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執務室に隣接された寝室は、多忙なルキウスのために作られた部屋だ。仮眠室として使われる部屋ではあるが、居室としての機能を全て兼ね備えている。
浴室や衣装部屋なども完備しており、高級宿の一室のような雰囲気だ。
ルキウスはロジェを抱いたまま寝室へと入り、寝台の掛布を捲り上げた。そしてロジェの身体をそっと降ろす。
緑の瞳にじっと見つめられ、ロジェは痛みを持ってそれを受け入れた。
(……思えば最近、抱かれてなかったな……。今抱かれんのは、ちょっと辛いかな……)
ロジェが倒れたあの日から、ルキウスから求められることはなくなった。
彼がロジェの体調を配慮してくれているのは分かっていたが、求められれば断れない立場ということは変わらない。
今にも泣き叫びそうなほど動揺していても、それはロジェの都合に過ぎない。
ロジェの心の内など、ルキウスには見えやしないのだ。
ルキウスが寝台へと身体を乗り上げ、ロジェの隣へ横たわる。前髪を優しくかき上げられ、彼の手の感触にすら胸の痛みを感じてしまう。
「……俺を……抱きますか?」
ルキウスへと問うと、彼は枕元に肘をついて、手に頭を乗せた。
斜め上から見下ろされるルキウスの瞳は、驚くほど穏やかだ。片眉をついと上げ、彼は笑みを作る。
「抱かない」
「……どうしてですか? 俺……」
「もうお前を、無理やり組み敷いたりしない。……お前は俺に求められたら拒否しないだろうから、これからは全部俺が決める」
「……?」
ルキウスの大きな手が、ロジェの頭を何度も撫でる。長い指を前髪に絡ませ、親指はロジェの額の形を辿るように滑っていく。
その優しい手つきと温かい瞳は、ロジェの言葉を奪うに十分だった。声を出せばきっと、嗚咽になってしまう。
「お前の顔色、仕草、全部余すことなく見て、俺が抱く抱かないを決めると言ってるんだ。お前は俺の事になると、馬鹿みたいに従順になるからな。シン・アースタの事は、今後俺が全て管理する。食事や睡眠、仕事量……全てが適正であるかどうか、俺が判断してやる」
「……っどうし、て……」
「……シン。ロジェ・ウォーレンの事が気になるか?」
「……っ!」
ロジェが顔を歪めると、慰めるようにルキウスの顔が近付いてきた。ロジェの眉尻に唇をひとつ落とし、次いで額にも唇を押し付ける。
「……俺が、ロジェ・ウォーレンにどんな想いを抱いていたか、今ではまったく分からない。もしも生きていて再会できたのなら、その想いを思い出すかもしれない。……だけどな、シン……」
「……はい……」
「だからといって、お前への想いが消えるわけじゃない」
何を言われているのか分からなくて、ロジェは一瞬息を詰めた。
戸惑いが顔に表れていたのか、ルキウスが少しだけ口端を上げた。
「……消えるどころか、大きくなるだろうな。だからお前の為にも、感情を取り戻したいんだ。この柔くて温かい気持ちが何なのかを」
言い終えて、ルキウスはまたロジェの額へと唇を落とす。
ロジェは、どくどく高鳴り始めた胸に泣きたくなった。無意識に期待してしまっている自分が信じられない。
側にいて支えるだけで十分、という想いは嘘だったのだ。心の奥底ではもっと先を求めていたのかもしれない。
ルキウスの髪が、ロジェの頬をくすぐる。
銀の房を目の端に捉えると、彼がロジェにとってどんな存在であるかを痛いほどに再認識してしまう。
「……シン・アースター。俺はお前の事が可愛い。……そして憎い」
「……にく、い?」
「ああ、憎い。俺の可愛いシンを、お前はないがしろにする。とても憎い。お前が傷つくのは見たくない。辛い想いなどど微塵もさせたくない。しかしお前は、自分の事をまったく顧みないだろう? だから俺は、お前の事を管理する」
ルキウスの顔が少しだけ離れる。ロジェの両頬をルキウスの大きな手が挟み込み、真上から真っ直ぐ彼の視線が落ちて来た。
「……この感情が何かを、俺は知らない。もしこれが所謂愛だとするなら……もしも『好き』だの『愛している』などという言葉で、お前への想いを伝えることができるなら、何度だって言う。……好きだ、シン。お前を愛してる」
「……っ」
「愛してる。俺から離れるな」
もう止めることなど出来なかった。
ぼろぼろと涙が溢れ出し、ルキウスの手を濡らしていく。
ルキウスを見上げれば、彼は親指の腹でロジェの涙を拭いながら、眉を下げていた。
大好きな緑の瞳が細められ、口元が緩やかな弧を描く。それは過去にも見たことの無いほど、優しい笑みだった。
「……俺からの想い、伝わったか?」
「……っ、っは、い……」
「……この間のキス、忘れてるだろ? 今度は覚えておけよ」
ルキウスの顔が近付いてきて、ロジェは目を閉じた。
触れた唇は記憶していたよりも大きくて、過ぎ去った月日の長さを突きつける。
ルキウスは逞しく成長し、ロジェは少しだけ小さくなった。
