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「取り敢えず、16発殴らせろ!! たっぷり16年分だ、この野郎ッ!」
「……16年……? ……おまえ、は……」
目の前のカイが拳を構える。ルキウスは目を見開いたまま、彼の拳を無抵抗で受けた。
頬への衝撃と共に、カイの慟哭のような言葉が聞こえる。
「一年目! 重症を負ったロロは、ここで生死の境をさ迷った! 本当に死にかけていたんだ!」
「……っ」
涙を流し始めたカイは、子供そのものだった。口を波立たせ、まる駄々を捏ねるようにルキウスへと拳を振るう。
「……ロロは……命を掛けて俺を産んだ! そして二年目……俺の出生届と共に、自分の新しい名前を、シン・アースターに定めた!」
思わずシンに視線を移すと、彼は顔面を蒼白にして立ち尽くしていた。細い肩は揺れ、今にも崩れ落ちそうな顔色だ。
よそ見をしていたルキウスの頬に、また衝撃が走る。口の端が切れる感覚がしたが、まったく気にならなかった。
胸を抉るような痛みに比べれば、どれだけましか分からない。
「三年目……。ロロは生まれたばかりの俺を抱えながら、身を粉にして働いた……ッ! 文官と武官の試験勉強を始めたのも、この時期だ……すべては、あんたの力になるために……」
「……」
「これでも思い出さないのか、お前は! このくそ親父ッ!!!」
「……っ!!」
カイが噛みつくように言い放ち、ルキウスの頭を掴んで身を逸らす。頭突きの体勢に入った彼の額を、ルキウスは両手で受け止めた。
「もう良い! お前の頭が痛む!」
「うるせぇ! まだ13発も残ってんだよ、くそ野郎が!!」
今度は拳を振り上げたカイの手を掴んで、ルキウスは言い聞かせるように彼の目を見据えた。
素手で殴り続けていては、そのうち拳が壊れてしまう。
両手の拳を握られて、カイは悔しそうに顔を歪ませた。まるで自分の顔を見ているようだが、怒る様子はシンに似ている。
カイは怒りに震えながら、ぼろりと大きな涙を流した。
「……四年目は、俺も悲しかった。あんたが結婚して、ロロがすごく落ち込んだんだ。いつもニコニコしてたロロが、いっつも泣いてた。……あんたのせいだかんな! あんたがロロを、覚えててくれなかった、から……ッ」
「……すまん……」
「っんで、謝ってんだよッ! 思い出しても、いないくせに……」
ルキウスはカイの拳から手を放し、涙にぬれたその頬を拭う。嫌がられるかと思ったが、彼は意外にも大人しくルキウスの手を受け入れた。
その瞬間、ずきりと頭が激しく痛んだ。
痛みに耐えながら、ルキウスはカイに問う。
「……お前の、名は……?」
「…………俺はカイ。……カイ・ルシオ・アースター。……『ルシオ』は、ヒトの言葉で光を意味する。……あんたと同じだ」
その瞬間、まるで釘を打ち付けられたかのように、こめかみが鈍い痛みを発した。同時に濁流のような何かが頭に流れ込んでくる。
受け止めきれないほどの記憶と感情に吞まれ、ルキウスはその場に崩れ落ちた。
*****
ロジェは手拭いを絞りながら、憂いを含んだため息を吐いた。
ルキウスの頬へと手拭いを優しく押し当てて、横たわったまま目を覚まさない彼の姿を見下ろす。
(……よくもまぁ、こんなに殴ったもんだよ……)
カイがルキウスに掴みかかった時は、ロジェも卒倒しそうになった。同時に、あれほどの怒りをカイが抱えていたと知ると、申し訳なさで胸がいっぱいになる。
16年前のあの日、ロジェのお腹には命が宿っていた。間違いなく、ルキウスの子だ。
当時のロジェはヒトから半魔になったばかりで、おまけに成人になったばかりの若造で、そして訳も分からず腹に子を宿す身となった。
これほど脆弱な生き物は存在しないのではないかと、当時は絶望しかなかった。
しかし周りに助けられ、そして自分も努力することで、少しずつ強くなることが出来たのだ。
カイが成人、つまり16になるまで、ロジェはカイの側を離れないと決めていた。父親がいないカイが寂しくないように、たくさんの愛を注いだつもりだ。
