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ルキウスが束ねる『第一軍司令本部』の文官として、ロジェが働き始めたのは、つい数か月前からだ。
『軍司令部』と名は付くが、職務は軍の事に限ってはいない。
ルキウスが受け持つ領地の管理やその他諸々と多岐に渡るため、王都にある機関で一番激務だと恐れられる職場だ。
常に人手不足な状況のため、地方の役人たちが応援に駆り出されることもある。彼らは『出向者』と呼ばれていて、ロジェもその一人だった。
王都の中心部にある第一軍司令本部は、大きな屋敷を何棟も連ねたような造りだ。
大富豪が住むような豪奢な屋敷が、王都の一角にずらっと建ち並ぶ。まさに圧巻の一言だが、その佇まいと激務さから監獄要塞とも言われている。
そして恐ろしい事に、この屋敷には職場と勤務者の宿舎がまるっと入っているのだ。つまり、いつでも労働に勤しむことができるという、大変ありがたい職場兼居住区なのである。
宿舎でシャワーを済ませただけのロジェが職場に着くと、もう数人の同僚があくせく働いていた。皆して隈をこしらえ、大変健康そうだ。
「おはようさん」
呟きつつデスクへ荷物を置くと、隣にいた同僚のコーレンが口に含んでいたコーヒーを吹き出した。彼はそれを拭うことなく、慌ててロジェの肩を掴む。
「アースターぁぁ!?」
「きったね! なんだよ、どうした?」
「どうしたもこうしたもねえって! 俺たちはもう、お前が来ないかと……」
「ああん?」
訝しげに周りを見渡せば、同僚たちはコーレンと同じような表情を浮かべていた。青ざめていて、まるで幽霊を見るかのような視線をロジェへと向ける。
そこで思い出した。昨日はルキウスに呼び出され、そのまま職場に帰らなかったという事を。
「あー……すまん。ちょっと色々あって、直帰した」
「直帰?! 直帰なんて何の問題も無いわ! あの鬼将軍、いや閣下に呼ばれて、五体満足で帰ってきたやつなんて居ないんだぞ! ある者は病院送り、ある者は失踪、辞表を出しに来る元気があれば、奇跡だって言われてんのに……!」
「そ、そうなのか? ……ひでぇな、鬼将軍……」
鬼将軍(ルキウス)が束ねる第一軍司令本部は、魔族軍の最高司令部である。そのため、ルキウスは魔族軍の総大将という位置づけになる。
魔王の実子である彼は、兄弟の中でも抜きん出て優秀だった。何をさせても文句なしの成果を上げ、あっという間に大将の座まで昇りつめたのだ。
しかし一方で、彼は魔族たちから畏怖の対象として見られている。その立ち振る舞いや行いが、鬼畜そのものなのである。
期待に応えない部下には容赦がなく、徹底的に叩き潰すと聞く。自らが手を下すことも厭わない。
態度は冷たく、温もりなど一切ない。半端な覚悟でルキウスの下で働くと、肉体的にも精神的にも追い詰められ、最後は病院送りになると有名だった。
それは事務方にも影響し、人手不足の中で悪循環を生み出し続けている。
目の前のコーレンなど、四日前から職場で寝泊まりしているほどだ。同じ建物に居住区があるというのに、そこに帰る暇もない。
「コーレンさ、お前こそ大丈夫か?」
「……いや、さっきまで駄目かと思ってたが……アースターが帰って来てくれたから、安心したわ。お前、めちゃくちゃ仕事できるからさ。出向でこっちに来てくれてから、業務がかなり捗ってるし……。昨日、お前が閣下に呼び出されたって聞いて、もう駄目だと思った……」
「そりゃ、ごめんな。っていうか……今まで閣下に呼び出されて辞めた文官って、一体何されたんだよ?」
「さぁ、詳しくは知らない。なぁ、アースター。やっぱり顔色悪いぞ。ただでさえ白いのに、今日は色が無いくらいだ」
言われて初めて、ロジェは視線を窓へと寄せた。そこには真っ白な顔をしたロジェが映っている。
華奢な身体と、一見すると女のような顔。柔らかな金の髪は、緩やかな波を描いて襟足まで届いている。
そこに、かつて剣の高みを目指した男の面影は見当たらなかった。
「……心配すんなよ。こう見えて身体は頑丈なんだ」
「ほんとか? ……無理すんなよ」
「お前に言われたくねぇわ」
軽口を叩いて椅子に座ると、酷使された腰から痛みが走る。
ぴしりと固まりつつ痛みを逃して、ロジェは細く長い溜息を吐いた。その様子を見ていたコーレンが、また心配そうな目を向ける。
きっと、コーレンは気付いているのだろう。ロジェが『夜伽役の身代わり』になったことを。
コーレンだけじゃなく、この部屋にいる誰もが気付いているのかもしれない。ロジェの見た目はその想定を確信に導くほどに、愛でられる側に見えるのだろう。
(……そういやあいつ……誰にでも手を出してるのかな。……本業じゃなくて、俺らみたいな部下にも? それは流石に……良くないよな……)
毎夜要請される、鬼将軍の夜の相手。その手配を請け負うのはロジェたち文官だ。
昨日は手違いで娼婦の手配ができず、現場が慌てて確保してきたのが奴隷だった。それも非合法に無理やり連れてこられたヒト族の男だったのだ。
今回のような事例が、これまでなかったとは考えにくい。その度に彼は、誰かを身代わりにしていたのかもしれない。
