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ロジェは肺いっぱいに息を吸い込んだ。怒りで声が震えそうになるのを堪え、低く静かに捲し立てる。
「確かに、今までご報告は出来ておりませんでした。しかし今回の申請書の業者は、相場の二倍の工賃を提示してきています。詳しく調べると、貴族の息のかかったところばかりです。これを容認すれば、閣下が『貴族を優遇する領主』だと思われてしまうでしょう」
16年前のルキウスが頭を過る。彼は種族分け隔てなく接し、公平を重んじる人だった。
真面目過ぎるがゆえに融通すら下手くそで、不正など絶対に許さなかった。そんな彼がまだ残っていると、ロジェは信じたい。
もう一度大きく息を吸って、ロジェはルキウスへ訴える。
「このあけすけな癒着に、誰も気づかないわけがありません。領民は苦しみ、そして落胆し、閣下の評判も下がってしまうかもしれない。文官はそれを避けるため、文書に不審な点があれば報告します。それなのにこれまで閣下へ話が渡らなかったのは……何故だと思いますか? あなたが怖いからですよ。その態度、真面目に仕事をしている部下に向けるものですか?」
ロジェは真っ直ぐにルキウスを見据え、毅然とした態度で訴える。
もう引き返せない。一つ言ってしまったのだから、十まで吐いてしまえ。
ルキウスが恐れられている現状も、ロジェにとっては心が痛いものなのだ。
これで理解されなかったら悲しいが、何度だって訴える。ルキウスはきっと分かってくれるはずだ。
ロジェは唇をひと噛みして、残りの言葉を吐き出す。
「あいにく僕は、閣下が怖くありません。今後もこのようなことがあれば、提言させて頂く所存です。以上。どうぞ、暴言でも暴力でも、僕は怯みませんので」
ふんと息を吐き、ロジェは肩を竦める。挑戦的にルキウスを見据えるが、その緑の瞳には何の変化も無かった。怒りも驚きもないように見える。
ルキウスは書類を踵で蹴り落とし、形の整った唇を開く。
「……で? お前はどっちだ?」
「……は?」
困惑の声を漏らし、ロジェは眉根を寄せる。どっちだ、なんて、いったい何のことを言っているのか。
ルキウスは腕を組み、僅かに首を倒しながらロジェへと問う。
「無理やりヤられておきながら、俺の前に姿を現す輩は『どちらか』に限られている。俺にまた抱かれたいか、それだけでなく愛人の座に収まりたいか。……お前はどっちだと聞いている」
「……なに、を……」
「お前のその容姿。男でありながら雄を誘うことに長けているらしい。……初心な振りをして、房中術にも長けていたのかもしれないな。こうして俺をたきつけて、懐に潜り込む魂胆か?」
「……っ!!」
ロジェのこめかみが、ぶちりと音を立てる。気付けば鼻梁に皺を寄せ、威嚇するようにルキウスを見据えていた。
「っざけんな! あんなに独り善がりのセックスなんて、誰が気に入るかよ!!」
「…………ほう? なるほどなぁ……」
ルキウスの脚が、ゆっくりと地面へと降ろされる。
しまった、と青ざめた時にはもう遅かった。
後ずさりしようとした足が、まるで地面に縫い付けられたかのように動かない。
ルキウスは不穏な空気を垂れ流し、視線だけを側近へと移す。
「今日の業務はここまで。出ていけ」
「御意」
「……っ」
足早に去っていく側近たちと共に、ロジェも退出したい気分だった。
しかしやはり脚は動かず「文官は残れ」という低い声でとどめを刺される。
「悪かったな。独り善がりなセックスで」
ルキウスの手が、ロジェの肩を掴む。その大きな手は、いつでもロジェの肩を砕くことが出来る重さを持っていた。指先が肌に食い込み、少しの痛みを発する。
本能が危機感を覚え、更に身体が強張った。
「しかし残念だ。お前が着衣を望むから、愛撫も碌に出来ん。……ああそうだ、着衣した状態でも善く出来るか、試させてもらおうか」
「……今宵の相手は、もう既に手配ができております。僕は……」
「……僕? 先ほどの威勢はどうした? 子羊文官の皮を被るな」
肩にあった手がするりと上がり、首筋までたどり着く。親指で耳朶を撫でられ、ぞくりと背中が粟立った。
耳元にルキウスの口が寄り、ひと房の銀糸がさらりと頬を撫でる。しかし耳に潜り込んできた言葉は、ロジェにとって死刑宣告のようなものだった。
「覚悟しろよ、アースター」
言うなり、ルキウスはロジェの脚を払った。バランスを崩したロジェの上半身を、ルキウスはうつ伏せのまま執務机へ押し付け、後頭部を押さえ込む。
その行為は荒々しく、甘い空気など微塵もない。
カチャカチャと音がして、無情にもズボンが降ろされる。今回もそれは太腿で止まった。皮肉にもそれは、拘束の役割となってロジェの自由を奪ってしまう。
