【本編完結】番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

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 ロジェは民衆に避難を促しながら、一瞬にして地獄絵図になった街中を見回す。

「……くそっ」

 灼熱の炎、熱い空気に炙られる悲鳴。
 心臓は壊れそうなほど波立ち、ぐらぐらと思考が揺れる。
 かつての記憶が引きずり出され、ロジェは恐慌状態のままルキウスの姿を探した。

 二人が乗った馬車は燃えていたが、ルキウスとノレイアはもう脱出していた。
 ルキウスはノレイアを守るように立ち、その周りを護衛が囲んでいる。しかし襲撃者はじりじりとルキウスらへと間を詰めていた。
 ロジェは迷うことなく駆け、剣を鞘から引き抜く。襲撃者を背後から斬りつけると、応戦していたザザドとルトルクから声が上がった。

「アースターさん、下がっていて下さい!」
「いいえ、僕も加勢します!」

 戸惑っていた二人だったが、ロジェの動きを見てからは口を出すことはなかった。
 ロジェは鋭い剣撃で敵陣へと入り、隙を的確に突いていく。相手の剣筋を読むのはロジェの得意技で、剣撃の鋭さはかつてのルキウスとの鍛錬の賜物だ。

 身体が小さいロジェの動きは、魔族にとって予測しづらいものだ。何度も戦えば動きを読まれてしまうが、初めて剣を交える相手ならば、翻弄することも容易い。
 ロジェの参戦によって調子を乱された襲撃者は、ぐずぐずと陣形を崩した。
 その隙をついて、ロジェはルキウスを背後に守る位置へと移動する。そしてザザドらと連携して一気に攻め、次々と襲撃者を撃破していった。

 一気に戦況がこちらへと傾くが、しかし気になるのは、敵の後方で控えている魔術師だ。
 先ほどの火球で魔力を消費しているとは思うが、魔法攻撃で一気に戦況が変わることもあるのだ。どんな魔法が放たれるか察知して、対処していく必要がある。

 魔術師を警戒していると、ぶわりと不穏な予感が纏わりつく。
 視線を絞ると、こちらへ飛んでくるナイフが見えた。避けることも出来たが、後ろにはルキウスとノレイアがいる。
 ロジェは咄嗟に剣を前に構え、ナイフを辛くも剣身で受け止める。ナイフは弾かれたものの、運悪くロジェの手の甲を掠めてしまった。

「アースターさん!」
「大丈夫です! 皮一枚切っただけ!」

 ザザドに返事を返しながら、ロジェは後方にいるルキウスたちを確認する。
 ルキウスは真っ青な顔をしたノレイアを抱き込んで、空気を震わせるような殺気を垂れ流していた。
 ノレイアが怯えているのは、ルキウスのせいではないかと思うほどの恐ろしさだ。
 ちらりとルキウスの顔を見ると、ロジェでさえ彼がこちらを睨みつけているように錯覚する。
 ぞっと寒気を感じながら、ロジェは敵陣へと向き直った。こちらの方が随分ましだ。

 そしてロジェは臆することなく敵陣へと走り込む。ザザドとルトルクの活躍もあり、襲撃者はその数を減らしていった。



 トクナの巡衛隊が到着したのは、もう何もかもが済んだ後だった。ザザドらは魔術師だけを捕らえ、巡衛隊へと引き渡す。
 その間、ロジェは消火活動に加勢した。何かしていないと、みっともなく震え出しそうな気がしたからだ。
 幸いにも手の甲についた傷は浅く、毒も仕込まれてはいなかった。しかしナイフがルキウスに刺さっていたかもしれないと思うと、腹の底から恐怖が滲み出してくる。

「その傷、大丈夫ですか?」

 はっとして振り向けば、そこにはノレイアが立っていた。癖のある赤い髪がゆらりと揺れ、澄み切った青の瞳がこちらを心配そうに見ている。
 ロジェは慌てて背筋を伸ばし、穏やかな笑顔を浮かべた。

「これはノレイアお嬢様。気が付かず、申し訳ございません。……僕なら御心配には及びませんよ、それより怖かったでしょう。馬車を守り切れず、申し訳ありません」
「い、いえ、私は。……お父様や、護衛の皆様が助けて下さったので……」
「ご無事で、本当に良かったです」

 笑顔のまま言うと、ノレイアの頬が微かに赤く染まった。
 気丈に振る舞っているが、まだ10歳の少女だ。きっと怖かっただろう。
 ノレイアはどこか落ち着かないようにしながらも、薄く笑みを浮かべる。

「……あっ、あの、よろしければ、お名前を……」
「名前? 僕のですか?」
「ええ。そう……です」

 頷くノレイアを見て、ロジェははっとする。そういえば顔合わせをした際に「文官です」とは伝えていたが、名前までは言っていなかった。
 ザザドらが名乗っていなかったから問題ないと思っていたが、彼らはもうノレイアとは知り合いだから改めて伝える必要もなかったのだろう。
 ロジェは慌てて腰を折って、名前を言おうと口を開く。しかし同時に、首根っこをがしりと掴まれた。

「おい、アースター。この暴走猫。……お前にはやっぱり躾が必要だな」
「……か、閣下……?」

 首根っこを掴まれたまま後ろを振り返るも、背後にいるルキウスの顔までは首が追いつかなかった。彼の逞しい胸板だけが見え、その無事な姿にほっと安堵する。
 ルキウスはノレイアに身体を向け、先ほどとは真逆の穏やかな声を零す。

「ノレイア。こいつは猫だ。名はない」
「ねこ、ですか……」
「躾のなってない猫だから、あまり近付くな。爪を立てられるぞ」
「……っ、そんな事しませ……っいて!」

 ぺしっと頭を叩かれ、本当に猫のような扱いを受ける。むっと鼻梁に皺を寄せるも、ノレイアの前で暴言を吐くわけにはいかない。
 無言で堪えていると、視界にノレイアの顔が映り込んだ。彼女はしゃがみ込み、ロジェを見上げている。

「ねこさん、ありがとうございました。お父さんを、よろしくお願いします」

 にっこりと微笑まれ、その柔らかさに心が癒される。超絶的な可愛さだ。
 そしてロジェは再認識する。デレとは正にこうあるべきなのだ。ルキウスのあれは決してデレではない。
 そんなロジェの思考が読めたかのように、ルキウスは首根っこを掴む手に力を入れた。ロジェの身体は容易く宙に浮き、また猫のように運ばれる。

(……というか、猫って俺の事だったのか? さすがにひどくね……?)

 もはや獣としてしか扱ってもらえていないことに項垂れつつ、ロジェはがっくりと肩を落とす。途端に疲労感が襲ってくる。
 ただでさえ疲労が蓄積していたのに、今日は戦闘にまで参加してしまった。この状態で、ロジェたちは王都まで帰らなくてはならない。

(……でも……報告書は早めに提出しておきたいな。記憶が新しいうちに、まとめたものを出したい……)

 こうなったら、馬上で報告書を纏めるしかない。深く溜息を吐くと、ルキウスから舌打ちが返ってきた。
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