【本編完結】番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

文字の大きさ
33 / 74

33



 数日ぶりの仕事場は、まるで葬式の最中のようだった。

 扉を開いても誰も反応せず、灯りが点いているはずなのにどこか薄暗い。
 淀んだ空気が澱のように沈んで、同僚たちはさながら毒沼に浸かっているかのようだった。

 自分が療養している間、同僚達には随分迷惑をかけたようだ。売店で買ってきた菓子や回復薬を掲げたまま、ロジェは腰を折った。

「シン・アースター、戻りました! 申し訳ない! ただいま!!」
「…………」
「…………」

 同僚たちの視線が一気に集まり、ロジェは視線を上げたのちに唖然とする。
 誰も彼も酷い顔色で、まるでアンデッドのようだ。療養中のロジェよりも酷い状態ではないだろうか。
 文官長が椅子からふらりと立ち上がり、コーレンは叫び出す。

「……ああああ、アースターぁああ⁉」
「うわぁ、ごめんて! この埋め合わせはするから!」
「ちが、おま……! 戻ってこれたのか⁉ そ、それとも……幽霊?」
「いやいや、生きてる。生存してるよ俺は」

 苦笑いを浮かべながら、ロジェは折っていた腰を戻す。
 少なくとも目の前の同僚たちよりも健康であると言えるだろう。ルキウスの部屋でたっぷり寝たのだから。
 文官長が眼鏡を取って、ぶるぶる震えながら首を傾げた。

「……あ、アースターくん……? なんでここ、いるの?」
「何でって、俺はクビっすか?」
「……いや、いていいの? 閣下から許可頂いた?」
「…………ええ、まぁ」

 文官長と同じ方向に首を傾げ、ロジェは思い返す。

 思えば許可を取っていないが、そもそも命令されてあの場にいた訳ではない。むしろ寝台を独占され、迷惑極まりなかったはずである。
 『出ていけ』と言われるのも時間の問題だっただろう。

 しかし文官長は深刻そうな表情を浮かべ、同僚らもソワソワと立ち上がった。彼らは視線を交わし、お互いに意思疎通を図るかのように見つめ合う。
 そして揃ってロジェを戸惑いの目で見据えた。

「な、なに? なんなんですか、文官長?」

 ロジェが助けを求めるように文官長を見れば、彼は不自然な笑みを浮かべながら、ぶるぶると震えていた。

「……と、とりあえず……アースターくんさ。……今日の所は帰りなさい? 身体を大事に、ね? ね?」
「あ、そういえば。俺、今日の昼食は閣下に付き添わなければならなくなったんですが、何か報告ありますか? ついでに済ませてしまいましょうか」
「アースターくん? 僕の話聞いてた? いや、それより……昼食……?」

 文官長が顔を強張らせ、震えもぴたりと止む。次の瞬間、彼はぶんぶんと勢いよく顔を横に振っていた。

「い、いや、報告なんてないよ。大丈夫! それより昼食までゆっくり休みなさい! ああ、そうだ、アースターくん! 君宛ての荷物が来ていたから、机の上に置いてあるよ」

 「荷物?」といいつつ机を見れば、そこには小さな箱があった。ロジェは手に持っていた菓子をコーレンに押し付け、机へと駆け寄る。

 「早く帰りなさいねー」という文官長の声を遠くに聞きながら、ロジェは期待を持って小箱を手に取った。
 持ち上げると、中からカラリと音がする。差出人は見なくとも分かっていた。

(……助かったぁ。さすがマグウェルさん、分かってるぅ……)

 ロジェは小箱をペーパーナイフで開封し、中に入っていた手紙を取り出した。
 癖のある文字が懐かしい。開いてみると、マグウェルらしい簡潔な文章が並んでいた。

『____ やぁ、シン。元気かい、とか言うつもりはないよ。君は絶対に無理をしているだろうから。
私から伝えたいことは、もう分かっているよね。でも一応、とても面倒だけど、医者として書き記しておく。
今月分の薬を同封するが、決して濫用はしないこと。
抑制剤の副作用は、とても怖いものなんだよ。体調の悪い時や疲労が溜まっている時は尚更ね。そして、何度も言ってるけど、我慢すればいいってもんじゃないからね!
面倒だけどもう一度。濫用はしないこと! そして仕事量を考えなさい!
一番の予防は、彼から離れて仕事をすることだよ。
早く帰ってきなさい。  マグウェル』

