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数日ぶりの仕事場は、まるで葬式の最中のようだった。
扉を開いても誰も反応せず、灯りが点いているはずなのにどこか薄暗い。
淀んだ空気が澱のように沈んで、同僚たちはさながら毒沼に浸かっているかのようだった。
自分が療養している間、同僚達には随分迷惑をかけたようだ。売店で買ってきた菓子や回復薬を掲げたまま、ロジェは腰を折った。
「シン・アースター、戻りました! 申し訳ない! ただいま!!」
「…………」
「…………」
同僚たちの視線が一気に集まり、ロジェは視線を上げたのちに唖然とする。
誰も彼も酷い顔色で、まるでアンデッドのようだ。療養中のロジェよりも酷い状態ではないだろうか。
文官長が椅子からふらりと立ち上がり、コーレンは叫び出す。
「……ああああ、アースターぁああ⁉」
「うわぁ、ごめんて! この埋め合わせはするから!」
「ちが、おま……! 戻ってこれたのか⁉ そ、それとも……幽霊?」
「いやいや、生きてる。生存してるよ俺は」
苦笑いを浮かべながら、ロジェは折っていた腰を戻す。
少なくとも目の前の同僚たちよりも健康であると言えるだろう。ルキウスの部屋でたっぷり寝たのだから。
文官長が眼鏡を取って、ぶるぶる震えながら首を傾げた。
「……あ、アースターくん……? なんでここ、いるの?」
「何でって、俺はクビっすか?」
「……いや、いていいの? 閣下から許可頂いた?」
「…………ええ、まぁ」
文官長と同じ方向に首を傾げ、ロジェは思い返す。
思えば許可を取っていないが、そもそも命令されてあの場にいた訳ではない。むしろ寝台を独占され、迷惑極まりなかったはずである。
『出ていけ』と言われるのも時間の問題だっただろう。
しかし文官長は深刻そうな表情を浮かべ、同僚らもソワソワと立ち上がった。彼らは視線を交わし、お互いに意思疎通を図るかのように見つめ合う。
そして揃ってロジェを戸惑いの目で見据えた。
「な、なに? なんなんですか、文官長?」
ロジェが助けを求めるように文官長を見れば、彼は不自然な笑みを浮かべながら、ぶるぶると震えていた。
「……と、とりあえず……アースターくんさ。……今日の所は帰りなさい? 身体を大事に、ね? ね?」
「あ、そういえば。俺、今日の昼食は閣下に付き添わなければならなくなったんですが、何か報告ありますか? ついでに済ませてしまいましょうか」
「アースターくん? 僕の話聞いてた? いや、それより……昼食……?」
文官長が顔を強張らせ、震えもぴたりと止む。次の瞬間、彼はぶんぶんと勢いよく顔を横に振っていた。
「い、いや、報告なんてないよ。大丈夫! それより昼食までゆっくり休みなさい! ああ、そうだ、アースターくん! 君宛ての荷物が来ていたから、机の上に置いてあるよ」
「荷物?」といいつつ机を見れば、そこには小さな箱があった。ロジェは手に持っていた菓子をコーレンに押し付け、机へと駆け寄る。
「早く帰りなさいねー」という文官長の声を遠くに聞きながら、ロジェは期待を持って小箱を手に取った。
持ち上げると、中からカラリと音がする。差出人は見なくとも分かっていた。
(……助かったぁ。さすがマグウェルさん、分かってるぅ……)
ロジェは小箱をペーパーナイフで開封し、中に入っていた手紙を取り出した。
癖のある文字が懐かしい。開いてみると、マグウェルらしい簡潔な文章が並んでいた。
『____ やぁ、シン。元気かい、とか言うつもりはないよ。君は絶対に無理をしているだろうから。
私から伝えたいことは、もう分かっているよね。でも一応、とても面倒だけど、医者として書き記しておく。
今月分の薬を同封するが、決して濫用はしないこと。
抑制剤の副作用は、とても怖いものなんだよ。体調の悪い時や疲労が溜まっている時は尚更ね。そして、何度も言ってるけど、我慢すればいいってもんじゃないからね!
面倒だけどもう一度。濫用はしないこと! そして仕事量を考えなさい!
