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【最終話】74
未だに瞼は閉じたままだが、うわ言には確かに恐怖の色が感じられた。
ロジェはルキウスの身体を揺さぶり、強い口調で語りかける。
「ルキウス! そっちは夢だ、目を覚ませ!」
「……っウォーレン……! いやだ、置いて行かないでくれ……!」
「ウィンコット!!」
懐かしい名を叫んで、ロジェはルキウスの頭を抱きしめた。ルキウスの耳を自身の胸に押し付けて、ぎゅうっと強く抱きしめる。
「俺は……お前を置いてなんか行かない!」
「…………っ」
「……心音が聞こえるか? 俺はここにいるよ。だから……帰っておいで」
ルキウスが夢の中で何を見ているのか予想は付く。ロジェとの別れの夢だろう。覚えていなくとも、記憶の隅っこに残り続けているのかもしれない。
あんな悲しい思いは、夢だとしても二度と味あわせたくない。
何度も呼びかけていると、ルキウスは次第に落ち着きを取り戻していった。
ルキウスの瞼がゆっくりと開き、下から澄み切った緑色が覗く。相変わらずの美しい瞳に、ロジェはほっと安堵の吐息をついた。
気持ちを切り替えて、ロジェはシン・アースターに戻る。
「ルキウス様……大丈夫ですか?」
「……」
ルキウスはしばらく天井を見つめたままだった。珍しくぼんやりとしている様子に、心配になってくる。
カイの件は色々と説明が必要だろうが、もう少し休息してからが良いかもしれない。
「先ほどは、大変失礼しました。……まだゆっくり休まれては?」
「…………」
ルキウスは黙り込んだまま、ゆっくりと上体を起こす。
ロジェはせっせと枕を集めて、ルキウスの背中の下へと敷いた。そこにルキウスの上体を持たれかけさせ、サイドテーブルに置かれた軟膏を取り出す。
マグウェルの配合した、とっておきの傷薬だ。魔族の魔力を吸収して、傷を早く治してくれる。
「これを塗れば、明日には綺麗に治ってますよ。安静にすればより早いと思います」
「……ロジェ」
「はい?」
振り返ったところで、ロジェは自分がやらかした事に気が付いた。息を呑んだあと、慌てて首を横に振る。
「い、いや、今のは違う。間違えました。あれぇ? なんで俺……」
「ロジェ」
「……」
ルキウスの瞳が、真っ直ぐにロジェへと向いている。そして彼は顔をくしゃりと歪め、名前を呼んだ。
「ロジェ・ウォーレン」
ルキウスの逞しい腕が伸びてきて、まるで閉じ込めるように抱き込まれる。その身体が震えていて、ロジェの心臓は急速に動き始めた。
ルキウスの鼻がロジェの肩口に埋もれる。そこから聞こえる声は、子供のようなすすり泣きだ。
「ウォーレン……生きて、生きてた……ロジェ……」
ルキウスはロジェの髪に指を差し込み、まるで感触を確かめるようにぐしゃぐしゃと撫でる。その仕草からどうしようもなく想いが伝わってきて、ぐっと喉が痛んだ。
気付いたらロジェも嗚咽を漏らしていた。ルキウスに名を呼ばれ、ロジェ・ウォーレンに戻ってしまった。
子供のように口をぽっかり空けて、わんわん泣き叫ぶ。
「……っああ…………。ごめ……、ごめん、な……ウィン……コットぉ……」
「……っどうして……どうして君が謝る?」
「っ、ふ……」
『君』と言われて、ロジェの涙腺が更に馬鹿になる。ぼろぼろと涙が溢れてきて、喉は小刻みに痙攣しはじめた。
「……っだって、まもれなか……った……ん、うなじ……っおまえとの、つがいの……っ」
「…………っ、まさか……そんなことを気にしていたのか……⁉」
「そんなこと、とか……ひぐ、いうなぁあ……」
ついに言葉すらも紡げなくなって、嗚咽だけが漏れ出す。ルキウスはロジェの顔を両手で挟んで、顔を覗き込んだ。
所々腫れ上がった彼の顔は、もっとひどい事になっていて、ぼろぼろのぐしゃぐしゃだった。だけど今までで一番、素のルキウスがそこにいた。
「きみは……君は守ってくれていただろう⁉ 俺たちの一番大切な、繋がりだ……」
「……っ」
「カイは……俺たちの子だ。そうだな……?」
ロジェはルキウスを真っ直ぐに見つめ、何度も頷いた。ルキウスは更に顔をくしゃりとさせ、震える唇で笑みを作ってくれた。
「ロジェ……俺、記憶が戻ったんだ……」
「うん、……うん」
「カイが鍵になってくれた。……彼を守ってくれた、君のお陰だ……」
「……っうん……よか、った……」
ルキウスに負けないくらい、ロジェの顔もぐしゃぐしゃだろう。しかしお互いに見つめ合って、でろでろになった顔をくっつける。