 頬を緩めながら読んで、ロジェはそれをそっと折りたたむ。この手紙は用箋挟みには挟んでおけないから、自室にある鍵付きの引き出しに入れなければならない。
 同僚らに一言かけて、ロジェは自室へと足を向けた。
感想 66

あなたにおすすめの小説

転生天使は平穏に眠りたい〜社畜を辞めたら美形王子の腕の中でとろとろに甘やかされる日々が始まりました〜

メープル
BL
毎日深夜まで残業、食事はコンビニの冷たいパン。そんな社畜としての人生を使い果たし、過労死した俺が転生したのは――なんと、四枚の美しい羽を持つ本物の天使だった。 ​「今世こそは、働かずに一生寝て過ごしたい!」 ​平穏な隠居生活を夢見るシオンは、正体を隠して王国の第一王子・アリスターの元に居候することに。ところが、この王子、爽やかな笑顔の裏で俺への重すぎる執着を隠し持っていた!?

身代わり花婿の従者だった俺を、公爵閣下が主ごと奪っていきました

なつめ
BL
嫁ぐはずだった主人が式直前に姿を消し、従者のルキアンは主家を守るため、主人の身代わりとして花婿役を演じることになる。 だが、冷酷無比と噂される公爵ヴァレシュは、最初の対面から“花婿”ではなく、その横で嘘をついている従者のほうを見抜いていた。 主のために忠誠を差し出し続ける受けと、その忠誠ごと奪い、自分のものにしたい攻め。 身分差、主従、政略、執着、略奪の熱を濃く煮詰めた、じわじわ囲い込まれる主従逆転BL。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

過疎配信者の俺の声だけが大人気配信者を眠らせてあげれるらしい

スノウマン(ユッキー)
BL
 過疎配信者の白石 透(しらいし とおる)のリスナーには、透の声でないと寝れないというリスナー、太陽が居た。彼の為に毎日配信してあげたいが、病弱な透には週一程度が限度だった。  だが、それすら叶わなくなる。両親が金と手間のかかる透の事を追い出すことにしたのだ。そんな時に手を差し伸べてくれたのが太陽で、一緒に暮らすことになる。だが彼の正体は大人気配信者で!?

お忍び中の王子様、毎日路地裏の花屋に通い詰めては俺を口説くのをやめてください。~公務がお忙しいはずでは?~

メープル
BL
不愛想な店主・ネイトが営む小さな花屋の軒先には、雨音に混じって場違いな男が立ち尽くしていた。 不審者と決めつけたネイトが、迷わず足元の如雨露の冷水を浴びせると――フードの下から現れたのは、整った顔立ちの男、ヴァンスだった。 ​以来、ヴァンスは毎日のように店に現れるようになる。 作業台の隅に居座り、ネイトが淹れる安い茶を啜りながら、ハサミの鳴る音を黙って眺める日々。 自分を王子とも知らないネイトの不遜な態度に、ヴァンスはただ優しく目を細めていた。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
【完結/番外編準備中】 目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです! ---------- 追記:読んでくださった皆さま、本当にどうもありがとうございました!! 完結しましたが回収しきれていないエピソードが私の中でいくつかあるので笑、後日番外編をアップしたいなと現在準備中です。 詳しい更新日まだ未定ですが、もしよろしかったらゼヒまた覗いてやってくださいねー!

落ちこぼれオオカミ、種族違いのため群れを抜けます

椿
BL
とあるオオカミ獣人の村で、いつも虐げられている落ちこぼれの受けが村を出ようと決意したら、村をあげての一大緊急会議が開催される話。