一番の予防は、彼から離れて仕事をすることだよ。
早く帰ってきなさい。 マグウェル』
頬を緩めながら読んで、ロジェはそれをそっと折りたたむ。この手紙は用箋挟みには挟んでおけないから、自室にある鍵付きの引き出しに入れなければならない。
同僚らに一言かけて、ロジェは自室へと足を向けた。
数日ぶりの仕事場は、まるで葬式の最中のようだった。
扉を開いても誰も反応せず、灯りが点いているはずなのにどこか薄暗い。
淀んだ空気が澱のように沈んで、同僚たちはさながら毒沼に浸かっているかのようだった。
自分が療養している間、同僚達には随分迷惑をかけたようだ。売店で買ってきた菓子や回復薬を掲げたまま、ロジェは腰を折った。
「シン・アースター、戻りました! 申し訳ない! ただいま!!」
「…………」
「…………」
同僚たちの視線が一気に集まり、ロジェは視線を上げたのちに唖然とする。
誰も彼も酷い顔色で、まるでアンデッドのようだ。療養中のロジェよりも酷い状態ではないだろうか。
文官長が椅子からふらりと立ち上がり、コーレンは叫び出す。
「……ああああ、アースターぁああ⁉」
「うわぁ、ごめんて! この埋め合わせはするから!」
「ちが、おま……! 戻ってこれたのか⁉ そ、それとも……幽霊?」
「いやいや、生きてる。生存してるよ俺は」
苦笑いを浮かべながら、ロジェは折っていた腰を戻す。
少なくとも目の前の同僚たちよりも健康であると言えるだろう。ルキウスの部屋でたっぷり寝たのだから。
文官長が眼鏡を取って、ぶるぶる震えながら首を傾げた。
「……あ、アースターくん……? なんでここ、いるの?」
「何でって、俺はクビっすか?」
「……いや、いていいの? 閣下から許可頂いた?」
「…………ええ、まぁ」
文官長と同じ方向に首を傾げ、ロジェは思い返す。
思えば許可を取っていないが、そもそも命令されてあの場にいた訳ではない。むしろ寝台を独占され、迷惑極まりなかったはずである。
『出ていけ』と言われるのも時間の問題だっただろう。
しかし文官長は深刻そうな表情を浮かべ、同僚らもソワソワと立ち上がった。彼らは視線を交わし、お互いに意思疎通を図るかのように見つめ合う。
そして揃ってロジェを戸惑いの目で見据えた。
「な、なに? なんなんですか、文官長?」
ロジェが助けを求めるように文官長を見れば、彼は不自然な笑みを浮かべながら、ぶるぶると震えていた。
「……と、とりあえず……アースターくんさ。……今日の所は帰りなさい? 身体を大事に、ね? ね?」
「あ、そういえば。俺、今日の昼食は閣下に付き添わなければならなくなったんですが、何か報告ありますか? ついでに済ませてしまいましょうか」
「アースターくん? 僕の話聞いてた? いや、それより……昼食……?」
文官長が顔を強張らせ、震えもぴたりと止む。次の瞬間、彼はぶんぶんと勢いよく顔を横に振っていた。
「い、いや、報告なんてないよ。大丈夫! それより昼食までゆっくり休みなさい! ああ、そうだ、アースターくん! 君宛ての荷物が来ていたから、机の上に置いてあるよ」
「荷物?」といいつつ机を見れば、そこには小さな箱があった。ロジェは手に持っていた菓子をコーレンに押し付け、机へと駆け寄る。
「早く帰りなさいねー」という文官長の声を遠くに聞きながら、ロジェは期待を持って小箱を手に取った。
持ち上げると、中からカラリと音がする。差出人は見なくとも分かっていた。
(……助かったぁ。さすがマグウェルさん、分かってるぅ……)
ロジェは小箱をペーパーナイフで開封し、中に入っていた手紙を取り出した。
癖のある文字が懐かしい。開いてみると、マグウェルらしい簡潔な文章が並んでいた。
『____ やぁ、シン。元気かい、とか言うつもりはないよ。君は絶対に無理をしているだろうから。
私から伝えたいことは、もう分かっているよね。でも一応、とても面倒だけど、医者として書き記しておく。
今月分の薬を同封するが、決して濫用はしないこと。
抑制剤の副作用は、とても怖いものなんだよ。体調の悪い時や疲労が溜まっている時は尚更ね。そして、何度も言ってるけど、我慢すればいいってもんじゃないからね!
面倒だけどもう一度。濫用はしないこと! そして仕事量を考えなさい!
一番の予防は、彼から離れて仕事をすることだよ。
早く帰ってきなさい。 マグウェル』
頬を緩めながら読んで、ロジェはそれをそっと折りたたむ。この手紙は用箋挟みには挟んでおけないから、自室にある鍵付きの引き出しに入れなければならない。
同僚らに一言かけて、ロジェは自室へと足を向けた。
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追記:読んでくださった皆さま、本当にどうもありがとうございました!!
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