番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

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 目の前のダンは、冷たい目をしてルキウスとロジェを眺めていた。しかしロジェと目が合うと、ふとその顔を笑顔へと変える。

「……はは、ルキウスは相変わらず優しいな。僕の事も同じように、良く抱きしめてくれたよね」
「……っ」

 まさかこの場所で、ダンの噓話を聞くことになるとは思わなかった。いっそ耳を塞いでしまおうかと思った時、ダンが近付いてくる。

「戦闘訓練で寒かった時は……良く僕の手を取って息を吹きかけてくれた。本当だよ? ねぇ、思い出して」

 ダンはルキウスの手を、ロジェのマフラーから引き剥がすように握りしめた。そのまま自身の口元へと持って行く。
 ルキウスの手に白い息を吹きかけ、ダンは穏やかな微笑みを浮かべた。

「僕は寒がりだったから、あの時は本当に助かったよ。『俺は暑がりだから』って言って、いつも優しく外套を貸してくれたっけ。嬉しかったなぁ。僕の幸せな思い出だ」
「……っ!」

 もう我慢ならなかった。
 気が付けばロジェは、ルキウスの手首を掴んでいた。ぐっと自分の方に引き寄せて、低く言い放つ。

「へぇ……多種族合同訓練って、随分と生ぬるい環境だったんですね。訓練中に『寒い』なんて口にする余裕があるなんて驚きです。教官に聞かれてたら大変な事になりそうですが」
「……あっ、いや……。そうだね。でも僕ってヒト族でしょ? 大目に見られてたのかも」

 ダンは取り繕うように言い、いつものように穏やかに微笑んだ。しかし狼狽は隠せておらず、口の端が引きつっている。
 しかしロジェは引き下がるつもりはなかった。怒りがさらに膨らみ、顔に熱が上がって来る。
 
「ますます分からないな、じゃあどうして訓練に参加したんです? そんな生半可な態度でいたら、『ヒト族は脆弱な生き物です』とわざわざアピールしているようなものじゃないですか」
「……っそんなこと……」
「しかも、訓練中に仲睦まじくしていたと? 信じられないなぁ。それが本当だとしたら、訓練への参加は他の種族に媚びる為としか思えないんですが……。それって、相手は本当に閣下だったんですか?」
「……っこの……言わせておけば……!」
 
 ダンはルキウスの手を離し、ロジェへと詰め寄ってきた。しかしそれを予知していたロジェは、ひょいと半身を返してダンを躱す。
 彼はその場でたたらを踏んで、ロジェをきっと睨みつけて来た。その目に凄みはまったく感じられず、哀れな小動物が威嚇しているようにしか見えない。

「ふらふらと、元軍人にしてはか弱い身体ですね。確かに庇護されていないと生きていけないみたいだ。……ずっと聞きたかったんですが、どうして今更になって閣下の前に現れたのです?」
「……っうるさい、黙れ!」
「もしかしてまた、閣下の特別な人に戻ろうとでも思っているんですか? 閣下に囲われて守られて、ただの弱みとして生きていくつもりなんですか?」

 それは16年間、ロジェが自分自身に投げかけていた言葉だった。ずっとこの葛藤を抱えてきた。
 今すぐにルキウスへ会いたいという想いと、このままでは彼の弱みになるだけだという自戒。この二つを抱えながら生き、そして必死の思いで乗り越えてきた。

 そのロジェの16年間を、ダンは土足で踏み入ったのだ。

 ダンが顔を目を潤ませて、ルキウスを振り返る。

「これは、ヒト族への差別行為ではないですか……⁉ 僕は16年間、魔族に奴隷として仕えていたんです。……ルキウスに会いたくとも……手段がなかったんだ……」

 涙ながらに訴えるダンを見て、ロジェは深く息を吐いた。次いで小さく頭を下げ、俯いている間に煮えたぎった怒りを収める。

「……気分を害されたのなら、謝ります。ですが、僕はヒト族に対して差別意識はありません。彼らの心がどれだけ強いか、嫌と言うほど知っているので」

 言い終えて、ロジェはルキウスに向き直った。彼は僅かに目を見開いていて、綺麗な瞳が良く見える。でも今は、あまり見たくないのが本音だ。
 ロジェは肩に掛かっていたルキウスの外套を脱いで、側に立っていたザザドへと渡す。