「確かに、今までご報告は出来ておりませんでした。しかし今回の申請書の業者は、相場の二倍の工賃を提示してきています。詳しく調べると、貴族の息のかかったところばかりです。これを容認すれば、閣下が『貴族を優遇する領主』だと思われてしまうでしょう」
16年前のルキウスが頭を過る。彼は種族分け隔てなく接し、公平を重んじる人だった。
真面目過ぎるがゆえに融通すら下手くそで、不正など絶対に許さなかった。そんな彼がまだ残っていると、ロジェは信じたい。
もう一度大きく息を吸って、ロジェはルキウスへ訴える。
「このあけすけな癒着に、誰も気づかないわけがありません。領民は苦しみ、そして落胆し、閣下の評判も下がってしまうかもしれない。文官はそれを避けるため、文書に不審な点があれば報告します。それなのにこれまで閣下へ話が渡らなかったのは……何故だと思いますか? あなたが怖いからですよ。その態度、真面目に仕事をしている部下に向けるものですか?」
ロジェは真っ直ぐにルキウスを見据え、毅然とした態度で訴える。
もう引き返せない。一つ言ってしまったのだから、十まで吐いてしまえ。
ルキウスが恐れられている現状も、ロジェにとっては心が痛いものなのだ。
これで理解されなかったら悲しいが、何度だって訴える。ルキウスはきっと分かってくれるはずだ。
ロジェは唇をひと噛みして、残りの言葉を吐き出す。
「あいにく僕は、閣下が怖くありません。今後もこのようなことがあれば、提言させて頂く所存です。以上。どうぞ、暴言でも暴力でも、僕は怯みませんので」
ふんと息を吐き、ロジェは肩を竦める。挑戦的にルキウスを見据えるが、その緑の瞳には何の変化も無かった。怒りも驚きもないように見える。
ルキウスは書類を踵で蹴り落とし、形の整った唇を開く。
「……で? お前はどっちだ?」
「……は?」
困惑の声を漏らし、ロジェは眉根を寄せる。どっちだ、なんて、いったい何のことを言っているのか。
ルキウスは腕を組み、僅かに首を倒しながらロジェへと問う。
「無理やりヤられておきながら、俺の前に姿を現す輩は『どちらか』に限られている。俺にまた抱かれたいか、それだけでなく愛人の座に収まりたいか。……お前はどっちだと聞いている」
「……なに、を……」
「お前のその容姿。男でありながら雄を誘うことに長けているらしい。……初心な振りをして、房中術にも長けていたのかもしれないな。こうして俺をたきつけて、懐に潜り込む魂胆か?」
「……っ!!」
ロジェのこめかみが、ぶちりと音を立てる。気付けば鼻梁に皺を寄せ、威嚇するようにルキウスを見据えていた。
「っざけんな! あんなに独り善がりのセックスなんて、誰が気に入るかよ!!」
「…………ほう? なるほどなぁ……」
ルキウスの脚が、ゆっくりと地面へと降ろされる。
しまった、と青ざめた時にはもう遅かった。
後ずさりしようとした足が、まるで地面に縫い付けられたかのように動かない。
ルキウスは不穏な空気を垂れ流し、視線だけを側近へと移す。
「今日の業務はここまで。出ていけ」
「御意」
「……っ」
足早に去っていく側近たちと共に、ロジェも退出したい気分だった。
しかしやはり脚は動かず「文官は残れ」という低い声でとどめを刺される。
「悪かったな。独り善がりなセックスで」
ルキウスの手が、ロジェの肩を掴む。その大きな手は、いつでもロジェの肩を砕くことが出来る重さを持っていた。指先が肌に食い込み、少しの痛みを発する。
本能が危機感を覚え、更に身体が強張った。
「しかし残念だ。お前が着衣を望むから、愛撫も碌に出来ん。……ああそうだ、着衣した状態でも善く出来るか、試させてもらおうか」
「……今宵の相手は、もう既に手配ができております。僕は……」
「……僕? 先ほどの威勢はどうした? 子羊文官の皮を被るな」
肩にあった手がするりと上がり、首筋までたどり着く。親指で耳朶を撫でられ、ぞくりと背中が粟立った。
耳元にルキウスの口が寄り、ひと房の銀糸がさらりと頬を撫でる。しかし耳に潜り込んできた言葉は、ロジェにとって死刑宣告のようなものだった。
「覚悟しろよ、アースター」
言うなり、ルキウスはロジェの脚を払った。バランスを崩したロジェの上半身を、ルキウスはうつ伏せのまま執務机へ押し付け、後頭部を押さえ込む。
その行為は荒々しく、甘い空気など微塵もない。
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----------
追記:読んでくださった皆さま、本当にどうもありがとうございました!!
完結しましたが回収しきれていないエピソードが私の中でいくつかあるので笑、後日番外編をアップしたいなと現在準備中です。
詳しい更新日まだ未定ですが、もしよろしかったらゼヒまた覗いてやってくださいねー!