もやもやと、胸を黒い何かが覆いつくしていく。嫉妬なんてする立場ではないのに、心はいつも正直だ。
ルキウスが束ねる『第一軍司令本部』の文官として、ロジェが働き始めたのは、つい数か月前からだ。
『軍司令部』と名は付くが、職務は軍の事に限ってはいない。
ルキウスが受け持つ領地の管理やその他諸々と多岐に渡るため、王都にある機関で一番激務だと恐れられる職場だ。
常に人手不足な状況のため、地方の役人たちが応援に駆り出されることもある。彼らは『出向者』と呼ばれていて、ロジェもその一人だった。
王都の中心部にある第一軍司令本部は、大きな屋敷を何棟も連ねたような造りだ。
大富豪が住むような豪奢な屋敷が、王都の一角にずらっと建ち並ぶ。まさに圧巻の一言だが、その佇まいと激務さから監獄要塞とも言われている。
そして恐ろしい事に、この屋敷には職場と勤務者の宿舎がまるっと入っているのだ。つまり、いつでも労働に勤しむことができるという、大変ありがたい職場兼居住区なのである。
宿舎でシャワーを済ませただけのロジェが職場に着くと、もう数人の同僚があくせく働いていた。皆して隈をこしらえ、大変健康そうだ。
「おはようさん」
呟きつつデスクへ荷物を置くと、隣にいた同僚のコーレンが口に含んでいたコーヒーを吹き出した。彼はそれを拭うことなく、慌ててロジェの肩を掴む。
「アースターぁぁ!?」
「きったね! なんだよ、どうした?」
「どうしたもこうしたもねえって! 俺たちはもう、お前が来ないかと……」
「ああん?」
訝しげに周りを見渡せば、同僚たちはコーレンと同じような表情を浮かべていた。青ざめていて、まるで幽霊を見るかのような視線をロジェへと向ける。
そこで思い出した。昨日はルキウスに呼び出され、そのまま職場に帰らなかったという事を。
「あー……すまん。ちょっと色々あって、直帰した」
「直帰?! 直帰なんて何の問題も無いわ! あの鬼将軍、いや閣下に呼ばれて、五体満足で帰ってきたやつなんて居ないんだぞ! ある者は病院送り、ある者は失踪、辞表を出しに来る元気があれば、奇跡だって言われてんのに……!」
「そ、そうなのか? ……ひでぇな、鬼将軍……」
鬼将軍(ルキウス)が束ねる第一軍司令本部は、魔族軍の最高司令部である。そのため、ルキウスは魔族軍の総大将という位置づけになる。
魔王の実子である彼は、兄弟の中でも抜きん出て優秀だった。何をさせても文句なしの成果を上げ、あっという間に大将の座まで昇りつめたのだ。
しかし一方で、彼は魔族たちから畏怖の対象として見られている。その立ち振る舞いや行いが、鬼畜そのものなのである。
期待に応えない部下には容赦がなく、徹底的に叩き潰すと聞く。自らが手を下すことも厭わない。
態度は冷たく、温もりなど一切ない。半端な覚悟でルキウスの下で働くと、肉体的にも精神的にも追い詰められ、最後は病院送りになると有名だった。
それは事務方にも影響し、人手不足の中で悪循環を生み出し続けている。
目の前のコーレンなど、四日前から職場で寝泊まりしているほどだ。同じ建物に居住区があるというのに、そこに帰る暇もない。
「コーレンさ、お前こそ大丈夫か?」
「……いや、さっきまで駄目かと思ってたが……アースターが帰って来てくれたから、安心したわ。お前、めちゃくちゃ仕事できるからさ。出向でこっちに来てくれてから、業務がかなり捗ってるし……。昨日、お前が閣下に呼び出されたって聞いて、もう駄目だと思った……」
「そりゃ、ごめんな。っていうか……今まで閣下に呼び出されて辞めた文官って、一体何されたんだよ?」
「さぁ、詳しくは知らない。なぁ、アースター。やっぱり顔色悪いぞ。ただでさえ白いのに、今日は色が無いくらいだ」
言われて初めて、ロジェは視線を窓へと寄せた。そこには真っ白な顔をしたロジェが映っている。
華奢な身体と、一見すると女のような顔。柔らかな金の髪は、緩やかな波を描いて襟足まで届いている。
そこに、かつて剣の高みを目指した男の面影は見当たらなかった。
「……心配すんなよ。こう見えて身体は頑丈なんだ」
「ほんとか? ……無理すんなよ」
「お前に言われたくねぇわ」
軽口を叩いて椅子に座ると、酷使された腰から痛みが走る。
ぴしりと固まりつつ痛みを逃して、ロジェは細く長い溜息を吐いた。その様子を見ていたコーレンが、また心配そうな目を向ける。
きっと、コーレンは気付いているのだろう。ロジェが『夜伽役の身代わり』になったことを。
コーレンだけじゃなく、この部屋にいる誰もが気付いているのかもしれない。ロジェの見た目はその想定を確信に導くほどに、愛でられる側に見えるのだろう。
(……そういやあいつ……誰にでも手を出してるのかな。……本業じゃなくて、俺らみたいな部下にも? それは流石に……良くないよな……)
毎夜要請される、鬼将軍の夜の相手。その手配を請け負うのはロジェたち文官だ。
昨日は手違いで娼婦の手配ができず、現場が慌てて確保してきたのが奴隷だった。それも非合法に無理やり連れてこられたヒト族の男だったのだ。
今回のような事例が、これまでなかったとは考えにくい。その度に彼は、誰かを身代わりにしていたのかもしれない。
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