【本編完結】番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

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 次の日の朝、ルキウスは執務机に足を投げ出し、視察の報告書を読んでいた。

 ルキウスたちは昨日の夜更けに王都へ帰り着いた。しかし翌日の朝には報告書が届いていることには大いに驚かされた。
 しかも良くまとめられていて、要点が分かりやすい。これをあの馬鹿猫アースターが書いたとは、俄かに信じ難かった。

 数ヶ月前にこの司令部へと出向してきたその猫は、見目が良いと部下の間でも評判だった。
 儚げで美しい容姿を持ちつつも、文官としての手腕はかなりのもの。人当たりも良く、容姿の割にさっぱりと付き合いやすいという。
 あまり噂の届かないルキウスの下へも、彼を賞賛する声が流れてきたほどだ。

 ため息を吐いて書類を投げると、側にいたザザドから笑い声が漏れる。

「なんだ、ザザド」
「いや、何でもありませんよ」
「……今回の視察、どう思う? 五兄の寄越した襲撃で曖昧になってしまったが……」
「どうもこうも……っはは。アースター様の印象が強烈すぎて、視察どころか襲撃も薄味でしたねぇ」
「……随分と楽しそうだな」
「ええ、楽しいです」

 頬を緩ませながらザザドが言うものだから、ルキウスはついと片眉を引き上げた。

 ザザドとルキウスは、幼いころからの付き合いだ。彼がこうも楽しそうに、特定の誰かについて語るのは珍しい。
 道中でも感じたが、ザザドはあの猫をいたく気に入っているようだ。
 むっと眉根に皺を寄せると、ザザドは緩く頭を振る。

「殿下から取ろうとは思ってませんよ。……ただ、あなたが感情を剥き出しにしていると、俺も嬉しいんです」
「…………あの猫の戦い方だが……どう思った?」
「そうですね。腕は確かですが、実戦に慣れているという感じではなかった気がします。……しかし気になるのは、複数人を相手にする術に長けていた事です。恐らく、それを想定した訓練を幾度も繰り返したんじゃないでしょうか。陣形の崩し方が上手かったので……」
「文官の身でありながら、どうしてそんな訓練をする必要がある」
「そうですね。……そうせざるを得なかった……というところでしょうか」
「……」


 猫の名は『シン・アースター』
 彼は元々、半魔が多く住まうアカツキ領を統べる貴族、ジョルノ・アカツキに仕える文官だ。
 地方の文官が、王都から要請を受けて出向することはよくある。彼もその一人だった。

 本来なら出向者は、ルキウスを支持している地域からと決まっている。しかしアカツキ家は王座争いに加担せず、中立を貫き通していた。

 アカツキは『半魔の街』と言われ、穏やかで争いを好まない地域性だ。しかしその土壌は豊富で、海も有している。この国で有数の豊かな地域なのだ。

 だからこそ、底が知れない。牙を向けば脅威にもなり得る。現にアカツキの衛兵は強者揃いと聞く。
 そんなアカツキ家からやってきた出向者に、司令部にいた者らは初めこそ警戒を強めていた。
 しかしそれも数日のことで、彼はあっという間に第一司令部の部下たちを虜にしてしまったのだ。まさしく魔族たらしと言ったところである。

 しかしルキウスは、シン・アースターの『ちぐはぐ』な部分が妙に気になっていた。

 柔らかな金の髪に、つるりとした陶器のような白い肌。女性のように尖った顎、小さな鼻と唇。
 そんな可憐な見た目から飛び出すのは、男らしい言葉遣い、そして粗雑な仕草だ。
 そして何より、庇護され愛されるに値するその身を、彼は危ういほどに軽んじている。まるで自分の身に何の感情もないようだった。 

「……どうやったら、あいつみたいな猫が仕上がるんだ……」
「そうですねぇ、気になりますねぇ……」
「奴を見ていると、何故だか無性に腹が立つ時がある」
「それは、許せないと思っているからでは?」
「何を?」
「自らを軽んじる彼を」
「俺が?」
「ええ、殿下が」

 ルキウスが矢継ぎ早に問うても、ザザドからは直ぐに返事が返ってくる。ザザドは穏やかに笑っているだけで、まるで当然かのように答えを紡ぐ。
 ルキウスは冷静にこれまでの事を思い返した。そしてもう一度、「俺が?」と口に含む。

 奴隷が用意できなかったと執務室に来たシンを、ルキウスは手荒く抱いた。
 噂に聞いていた通り、シンの美しさは『可憐』の一言だった。とっくに成人しているはずなのに、まるで少年のような瑞々しさがある。
 しかし彼から飛び出す言葉は生意気そのもので、ルキウスは沸き出す嗜虐心に逆らえなかった。

 羊のふりをしたこの男の皮を剥ぎ、真の姿を暴きたい。可憐な花びらを散らし尽くせば、後に何が残るのか。始めはそんな、蔑みを含んだ感情だった。
 しかし実際に剥いでみれば、残ったのはやんちゃな猫だった。制御できない、躾のなっていない子猫だ。

 ルキウスがシンに行った所業は、誰が聞いても眉を顰めるものだろう。相手がシンでなければ、二日と持たず辞職してもおかしくないほどだ。
 だからこそ、自らを軽んじるシンをルキウスが咎められる訳がない。

 確かにルキウスは腹を立てた。
 酷く犯されておきながら、当然のように職務に励む彼に。
 飯もろくに食わずに視察場所を見回る彼に。
 身を呈してルキウスを守る彼に。
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