しかしロジェの目標に常にルキウスがいることを、カイは気付いていたのかもしれない。
(……いや、でも……溜まりに溜まった不満を、初見の父親にぶちまけるとは。……さすがルキウスの息子だよ……)
耳を澄ませると、隣の部屋からマグウェルの怒号が聞こえる。愛しい息子は今、マグウェルからきついお叱りの言葉を頂いているところだ。
ルキウスへの暴力を咎める言葉より、シンに心的負担を掛けるなという苦言の方が多いのが気になるが、ここは放っておくことにした。
怒号を遠く聞きながら、ロジェはルキウスを見下ろす。
あれから数時間が経つが、まだ彼は目を覚まさない。
カイは自分が殴ったせいだと落ち込んでいたが、魔族の中でも強靭な肉体を持つルキウスが、青年の拳ぐらいでどうこうなる訳もない。
しかし心配だという事は変わりなかった。
はぁ、と何度目かの溜息を吐いて、今日の自分の行動を後悔する。
ルキウスが会いに来てくれたというのに、ロジェが一番先に感じたのは恐怖だった。
ロジェは何よりもカイの存在を知られることを恐れていた。第三騎士団のことを知られたのは大誤算で、しかも暴いたのがスヴェラというのも悪かった。
フェルグス家には、絶対にカイの存在を知られるわけにはいかない。
16年間守り続けていた、ロジェとルキウスの愛だ。もう成人して屈強になったとはいえ、危険な目になど会わせたくはない。
カイがかつての自分のように、何かに利用されるかもしれないと思うとどうしようもなく怖かった。
「……ごめんな……」
ルキウスの頬を撫でて、切れた口端を親指でなぞる。顔が痣だらけになっても、ルキウスはどうしようもないぐらい男前だ。
はは、と自分に呆れつつ笑っていると、ルキウスの唇が開いた。そして吐息と共に言葉が漏れ出す。
「……ジェ……! ロジェ……」
「……っ! ルキウス……?」
「……ロジェ、俺だ……! ああ、そんな……嘘だ……」
ルキウスの腕が浮き、何もない空間でさ迷う。ロジェはその腕を掴んで、ルキウスの顔を覗き込んだ。
「……16年……? ……おまえ、は……」
目の前のカイが拳を構える。ルキウスは目を見開いたまま、彼の拳を無抵抗で受けた。
頬への衝撃と共に、カイの慟哭のような言葉が聞こえる。
「一年目! 重症を負ったロロは、ここで生死の境をさ迷った! 本当に死にかけていたんだ!」
「……っ」
涙を流し始めたカイは、子供そのものだった。口を波立たせ、まる駄々を捏ねるようにルキウスへと拳を振るう。
「……ロロは……命を掛けて俺を産んだ! そして二年目……俺の出生届と共に、自分の新しい名前を、シン・アースターに定めた!」
思わずシンに視線を移すと、彼は顔面を蒼白にして立ち尽くしていた。細い肩は揺れ、今にも崩れ落ちそうな顔色だ。
よそ見をしていたルキウスの頬に、また衝撃が走る。口の端が切れる感覚がしたが、まったく気にならなかった。
胸を抉るような痛みに比べれば、どれだけましか分からない。
「三年目……。ロロは生まれたばかりの俺を抱えながら、身を粉にして働いた……ッ! 文官と武官の試験勉強を始めたのも、この時期だ……すべては、あんたの力になるために……」
「……」
「これでも思い出さないのか、お前は! このくそ親父ッ!!!」
「……っ!!」
カイが噛みつくように言い放ち、ルキウスの頭を掴んで身を逸らす。頭突きの体勢に入った彼の額を、ルキウスは両手で受け止めた。
「もう良い! お前の頭が痛む!」
「うるせぇ! まだ13発も残ってんだよ、くそ野郎が!!」
今度は拳を振り上げたカイの手を掴んで、ルキウスは言い聞かせるように彼の目を見据えた。
素手で殴り続けていては、そのうち拳が壊れてしまう。
両手の拳を握られて、カイは悔しそうに顔を歪ませた。まるで自分の顔を見ているようだが、怒る様子はシンに似ている。
カイは怒りに震えながら、ぼろりと大きな涙を流した。
「……四年目は、俺も悲しかった。あんたが結婚して、ロロがすごく落ち込んだんだ。いつもニコニコしてたロロが、いっつも泣いてた。……あんたのせいだかんな! あんたがロロを、覚えててくれなかった、から……ッ」
