【本編完結】番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

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「……っ」

 ロジェが口ごもると、マグウェルは頭を抱える。

「やっぱそうかぁ。そうだよぁ……」
「お、俺……やっぱりここにいない方が良いですよね……」

 この地に来て一年経ったが、ほんの数か月前まで、見知らぬ魔族たちがアカツキ領の周りをうろついていたらしい。
 ロジェを追っていたのかどうかは分からないが、この地に留まる事でアカツキ領の者らを危険に晒すかもしれない。
 しかしマグウェルは、ロジェの言葉を即座に否定した。

「まさか! 君はここから出ては駄目だ。……シンが訳アリなのは分かる。だけどここは、君たちのような者たちを保護する施設なんだよ?」
「でも、だからこそ……俺はいない方がいいんじゃ……」

 ここアカツキには、魔族に虐げられた人達がたくさんいる。
 ルーナをはじめ魔族に辱められた人達は、ロジェと顔を合わせる度に魔族の危険性を訴えてきた。ルキウスを想い続けるロジェを心配し、「忘れなさい」「諦めなさい」と説得してくるのだ。
 彼女らは魔族を憎み、そしてそれ以上に恐れている。
 そんな種族の王族と関わりを持ったロジェを、彼女らは受け入れてくれないだろう。何より不安が先に立つはずだ。

「……身体も治ったし、俺もそろそろだと……」
「大丈夫だから。……ここアカツキは何百年も、ルーナたちのような人々を守り続けてきたんだ。衛兵のレベルも国お抱えの騎士団に劣らないほどだ。ここにいなさい」

 ぼさぼさになった髪をかき上げて、マグウェルは困ったように笑う。そして長い指を膝の上で組み、こつりとロジェの膝を小突いた。

「……それよりも、本題だ。……どうしてシンがまだ半魔のままなのか、についてだったね?」
「……っは、はい……」

 ロジェがごくりと唾を飲み込むと、マグウェルはまた困ったように微笑む。まるで降参だ、とでも呟きそうな表情だ。

「あのな、シン。魔族の中でも、本当にヒトを愛する者もいる。彼らのパートナーになったヒトと、ルーナみたいに望まず関係を持ったヒトとは、違いがあるんだよ」
「違い?」
「ああ。本当に魔族に愛されているヒトは、半魔からヒトに戻らない。どうしてか分かるかい?」

 ロジェが首を横に振ると、マグウェルは大げさに手を大きく広げた。そして平然と「愛だよ」と言い放つ。
 ロジェが目をぱちぱち瞬かせている間に、マグウェルは次の言葉を紡ぎ始めた。

「そう、愛の大きさが違うんだ。シン、君はずっと、ルキウス殿下に愛を注がれていたみたいだね。一度の性交渉じゃ、君のようにはならない。たった数か月間で、どれだけ愛されていたか見当もつかないよ」
「……えっ⁉ ち、違いますよ! 最後にしたのが……俺、ほんとに初めてで……」
「え? じゃあ童貞?」
「マ、マグウェルさん! ……それって関係ありますか?」

 耳まで熱くなって、ロジェは思わず拳で口を覆った。マグウェルは首を捻りつつ、話を続ける。

「おかしいな。では、肉体的接触は? 頻度は?」
「……っにく、にくたい⁉ いやっ……いや? えっと、……き、キスは……してたけど」
「あ~それだね。ふか~いやつ、やってたでしょ? 唾液を毎日摂取してた?」
「……~~っ!」

 ルキウスとは毎日手合わせをし、その後の休憩には必ず唇を合わせていた。
 ケアと称したそれはロジェにとっても癒しだったが、ルキウスはしつこいぐらいにキスをしていたように思う。
 隙があれば仕かけられていたため、日に十数回なんて時もざらにあった。

「じゃあ決定だ。……魔族の中でも特に、神獣を始祖に持つものは、番となる者に並々ならぬ愛情を注ぐんだよ。彼らは魔力が強いから、もしも他種族を愛してしまった場合は、強制的に同じ種族へと引き入れる力も持っている。愛情をたっぷり含んだ魔力を毎日流されちゃ、半永久的に半魔にもなる可能性も高い」
「……そっか……」

