【本編完結】番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

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 屋敷の敷地を抜けると、石畳でできた道が長く続いていた。寒さによって枯れた芝生が脇に広がり、どこか物寂しい。
 診療所への看板を辿っていると、道の先に人影が見えた。その姿に、ルキウスはぴたりと歩みを止める。
 稲穂のような黄金の髪、陶器のような肌を持つかんばせ

「……シン……」
 
 小さく呟いた声は、シンには聞こえなかったようだった。彼は道の脇に視線を向けていて、ルキウスには気付いていない。
 しかしルキウスの目は、その愛おしい男の姿をしっかりと捉えていた。
 
 シンは微笑んでいた。それはそれは優しい笑みで、ルキウスも今まで見たことがないものだ。
 あろうことかその笑みを、シンは道の脇にある建物から出てきた男へと向けている。

 男は手を振りながらシンへと走り寄り、その身体を抱き上げた。シンの腰を抱き、上へと持ち上げると、男はシンの腹部へ頭を擦りつける。
 抱き上げられたシンはくすぐったそうに笑い、その男の頭を抱え込んだ。

 シンの笑い声が。いつもは愛おしくて堪らないその笑い声が、今ばかりは残酷に耳へと届く。
 ルキウスは一歩も動けなかった。その光景を見たくなくとも、目が追ってしまう。

 男はまるで壊れ物を扱うようにシンを地面へと降ろし、また手を振りながら立ち去った。
 限られた時間での逢瀬だったのか、名残惜しそうに去る男は何度も振り返る。その身体を包むのは、騎士団の隊服だ。

(……やはり……そうだったのか……。シンには愛する者がいて、第三騎士団に所属している……そうなんだな……)

 第三騎士団長との繋がりは、あの恋人絡みなのかもしれない。団長は人情味溢れる性格で、部下の家族とも交流する事が多いからだ。

 しかしそれでも、ルキウスにシンを諦めるという選択肢はなかった。
 少しでも自分に情があるなら、付いてきて欲しい。
 共に過ごしたあの日々が、自分に向けられた声や視線が、全て嘘だったなど思いたくない。
 
 固まっていた足を、ルキウスは大きく動かした。
 距離は直ぐに縮み、シンはルキウスの存在に気付く。彼は振り返り、驚愕に目を見開いた。

「……っ⁉ うそ、だろ……⁉」
「シン……あの男は誰だ?」
「……! っか、彼を……見たんですか……?」


 シンは顔を真っ青にして、怯え切った表情でルキウスを見る。その表情を目の当たりにして、ルキウスは再度絶望した。
 いつもまっすぐにルキウスを見つめていた瞳は、そこにはない。
 ルキウスが手を伸ばすと、シンはびくりと肩を揺らす。

「……っどうして、ここに……」
「迎えに行かないとは言っていない」
「……ッなんで、いきなり……」
「理由がいるか?」
「…………ッ」

 シンが唇を噛み締め、ルキウスと距離を取るように後退する。顔色は依然として真っ青で、身体も小刻みに震えていた。
 まるで、執務室で初めて会った時のようだ。これまで過ごした日々が、がらがらと崩れ去っていくような感覚に陥る。

「……シン……」

 こいねがうようにして名前を呼ぶが、無常にもその身体はルキウスから離れて行く。
 それだけではない。ルキウスが手を伸ばすと、シンは拒否するように頭を振る。そしてその場へと蹲ってしまった。
 完全な拒否の姿勢に心が打ちひしがれる。と、その時だった。

「ロロ!」

 澄み切った瑞々しい声が、不穏な空気を断ち切った。
 声の方へと視線を向けると、そこには先ほど去ったはずの騎士が、荒く息を吐きながら駆け寄ってきていた。 

 近くで見て初めて、ルキウスはその男が並外れて美麗であることに気が付いた。
 癖のある髪は艶のある栗色で、瞳は雨を蓄えた葉のような深緑だ。体格はルキウスには及ばないが、身長は同じぐらいだろう。
 彼はシンへと走り寄り、その背を労わるように撫でる。

「大丈夫だよ、ロロ。俺がいる」
「……っ、は……、だめだ……こっちにきちゃ……」
「ロロ、俺は自分の身は自分で守れる!」

 蹲ったシンは脂汗を浮かべて、呼吸も整わないようだった。異常なほどの怯え方を見て、ルキウスも焦燥感を覚える。

「……大丈夫か、シン……」
「お前が言うな!!」

 男が立ち上がり、ルキウスを威嚇するように詰め寄ってきた。
 ルキウスにとっては憎い男のはずだ。しかし彼を見た瞬間、ルキウスはその顔から目を離せなくなった。
 彼の表情が、泣き出しそうな子供のようだったからだ。どこか懐かしい表情でもあった。
 男は鼻梁に皺を寄せ、ルキウスの胸倉を掴む。

「……おいコラ、このくそ野郎! 俺の顔をよく見やがれ! 誰かに似てるとは思わねぇか⁉ ああ⁉ どうなんだよ!」

 男の言葉に、シンが狼狽した様子で顔を上げる。

「……ッカイッ!! 止めなさい!」
「ロロは黙ってて! 俺はもう子供こどもじゃない!」

 カイと呼ばれた男は視線だけをシンへと送り、ルキウスを掴む手は緩ませようとはしない。
 胸倉を掴まれてもなお、ルキウスは抵抗する気になれなかった。

 そして、「こども」という単語を口にして、ルキウスは激流と化した頭を整理する。
 そう、カイはまだ青年の域だ。恐らく成人したばかりだろう。

 そして『カイ』は『ルシオ』ではなかった。じゃあ誰が、ルシオなのか。
 目の前のカイは誰なのか。

 瞳の色が自分とそっくりなこの男は、一体誰だ。
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