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シンが濡れた状態で暴行を受けているのは、騎士らの悪習のせいだとルキウスは気付いていた。
『騎士』という華やかな面を持つ彼らだが、その実、水面下ではどろどろとした争いが絶えない。
実力主義の世界のためか、嫉妬を憎悪へと変える者も多く、彼らは常にけん制し合っている。
もしも気に入らない新人がいれば、早い段階から暴力で屈服させようとする者も多い。
誰かが始めた『新人狩り』は何度も模倣が繰り返された。今では禁止されているが、強大な後ろ盾があるとなれば、やりたい放題だろう。
「正義感? 笑わせる。……水場に連れて行き靴を脱がせ、尊厳を削いでから暴行する。騎士団の教育隊では良く聞く私刑の方法だ。己の征服欲を満たしたに過ぎない行為だろう。どこに正義がある?」
「……しかしそれを、教育として受け入れてきた者たちです。騎士らは戒めとして……」
「騎士だからこそ、正しく裁くべきではなかったのか?」
「お待ちください!」
割って入ったのはアカツキ家のクラディルだった。彼はルキウスの腕の中に居るシンを見て、痛みに耐えるかのような表情を見せた。
「……ルキウス殿下。ここは私に任せて、シンを休ませて頂けますか? フェルグス公爵、部屋を用意して頂けますよね?」
「あ、ああ。もちろん」
「それと……これだけは言わせていただきたい」
クラディルは狼狽えるガイナスへ、真正面から向き合った。そしてスヴェラをぎろりと一瞥し、低く言い放つ。
「シン・アースターは、代々アカツキに仕える家令の子です。アースター家とは家族同然。……シンの事を、何も後ろ盾がない半魔とはお思いにならないようにして下さい。……シンになにかあれば、アカツキ家は黙っていません」
クラディルの声を聞きながら、ルキウスは踵を返した。
腕の中を見下ろせば、シンは今にも落ちそうな瞼を必死に開いていた。震える唇は必死に何かを紡ごうとしている。
抵抗できたというのにしなかったのは、ルキウスに迷惑が掛からないようにするためだろう。
シンがスヴェラの護衛を傷つけてしまえば、問題が更に拗れるのは明らかだ。
しかしルキウスとしては、どんなに迷惑を掛けても構わなかった。既にシンはその価値がある存在であるというのに、当の本人は少しも自覚がない。
もうこれ以上傷ついて欲しくないのだ。しかしどう伝えればいいか、ルキウスには分からなかった。
「……馬鹿猫め。……分かっているからもう喋るな。……これ以上悪い事は起きない」
「……あ……あり……」
「良いから、眠れ」
感謝の言葉を口にしようとするシンを抱き込み、ルキウスは部屋へと急いだ。
++++++
____15年前
アカツキ領主の屋敷は広い敷地を持ち、一角には大きな教会がある。
修道院には孤児院や保護施設があり、ロジェは暫らくそこで生活した。マグウェルや修道士たちの手伝いをして過ごし、気が付けば合同訓練の事件から一年ちょっとが経っていた。
昼を告げる鐘の音が聞こえ、ロジェは窓の外に視線を向ける。子供たちがわらわらと外へ飛び出し、食堂に向かうのが見えた。
半魔として生まれた子や、魔族として生まれながらも親を失くした子。ここには様々な種族が共同で生活しているが、いつも穏やかな空気が流れている。
午前の診療を終えたマグウェルが、背伸びをしながらきゅっと長い耳を跳ね上げる。彼のこの仕草にも、もう見慣れたものだ。
今日は朝から診療所でマグウェルの手伝いをしていたが、午後からは領主の屋敷へ行くことになっていた。アカツキ公爵には息子がいて、最近は彼から色々な事を学んでいる。
ロジェは窓の外へと視線を戻して、マグウェルへ問いを投げた。
「……先生。俺……どうして半魔のままなんだろう……」
診察台を整えていたルーナの手が、ぴたりと止まる気配がする。
魔族によって半魔へと転化させられたルーナは、キキを出産して再びヒトへと戻った。
中には半魔のまま戻らない人もいるが、何年間も魔族に囚われていたり、何度も妊娠させられている場合に限られるそうだ。
ロジェのように、魔族と数か月過ごしただけなら、とっくにヒトへと戻れるはずだった。
マグウェルは背伸びをしたまま止まったあと、一つ息を吐いた。
「すまん、ルーナ。ロナン修道士から物を受け取って来てくれないか?」
「……分かりました」
ルーナが立ち上がり、部屋を出て行く。足音が遠ざかった頃、マグウェルは診察台をぽんぽんと叩いた。
ロジェがそこに座ると、マグウェルは椅子を引き摺って、膝が触れるくらいに近付く。内緒話でも始めそうな雰囲気に、ロジェはぱちぱちと目を瞬かせた。
「シン……よく聞いて欲しい。……これまで君には、魔族には関わるなと口酸っぱく言ってきたよな?」
「……はい」
