【本編完結】番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

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 恐らくルキウスも、ロジェを特別だと周囲に知らしめたいのだろう。

(……俺も、頑張らないと……)

 ロジェはルキウスに一歩近づき、顔に向けて手を伸ばした。

「ルキウス様。御髪が……」
「……ああ」

 ルキウスが腰を折り、ロジェの指を迎え入れる。
 編み込まれていた髪の小さな乱れを、ロジェはそっと解いた。わざわざ解くほどの乱れでは無かったが、その効果は抜群であったらしい。

 スヴェラが目を見開き、未だにルキウスへと巻き付いていた手が震えるのが見えた。
 殺意さえも籠っていそうな視線をひしひしと感じていると、スヴェラが唇を震わせながら言い放つ。

「ルキウス、様ですって? 無礼すぎるわ、敬称も知らないの?」

 どん、と胸に小さな衝撃を感じる。スヴェラから小突かれて、ロジェはルキウスから一歩離れた。
 スヴェラが手を伸ばすのは気付いていたが、躱すのは不敬だと思ったのだ。痛みは感じないが、周りにいるスヴェラの護衛騎士らからの殺気に肌がぴりつく。

 主から命令を下されれば、彼らは躊躇わずロジェへと剣を向けるだろう。しかしその殺気を一掃するほどの、激しい怒気が吹き荒れた。

「何をするつもりだ」

 ルキウスがロジェの腰を荒々しく引き寄せ、そのまま抱き込む。会場全体が震えあがるような殺気を纏わせ、ルキウスはスヴェラの後ろにいる騎士らを睨みつけた。
 
「まさか、俺のものに殺気を向けているのか?」

 ルキウスは腕に巻き付いてるスヴェラを見ないまま、低く唸るように言葉を放った。
 彼女の腕を振り払ったり、直接怒りを向けないのは、側にいるガイナスを思っての事だろう。

 しかしルキウスの怒りは、直接的ではないものの確実にスヴェラに向いている。それは彼女の怯える様から見ても明らかだ。

 ロジェもルキウスの激昂に、心底驚いていた。怒る彼を見たことは何度もあったが、これほどの怒りを感じたことはない。
 ロジェは慌てて、ガイナスへと視線を移す。彼も義弟の様子に唖然としているのか、それとも怯えているのか、顔を真っ青にして動かなかった。

 しかし、悪い状況というのは続くものだ。
 この状況を動かしたのは、ロジェにとって一番都合の悪い男だった。

「まさか、シンなのか……?」
「っ!」

 ロジェが驚愕しながら視線を巡らせれば、声の主は自然と目に入った。自然に唇が動く。

「……ク、クラディル? なんでこんなところに?」
「それはこっちの台詞だ」

 背の高い女性を連れ立って現れたのは、ロジェにとっては見慣れた人物だった。
 眉根に皺を刻みながら、クラディルはガイナスとルキウスへ腰を折る。

「フェルグス公爵閣下、ルキウス殿下。……クラディル・アカツキでございます。本日は父の代行で参りました」
「あ……ああ、そうだったね。遠方からよく来てくれた」

 尖りきった空気を変えてくれる人物に、ガイナスはあからさまに安堵の表情を浮かべる。しかし問題のルキウスと言えば、更に冷たい声を放った。

「……アカツキ家の息子か」
「ええ、そうです。殿下、失礼を承知で申しますが、その文官は我がアカツキ領からの出向者ですよね?」
「そうだが、何か問題が?」
「その者は、文官として第一司令部に出向させました。こうして晩餐会に出ることが、文官の仕事ですか?」

 クラディルは特徴的な垂れ目をぐっと吊り上げた。彼は怒りモードのルキウスにも全く臆していない。
 ロジェは額に手を当てて、盛大に零したい溜息を必死で堪えた。
 
(……ああ、ジョルノ叔父さん! どうしてこいつを王都に寄越したんだ! まったく……!)

 視線を横へとずらすと、クラディルの隣に立っている女性パートナーと目が合う。彼女はロジェと目が合うなり、子供を叱るような鋭い目線を送ってきた。
 こちらも味方にはなってくれないようだ。ロジェは慌てて目を伏せた。

 ロジェとアカツキ家の関係は、他人に説明しても不可解でしかないだろう。まったくの他人であるが、アカツキ家はロジェを本当の子供の様に扱ってくれているのだ。
 かつてロジェを拾ったマグウェルが、アカツキ家の歴代当主の侍医であったことが大きかった。
 彼らはまさに家族のような関係であったため、ロジェもその一員となったのだ。
 
 アカツキ家の人々がいなければ、ロジェはきっと生きて行けなかっただろう。
 彼らは恩人であり、大切な家族だ。しかし困ったことに、彼らは少しばかり過保護なのである。
 もう30を過ぎているロジェのことを、未だに子どものように扱うくせが抜けない。
 だから今もルキウスに対して、恐れ多くも保護者っぷりを発揮しているのだ。

 ルキウスはそんなクラディルらに対して、先ほどからの剣呑な雰囲気を向けている。加えて、まるで見せつけるかのように更にロジェを抱きしめた。

「こいつは出向者だが、今は俺の部下だ。何をさせても問題はない」
「いいえ、契約では第三科文官室所属となっています。事務職であって、晩餐会に同伴するなんて業務は聞いておりません。…………あのな、シン。お前もお前だぞ」

 あろうことかクラディルは、ルキウスを放置してロジェへと声を掛け始めた。ロジェが牽制するように小さく頭を振っても、彼はまったく気にしない。

「また無茶な働き方してるんじゃないだろうな? 手紙だって送っているのに、返事もしやしない。俺らがどんだけ心配していると思ってるんだ?」
「や、止めてくれよクラディル。心配されるような事は何もない。毎日充実しているから、返事なんてしてる暇はないんだ」

 何もされていないと言えば、ナニかはされたが、今では不当な扱いはされていない。
 ロジェもあの時の事を蒸し返すつもりはなかった。
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