しかし触れ合うだけの優しい口づけは、ロジェに多幸感だけを残す。
まるで初めてをもう一度貰ったような、そんな感覚をロジェは噛み締めた。
浴室や衣装部屋なども完備しており、高級宿の一室のような雰囲気だ。
ルキウスはロジェを抱いたまま寝室へと入り、寝台の掛布を捲り上げた。そしてロジェの身体をそっと降ろす。
緑の瞳にじっと見つめられ、ロジェは痛みを持ってそれを受け入れた。
(……思えば最近、抱かれてなかったな……。今抱かれんのは、ちょっと辛いかな……)
ロジェが倒れたあの日から、ルキウスから求められることはなくなった。
彼がロジェの体調を配慮してくれているのは分かっていたが、求められれば断れない立場ということは変わらない。
今にも泣き叫びそうなほど動揺していても、それはロジェの都合に過ぎない。
ロジェの心の内など、ルキウスには見えやしないのだ。
ルキウスが寝台へと身体を乗り上げ、ロジェの隣へ横たわる。前髪を優しくかき上げられ、彼の手の感触にすら胸の痛みを感じてしまう。
「……俺を……抱きますか?」
ルキウスへと問うと、彼は枕元に肘をついて、手に頭を乗せた。
斜め上から見下ろされるルキウスの瞳は、驚くほど穏やかだ。片眉をついと上げ、彼は笑みを作る。
「抱かない」
「……どうしてですか? 俺……」
「もうお前を、無理やり組み敷いたりしない。……お前は俺に求められたら拒否しないだろうから、これからは全部俺が決める」
「……?」
ルキウスの大きな手が、ロジェの頭を何度も撫でる。長い指を前髪に絡ませ、親指はロジェの額の形を辿るように滑っていく。
その優しい手つきと温かい瞳は、ロジェの言葉を奪うに十分だった。声を出せばきっと、嗚咽になってしまう。
「お前の顔色、仕草、全部余すことなく見て、俺が抱く抱かないを決めると言ってるんだ。お前は俺の事になると、馬鹿みたいに従順になるからな。シン・アースタの事は、今後俺が全て管理する。食事や睡眠、仕事量……全てが適正であるかどうか、俺が判断してやる」
「……っどうし、て……」
「……シン。ロジェ・ウォーレンの事が気になるか?」
「……っ!」
ロジェが顔を歪めると、慰めるようにルキウスの顔が近付いてきた。ロジェの眉尻に唇をひとつ落とし、次いで額にも唇を押し付ける。
「……俺が、ロジェ・ウォーレンにどんな想いを抱いていたか、今ではまったく分からない。もしも生きていて再会できたのなら、その想いを思い出すかもしれない。……だけどな、シン……」
「……はい……」
「だからといって、お前への想いが消えるわけじゃない」
何を言われているのか分からなくて、ロジェは一瞬息を詰めた。
戸惑いが顔に表れていたのか、ルキウスが少しだけ口端を上げた。
「……消えるどころか、大きくなるだろうな。だからお前の為にも、感情を取り戻したいんだ。この柔くて温かい気持ちが何なのかを」
言い終えて、ルキウスはまたロジェの額へと唇を落とす。
ロジェは、どくどく高鳴り始めた胸に泣きたくなった。無意識に期待してしまっている自分が信じられない。
側にいて支えるだけで十分、という想いは嘘だったのだ。心の奥底ではもっと先を求めていたのかもしれない。
ルキウスの髪が、ロジェの頬をくすぐる。
銀の房を目の端に捉えると、彼がロジェにとってどんな存在であるかを痛いほどに再認識してしまう。
「……シン・アースター。俺はお前の事が可愛い。……そして憎い」
「……にく、い?」
「ああ、憎い。俺の可愛いシンを、お前はないがしろにする。とても憎い。お前が傷つくのは見たくない。辛い想いなどど微塵もさせたくない。しかしお前は、自分の事をまったく顧みないだろう? だから俺は、お前の事を管理する」
ルキウスの顔が少しだけ離れる。ロジェの両頬をルキウスの大きな手が挟み込み、真上から真っ直ぐ彼の視線が落ちて来た。
「……この感情が何かを、俺は知らない。もしこれが所謂愛だとするなら……もしも『好き』だの『愛している』などという言葉で、お前への想いを伝えることができるなら、何度だって言う。……好きだ、シン。お前を愛してる」
「……っ」
「愛してる。俺から離れるな」
もう止めることなど出来なかった。
ぼろぼろと涙が溢れ出し、ルキウスの手を濡らしていく。
ルキウスを見上げれば、彼は親指の腹でロジェの涙を拭いながら、眉を下げていた。
大好きな緑の瞳が細められ、口元が緩やかな弧を描く。それは過去にも見たことの無いほど、優しい笑みだった。
「……俺からの想い、伝わったか?」
「……っ、っは、い……」
「……この間のキス、忘れてるだろ? 今度は覚えておけよ」
ルキウスの顔が近付いてきて、ロジェは目を閉じた。
触れた唇は記憶していたよりも大きくて、過ぎ去った月日の長さを突きつける。
ルキウスは逞しく成長し、ロジェは少しだけ小さくなった。
しかし触れ合うだけの優しい口づけは、ロジェに多幸感だけを残す。
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