 ロジェは顔を伏せて、膝頭を鷲掴んだ。目の前がジワリと滲む。
 
 ルキウスと身体を重ねたあの時、ロジェの身体には明らかに変化があった。恐らくあれが、オメガのヒートというものだったのだろう。

 オメガのフェロモンはアルファを誘惑し、理性を消し去ってしまう。
 ルキウスは項を噛んでくれたが、果たしてそれが彼の意志だったのか、今となっては分からないままだった。聞くことはおろか、会うことだって出来ない。

「ずっと……不安だったんです……。俺のフェロモンのせいで……あいつは望まないことをしたんじゃないかって」
「……っば、馬鹿なことを。何を言ってるんだ! ルキウス殿下は君を転化させて、手に入れるつもりだったんだよ。これ以上ないほどの、清々しい確信犯だ」
「……う~ん……そうなのかなぁ。あいつ、俺のこと馬鹿なヒト族としか思ってなかったと思うんですが……」

 マグウェルの言う通り、本当に愛されていたとしたら、一体いつからだったのか。
 記憶を辿るが、ロジェにはさっぱり分からない。
 しかしあの幸せなひと時が、彼の態度や視線が、愛に溢れたものだったとしたら、こんなに嬉しいことはない。

 しかしもう、あの美しい瞳を向かい合って見ることは出来ないのだ。
 喉がぐっと詰まって、唇がへの字に曲がっていく。子供みたいに泣き叫びたくなって、ロジェは顔を伏せた。

 マグウェルはそんなロジェに気付くことなく、更に捲し立てる。

「しかもだ。誰かさんはどーしても、シンを孕ませたかったんだろうね。ヒトを強制的にオメガに転化させる力を持つ一族と言えば、スコル族しか思いつかない。だってヒト族にアルファやオメガといった第二の性が出来たのは、太古の昔、スコル族と交わったからだと言われているんだから……って、シン? 聞いてる?」
「……」

 マグウェルがはっと息を呑む気配がした。
 妖精族である彼は、興味深いものを前にすると夢中になってしまう。説明しながら自分自身が夢中になり、べらべらと捲し立ててしまうのだ。

 しかしシンは、そんなマグウェルに何度も救われてきた。ルーナたちから一線引かれている中で、彼は変わらず接してくれていたからだ。
 
「シ……シン……? ……ああ、もう、ご、ごめん……。本当に僕というやつは……つい、ヒトの気持ちも考えず……」
「違うんです、マグウェルさん。……俺、嬉しいんです。愛されていたって知れて、本当に嬉しかった……。……でも……もうルキウスには会えませんよね……」
「ああ、そうだね。……彼の側に行くのは、今は無理だろう」

 合同訓練の悲劇は、衝撃と共に国中に広まった。生き残ったルキウスが記憶喪失になったことも、新聞で隠すことなく報じられている。
 ルキウスの中からロジェは消えてしまったのだ。

 これでロジェはルキウスの弱みでは無くなった。しかしのこのこ会いに行くほどロジェは愚かではない。
 ルキウスとロジェが対面すれば、彼は記憶を思い出すかもしれない。ロジェにとっては嬉しい事だが、そうなればまた同じことの繰り返しになりかねない。
 弱いヒト族(ロジェ)は、ルキウスの隣に立つ資格がないのだ。

 マグウェルの手が、堅く強張っているロジェの上にそっと重ねられる。

「……でも君は、愛されていた。ほんとうに、たっくさん、たくさん愛されていたんだ」
「はい……先生」

 項がつきりと、まるで存在を主張するかのように痛む。
 噛み痕は守れなかったが、皮膚の下には彼の魔力が巡っている。それがこの上なく嬉しかった。

「……魔族の国は、15歳から成人でしたよね?」
「そうだけど、どうして?」
「……おれ、またあいつに……会いたいんです。……会いたい……」

 赤子が大人になるほどの期間が経てば、またルキウスに会えるだろうか。 
 当時の事件が風化するほどになれば、彼の側に立つことができるかもしれない。向かい合う事は出来なくても、少しでも支えることぐらい、望んでも良いだろうか。

 いや、今からだって、遠くから支えることがあるかもしれない。そう思うと、希望が湧いてくる。
 ルキウスはいつだって、ロジェの希望だった。希望は、誰からも奪われやしない。

「……シン、泣かないでおくれ……。ああ、神は……本当に残酷だな……」
「……いいんです、先生。……もしまた会えたら、今度は俺が……嫌と言うほど愛を捧げます」

 マグウェルが腰を浮かせ、ロジェの頭を抱き込む。喉の奥が閊えて、代わりに涙がぼろぼろと漏れ出した。 
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