「……すまん……」
「っんで、謝ってんだよッ! 思い出しても、いないくせに……」
ルキウスはカイの拳から手を放し、涙にぬれたその頬を拭う。嫌がられるかと思ったが、彼は意外にも大人しくルキウスの手を受け入れた。
その瞬間、ずきりと頭が激しく痛んだ。
痛みに耐えながら、ルキウスはカイに問う。
「……お前の、名は……?」
「…………俺はカイ。……カイ・ルシオ・アースター。……『ルシオ』は、ヒトの言葉で光を意味する。……あんたと同じだ」
その瞬間、まるで釘を打ち付けられたかのように、こめかみが鈍い痛みを発した。同時に濁流のような何かが頭に流れ込んでくる。
受け止めきれないほどの記憶と感情に吞まれ、ルキウスはその場に崩れ落ちた。
*****
ロジェは手拭いを絞りながら、憂いを含んだため息を吐いた。
ルキウスの頬へと手拭いを優しく押し当てて、横たわったまま目を覚まさない彼の姿を見下ろす。
(……よくもまぁ、こんなに殴ったもんだよ……)
カイがルキウスに掴みかかった時は、ロジェも卒倒しそうになった。同時に、あれほどの怒りをカイが抱えていたと知ると、申し訳なさで胸がいっぱいになる。
16年前のあの日、ロジェのお腹には命が宿っていた。間違いなく、ルキウスの子だ。
当時のロジェはヒトから半魔になったばかりで、おまけに成人になったばかりの若造で、そして訳も分からず腹に子を宿す身となった。
これほど脆弱な生き物は存在しないのではないかと、当時は絶望しかなかった。
しかし周りに助けられ、そして自分も努力することで、少しずつ強くなることが出来たのだ。
カイが成人、つまり16になるまで、ロジェはカイの側を離れないと決めていた。父親がいないカイが寂しくないように、たくさんの愛を注いだつもりだ。
しかしロジェの目標に常にルキウスがいることを、カイは気付いていたのかもしれない。
(……いや、でも……溜まりに溜まった不満を、初見の父親にぶちまけるとは。……さすがルキウスの息子だよ……)
耳を澄ませると、隣の部屋からマグウェルの怒号が聞こえる。愛しい息子は今、マグウェルからきついお叱りの言葉を頂いているところだ。
ルキウスへの暴力を咎める言葉より、シンに心的負担を掛けるなという苦言の方が多いのが気になるが、ここは放っておくことにした。
怒号を遠く聞きながら、ロジェはルキウスを見下ろす。
あれから数時間が経つが、まだ彼は目を覚まさない。
カイは自分が殴ったせいだと落ち込んでいたが、魔族の中でも強靭な肉体を持つルキウスが、青年の拳ぐらいでどうこうなる訳もない。
しかし心配だという事は変わりなかった。
はぁ、と何度目かの溜息を吐いて、今日の自分の行動を後悔する。
ルキウスが会いに来てくれたというのに、ロジェが一番先に感じたのは恐怖だった。
ロジェは何よりもカイの存在を知られることを恐れていた。第三騎士団のことを知られたのは大誤算で、しかも暴いたのがスヴェラというのも悪かった。
フェルグス家には、絶対にカイの存在を知られるわけにはいかない。
16年間守り続けていた、ロジェとルキウスの愛だ。もう成人して屈強になったとはいえ、危険な目になど会わせたくはない。
カイがかつての自分のように、何かに利用されるかもしれないと思うとどうしようもなく怖かった。
「……ごめんな……」
ルキウスの頬を撫でて、切れた口端を親指でなぞる。顔が痣だらけになっても、ルキウスはどうしようもないぐらい男前だ。
はは、と自分に呆れつつ笑っていると、ルキウスの唇が開いた。そして吐息と共に言葉が漏れ出す。
「……ジェ……! ロジェ……」
「……っ! ルキウス……?」
「……ロジェ、俺だ……! ああ、そんな……嘘だ……」
ルキウスの腕が浮き、何もない空間でさ迷う。ロジェはその腕を掴んで、ルキウスの顔を覗き込んだ。
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