「うん。魔族は自分勝手で傲慢だ。関わるのなんて一度で十分。……だから言わないでおこうとも思ったんだが……。おっと、その前に聞きたい。……君の相手は、魔王族の皇子、ルキウス・ウィンコットだな?」
『騎士』という華やかな面を持つ彼らだが、その実、水面下ではどろどろとした争いが絶えない。
実力主義の世界のためか、嫉妬を憎悪へと変える者も多く、彼らは常にけん制し合っている。
もしも気に入らない新人がいれば、早い段階から暴力で屈服させようとする者も多い。
誰かが始めた『新人狩り』は何度も模倣が繰り返された。今では禁止されているが、強大な後ろ盾があるとなれば、やりたい放題だろう。
「正義感? 笑わせる。……水場に連れて行き靴を脱がせ、尊厳を削いでから暴行する。騎士団の教育隊では良く聞く私刑の方法だ。己の征服欲を満たしたに過ぎない行為だろう。どこに正義がある?」
「……しかしそれを、教育として受け入れてきた者たちです。騎士らは戒めとして……」
「騎士だからこそ、正しく裁くべきではなかったのか?」
「お待ちください!」
割って入ったのはアカツキ家のクラディルだった。彼はルキウスの腕の中に居るシンを見て、痛みに耐えるかのような表情を見せた。
「……ルキウス殿下。ここは私に任せて、シンを休ませて頂けますか? フェルグス公爵、部屋を用意して頂けますよね?」
「あ、ああ。もちろん」
「それと……これだけは言わせていただきたい」
クラディルは狼狽えるガイナスへ、真正面から向き合った。そしてスヴェラをぎろりと一瞥し、低く言い放つ。
「シン・アースターは、代々アカツキに仕える家令の子です。アースター家とは家族同然。……シンの事を、何も後ろ盾がない半魔とはお思いにならないようにして下さい。……シンになにかあれば、アカツキ家は黙っていません」
クラディルの声を聞きながら、ルキウスは踵を返した。
腕の中を見下ろせば、シンは今にも落ちそうな瞼を必死に開いていた。震える唇は必死に何かを紡ごうとしている。
抵抗できたというのにしなかったのは、ルキウスに迷惑が掛からないようにするためだろう。
シンがスヴェラの護衛を傷つけてしまえば、問題が更に拗れるのは明らかだ。
しかしルキウスとしては、どんなに迷惑を掛けても構わなかった。既にシンはその価値がある存在であるというのに、当の本人は少しも自覚がない。
もうこれ以上傷ついて欲しくないのだ。しかしどう伝えればいいか、ルキウスには分からなかった。
「……馬鹿猫め。……分かっているからもう喋るな。……これ以上悪い事は起きない」
「……あ……あり……」
「良いから、眠れ」
感謝の言葉を口にしようとするシンを抱き込み、ルキウスは部屋へと急いだ。
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修道院には孤児院や保護施設があり、ロジェは暫らくそこで生活した。マグウェルや修道士たちの手伝いをして過ごし、気が付けば合同訓練の事件から一年ちょっとが経っていた。
昼を告げる鐘の音が聞こえ、ロジェは窓の外に視線を向ける。子供たちがわらわらと外へ飛び出し、食堂に向かうのが見えた。
半魔として生まれた子や、魔族として生まれながらも親を失くした子。ここには様々な種族が共同で生活しているが、いつも穏やかな空気が流れている。
午前の診療を終えたマグウェルが、背伸びをしながらきゅっと長い耳を跳ね上げる。彼のこの仕草にも、もう見慣れたものだ。
今日は朝から診療所でマグウェルの手伝いをしていたが、午後からは領主の屋敷へ行くことになっていた。アカツキ公爵には息子がいて、最近は彼から色々な事を学んでいる。
ロジェは窓の外へと視線を戻して、マグウェルへ問いを投げた。
「……先生。俺……どうして半魔のままなんだろう……」
診察台を整えていたルーナの手が、ぴたりと止まる気配がする。
魔族によって半魔へと転化させられたルーナは、キキを出産して再びヒトへと戻った。
中には半魔のまま戻らない人もいるが、何年間も魔族に囚われていたり、何度も妊娠させられている場合に限られるそうだ。
ロジェのように、魔族と数か月過ごしただけなら、とっくにヒトへと戻れるはずだった。
マグウェルは背伸びをしたまま止まったあと、一つ息を吐いた。
「すまん、ルーナ。ロナン修道士から物を受け取って来てくれないか?」
「……分かりました」
ルーナが立ち上がり、部屋を出て行く。足音が遠ざかった頃、マグウェルは診察台をぽんぽんと叩いた。
ロジェがそこに座ると、マグウェルは椅子を引き摺って、膝が触れるくらいに近付く。内緒話でも始めそうな雰囲気に、ロジェはぱちぱちと目を瞬かせた。
「シン……よく聞いて欲しい。……これまで君には、魔族には関わるなと口酸っぱく言ってきたよな?」
「……はい」
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