伺いしましょうか?」
「……今すぐでいい。ありがとう、カクさん」
胸元を覗くと、アゲハが犬の姿のまま溜息を吐いていた。
ウィリアムからの通信は、昼夜問わず入る。彼はザキュリオの王宮にいるため、人目をかいくぐったタイミングでしか連絡できないのだ。
通信ではなく伝言みたいなものなので、本来なら直ぐに確認しなくても問題は無い。しかし内容が急ぎかもしれない為、光太朗はいつもウィリアムからの伝言を直ぐに確認する。
受け取った通信紙を開くと、そこに書かれていた紋章が淡く光る。ウィリアムの声が、いつものように流れ出す。
いつもの愚痴が始まるかと思いきや、ウィリアムの口調は暗かった。
『コータロー、元気にしてる? ……伝えるかどうか迷ったんだけど、変な風に耳に入っちゃうと嫌だから、僕から伝えておく。…………リーリュイの結婚が決まった』
「やっぱり、リガレイア国なんて恐れるに足りないわ!」
王座にいるディティは、王の間に集められた者たちを見下ろして、高らかに笑う。
ザキュリオの国王ランシスは、襲撃があった日から床に伏している。あの日から、国の最高権力者は王妃であるディティになった。
本来なら皇太子であるリーリュイが権力を握るべきであった。しかし国の中枢にいる幹部たちが、ディティを王座へと据えたのだ。
王宮外からは反対する声が上がり、リーリュイを王座へ据えようとする動きもあった。しかしリーリュイはその声を抑えた。
誰が王座に座ろうと、ディティに逆らえるものはいない。それが分かっていたリーリュイは、王座を退いた。
父のような傀儡の王にはなりたくない。
その一心だったが、中枢がディティの意のまま動いていることに変わりはない。
王座に居るディティは、楽しくて仕方がないといった顔を浮かべる。それはもはや王妃の顔ではない。
本来、王座に座るべきは自分だったのだと、彼女の表情が語っている。
「あれから侵攻する気配もないし、こちらに対する動きもない。ザキュリオの戦力に恐れを成しているのよ。国境の貧しい村なんてくれてやるわ。土地も枯れていたし、価値なんてない」
「……しかしあちらには、新しい異世界人がいます」
リーリュイが静かに言うと、ディティの笑顔が一瞬で引いた。
王の間が瞬時に緊張に包まれたが、リーリュイの表情は変わらないままだ。
ディティは脇に立つリーリュイを見て、口元だけに笑みを作った。
「リーリュイ、自信を持ちなさい。あなたの力は、異世界人のギフトにも負けやしない。ユムトを打ち倒したあなたなら、件の異世界人だって打ち破れるわ」
「そ、その通りです! 皇太子殿下さえいれば、この国は安泰です!」
王の間からリーリュイを讃える声が上がり、ディティはまた満足げな笑みへと戻る。
リーリュイはその光景を見ながら、静かに息を吐き出した。ここから見下ろす王の間は、いつも色がない。
ふとリーリュイは、先日出会った異世界人の事を思い出した。今でも彼の事は、どうしてか鮮やかに思い出せる。
『___ このばぁかっ!』
去り際に彼が言った言葉に、口元が緩みそうになる。ここ数か月、こんなに心を動かされる事は無かった。
虚のような日々の中で、唯一色を持った人に出会った。そんな感覚だった。
彼の声が好ましかった。
仕草も笑い方も、全てが好ましい。
(……彼の声が聞きたくて、わざと煽るような事を言ってしまった。……クジロは、きっと怒っていたな……)
彼の声が聞きたくて、普段は聞かないような質問も投げかけた。結果彼は怒っていたが、怒りを含んだ声や仕草を見たら、肚の底から喜びのような感情が湧いた。
こんな感情は初めてのはずなのに、なぜか懐かしい気がしてならない。
(……しかし、会いたいなどと思ってはならない相手だ。それは理解している。……次に会うときは、敵として対峙しなければならないだろう……)
彼との出会いは、リーリュイの灰色だった世界に色を落としてくれた。
彼がくれた一色だけで、この灰色の世界で生きていくのも悪くない。リーリュイはそう感じていた。
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「…………コタロ、大丈夫か」
「………ん、んん?」
アゲハの静かな声に、光太朗は瞼を押し開いた。まだ暗いままの室内に、行灯の小さな光が、ぼんやりと滲んでいる。
隣で寝ていたアゲハが、光太朗の額に手を押し当てる。
「コタロ、熱い。……辛いか? 水は飲めるか?」
「……あぁ、ほんとだ。気付かなかった」
身を起こそうとすると、視界がぐらぐら揺れる。久しぶりに感じた不調に、光太朗は熱を持った息を吐き出した。
「くそ……。これ朝までに治るかな?」
「馬鹿を言うな。熱が下がったとて、今日は床から出さんぞ」
「えぇ……橋も完成間近なのに……」
「心配せずとも、橋は完成する。元気になってから、また見に行けばいい」
光太朗はアゲハに背中を支えられながら、水を口に含む。柑橘系の香りがする、さっぱりとした果実水だ。
「……美味しい」
「香りも酸味も強い、紅柑という果実だ。飲んだら早く横になるといい。黒柴の姿になってやろう」
「……うん。……あのさ、アゲハ。明日あたりウィルから連絡があると思うんだけど……」
「あいつからの連絡は、床の中で聞け」
アゲハはぴしゃりと言い、黒柴の姿になった。光太朗が抱きしめやすいように、普通の柴犬の大きさである。
光太朗が大人しく掛布を上げると、アゲハが潜り込んできた。その身を抱きしめると、少しだけ身体の怠さがましになる。
うとうとし始めた所で、離れの戸を叩く音が聞こえた。
「___ お休みのところ、申し訳ありません。カクです。通信士がザキュリオからの送信を受け取りました。……また日が昇ってから、お伺いしましょうか?」
「……今すぐでいい。ありがとう、カクさん」
胸元を覗くと、アゲハが犬の姿のまま溜息を吐いていた。
ウィリアムからの通信は、昼夜問わず入る。彼はザキュリオの王宮にいるため、人目をかいくぐったタイミングでしか連絡できないのだ。
通信ではなく伝言みたいなものなので、本来なら直ぐに確認しなくても問題は無い。しかし内容が急ぎかもしれない為、光太朗はいつもウィリアムからの伝言を直ぐに確認する。
受け取った通信紙を開くと、そこに書かれていた紋章が淡く光る。ウィリアムの声が、いつものように流れ出す。
いつもの愚痴が始まるかと思いきや、ウィリアムの口調は暗かった。
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