「ザザドさん、申し訳ありません。閣下の大事な方を傷つけてしまいましたので、今日は帰ります」
「待て、シン」

 踵を返した瞬間に、ルキウスから腕を掴まれる。強く引かれ、ロジェは半ば強制的に振り返った。
 
「帰るな。猫と遊ぶんじゃないのか?」
「……いえ。もう今日は……そんな気分じゃなくなってしまったので……」
「どうしてだ。先ほどの事なら構わん。俺も差別発言とは思わない」
「……じゃあ……」

 じゃあダンを帰らせてくれ。とは言えない。
 どうしてここに彼がいるんだ。と喚き散らすことも出来ない。
 どちらも出来ないくせに、腹の中の苛立ちはどんどん濃くなっていく。最早何に腹を立てているのかも、分からなくなってきた。

「猫と遊ぶのは、ロジェ様と楽しめば宜しのでは?」
「……何を言っている。猫が好きなのはお前だろう?」
「好きですが、僕はもうすぐここを去りますので……。あまりに可愛くなって、寂しくなるのも嫌だし」
「去る? お前は何を言っている?」

 反対の腕も掴まれ、ルキウスがまるで言い聞かせるようにロジェの顔を覗き込んでくる。しかし駄々っ子のように、その目を見返せない。
 むっつりと黙り込むと、目の前のルキウスが眉根の皺を深くした。

「去るとはどういう事だ。言え、シン」
「そのままの事ですよ。僕は出向者なので、出向元に帰ります」
「俺は許可してない。アカツキとは協議中だ。お前は残るつもりだと思っていた」
「僕はなにも……!」

 思わず声を荒げてしまい、ロジェは慌ててルキウスの顔を見る。その表情は驚愕に満ちていて、何かに失望しているようにも見えた。
 
「俺の下を去るなと、そう言ったろう⁉ 消えるなと、何度も言った!」
「……しかし閣下。……僕は、帰らないと……」

 言葉を詰まらせて、ロジェは顔を伏せる。
 アカツキには一時的に帰るつもりでいたが、昨日までとは状況が変わってしまった。

 偽のロジェとルキウスの仲睦まじい姿を見るのも嫌だったが、ルトルクが間者であると分かった今、ここでは動き辛い。
 アカツキ領に戻って助力を頼み、確固たる証拠を集めなければならないだろう。ルキウスにルトルクの裏切りを話すのはそれからだ。

「……閣下、分かってください。アカツキ領には、僕の大事な家族がいます。愛する人がいるのです。……また帰ってまいりますので、今は帰らせて下さい」
「……愛する……者、だと?」
「はい。……心から愛する人です。三ヶ月で帰ると約束しました。一旦は帰らないと、心配してしまいます」

 ロジェはルキウスの手を、言い聞かせるように撫でる。小さく頭を下げて踵を返すと、今度は引き留められることもなかった。
 少し重い足を動かして、ロジェは第三科へと足を向ける。

「……ああ、やっぱり厚着してくれば良かったな……」

 ぼそりと一人ごち、まだルキウスの温もりが残る腕を擦る。冷えていくのは身体だけじゃなくて、心も冷え切っていた。
 また元のように頑張るには、少しだけ休息が必要かもしれない。
 肺に残った息を吐き切った、その時だった。

 腹の底がかっと熱くなり、茹るような熱が顔まで上ってくる。
 皮膚の下を何かがざわざわ蠢き、抗いようのない脱力感が身体を襲った。
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