【本編完結】番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

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「……俺もヒト族の皇子だったら良かったなぁ。そしたら、お前はすげぇやつなんだって、魔族の王様に進言できるのに。ウィンコットみたいなやつが王座に就けばさ、きっともっと世界は良くなる」
「……ウォーレン……」
「ん?」

 気が付けば、ルキウスが肘を立てて上体を起こしていた。その瞳に宿る何かに、ロジェの胸がどきりと鳴る。
 この間まで優しく穏やかな瞳だったのに、最近はどこか違う。まるで獲物を喰らおうとする獣の眼(まなこ)のようだ。
 あっという間に視界がルキウスで埋まり、吐息が掛かるほどの距離になる。

「な、なぁ? まっ……ンッ」

 戸惑う声を呑み込むように、唇がぶつかる。ルキウスは柔い唇でロジェの唇をするりと撫で、眉山を引き上げる。
 「なに?」とでも言いたげな表情だが、やけに艶っぽくて直視できない。
 ロジェは思わず顔を逸らすと、手の甲で口を覆い隠した。

「おま、おまえさ……いつも、これ……」
「……うん?」
「だからさ、これって、キ……」
「き?」

 耳に掛かるルキウスの声は低く、ねっとりとした甘さを持っている。
 胸の高まりと共に熱が顔に上ってきて、頭皮がちりちりと痛んだ。耳までもが熱を持っているのか、いつもは感じないその存在を主張してくる。

 あの日。獣人とのトラブルを助けてもらったあの日から、この友人ルキウスは事あるごとに、ロジェの唇を奪う。
 最初は戯れかと思っていた。
 彼が甘い雰囲気を纏うのはほんの一瞬で、口づけが終わればまるで何もなかったかのように、元のお堅い友人へと戻るからだ。

 ロジェも初めは戸惑ったものの、ルキウスからの口づけを何だかんだ受け入れてしまう。
 彼のキスは、とても気持ちが良いのだ。

 ルキウス曰く、魔族の唾液には癒しの効果があるらしい。
 稽古終わりに口づけられれば、ロジェはとろりと蕩けてしまう。時には酩酊のような状態になり、眠ってしまうこともあった。

 加えて最近は、ルキウスの雰囲気がどこか甘くなったような気がするのだ。甘いだけではなく、他の何かも混ざっているような気がしてならない。
 それに彼独特のあの『匂い』。あれに包まれると、もうロジェは何もかもを放り出してしまいたくなるのだ。全てをルキウスに委ねたくなる。

(……まただ……この気持ちは……なんだろう……)

 『友人』という澄んだ青いものに、何かがぽたりぽたりと垂らされている。その感覚が少し恐ろしい。

 目の前の友人(ルキウス)が、きらきらと光る銀の髪を耳に掛ける。眉根に少しだけ皺を寄せ、ルキウスは拗ねているような表情を浮かべた。

「ウォーレン、ほら。いつものように、頭からっぽにして」
「っ、でも……っん……」

 ルキウスの長い指がロジェの顎を捕らえ、今度は押し潰すように唇が重ねられる。舌が唇の合わせ目をなぞって「いれて」とロジェへせがむ。

 喉元を指でくすぐられれば、ロジェの唇はいとも簡単にその扉を開けてしまう。こうなってしまったら、あとはもうぐずぐずと蕩かされるだけだ。
 まともに思考は動かなくなり、脳みそは活動を停止する。

「……ふ、ぁ、あ………」
「ん、いいこだ」

 落ちそうになる瞼を薄く開けば、そこには丸い緑の宝玉がこちらを見据えていた。ルキウスは口づけの間、目を閉じない。ずっとロジェを見つめ続けている。
 ロジェはそれに気づいているものの、恥じる間もなくくらくらと彼に酔ってしまう。

(……こま、ったな……これ、これじゃ……)

 目の前の友人は、疲れたロジェを癒すために口づけをしてくれているのだろう。彼からの口づけは、決まって稽古の後だからだ。

 しかし困ったことに、自分の中にある感情は、あろうことか別の何かに変わろうとしていた。必死に元の形へ戻そうとしているが、一度自覚してしまえばもう、かっちりと固まってしまうだろう。

 だからロジェは、その形を見ないようにしていた。目をつぶったまま形を元に戻して、ルキウスとの日々を送る。
 そうすれば、自分の気持ちには気付かない。それで十分だ。

 唇の隙間から、ルキウスの甘い叱咤が飛ぶ。

「こら、ウォーレン。俺に集中して」
「……ふ、ぁ? ……あぅ……」
「そう、上手だ」

 ルキウスの声で甘く包まれて、ロジェは腹の底から歓喜を覚えた。彼の香りが鼻腔を通り抜け、ロジェの頭はルキウスで埋め尽くされる。

 もう何も考えられない。
 征服される側の悦びを、ロジェは知ってしまった。
 それが苦難へ続く道への第一歩だとは知らずに。
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