「ありがとう、ロジェ。……そして、本当にごめん。ごめんな……」
「うぁあ……ひぐ、ちがう、おまえは、わるくない……っ」
「……っまったく、本当に……君は……」
触れている場所から体温を感じて、心の底から安堵を味わう。
ねだるように顎を持ち上げれば、まるで分っていたかのように唇が触れ合った。
くっついて離れるだけの優しいキスは、今までで一番、幸せにあふれていた。
*****
_____数か月後
ルキウスの執務室で、ロジェは残った仕事を整理していた。
書類を纏めていると、ルキウスの新たな側近であるロベルグが、はぁ、と溜息を吐き出す。
「どうした、ロベルグ。腹でも痛い?」
「どうしたもこうしたもないですって。アースターさん、明日からいなくなっちゃうなんて……。俺、無理ですよ。どうやって閣下の機嫌を取るんですか?」
「ザザドさんと同じ感じで良いんじゃないか?」
「あの人の真似なんて出来ませんて! 閣下のオーラに耐えうるスキル持ちは、ザザドさんとアースターさんしか居ないんですから……」
「もう一人いるぞ」と言いかけて、ロジェは唇を結んだ。
ルトルクにはつい先日、処罰が下ったばかりだ。
死刑は免れたが、彼には流刑という死ぬよりも辛い刑が言い渡された。厳しい環境で労働し、望みは一切なく、死を待つだけの刑だ。
ロジェは今でも、頻繁にルトルクの事を思い出す。
彼のルキウスへの眼差しは、親愛に満ちたというよりも、もっと濃いところにあったように思う。それに気づいていたのは、きっとロジェぐらいだろう。
彼がどんな思いで、ルキウスに仕えていたかは分からない。ロジェという存在に心を乱されたり、何かに葛藤したりしたのだろうか。
(……やめとこう。考えるのは不毛だ)
「あーあ。閣下はまじで王座を狙う気ですかね? フェルグスを傘下に組み込んじゃったから、一大勢力になっちゃったじゃないですか。どうするんでしょう」
「さぁ、どうするんだろうね」
「呑気だなぁ、アースターさんは……普通気になるでしょ」
「ロベルグ。無駄話はそこまでにしろ」
地を這うような声が、ロベルグの真後ろから聞こえてくる。いつの間に来ていたのか、ザザドがぬっと姿を現した。
「お前……アースターさんに余計な心配を掛けるなと言ったろうが。黙らないと、口を極太針で縫い付けるぞ」
「な、なんでそこ、極太選びます? 細針にしません?」
「……っぷ、細かったら良いのかよ」
ロジェが笑うと、ロベルグが縋るような目を向けてきた。
そんな目をされても、ザザドがどれだけ恐ろしい存在か知ってしまった今はどうすることもできない。
フェルグス家への処罰に、ロジェは口を一切出していない。
ルキウスとザザドが進めてくれ、フェルグス家の領地はルキウスが統治下に置くことにしたのだという。
ガイナスはスヴェラが成人したのを機に、王族から籍を抜いている。今回の件で彼は爵位は剥奪され、平民に戻ることになった。
しかしガイナスは領地に留まり、ルキウスの下で働くのだという。
彼らの間でどういった話し合いがなされたのかは分からないが、ルキウスはガイナスを一生こき使うと決めたらしい。
『本音は……処刑したかった。ロジェにした事を思うと、耐えられない』
ルキウスはそう言い、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
ガイナスは領主として優秀で、領民にも愛されている。民意を汲んで、処刑は留まったのだという。
16年前の合同訓練では多くの者が亡くなったが、あれは王兄一派の襲撃によるものだった。
あの時のフェルグス家の罪は、ただロジェを誘拐しようとしたという一点だけだ。
しかもこの事実は、公には一切知られていない。当事者もルキウスとロジェ、そしてルトルクとガイナスだけだ。
アカツキ側とも協議して、当時の件で公に罪を問う事は難しいと判断したようだ。
そのため今回の処罰は、『スヴェラが偽物のロジェを使ってルキウスを騙そうとした』事に対する不敬罪となる。
アカツキ側からの訴えで、ロジェが晩餐会で暴行を受けたことも上乗せして、刑が下されることになった。
スヴェラは辺境の地に嫁ぐことになり、偽のロジェであるダンはヒトの国で処罰を受けると聞く。
実質、この国で最も重い処罰を受けたのはルトルクだけだったが、彼は一切申し立てをしなかった。当時の事も話さず、ガイナスが代わりに全てを語ったようだ。
ロジェはアカツキへの恩義から、今まで通りシン・アースターで生きる事にした。その方が後ろ盾も強いと、周りも賛成してくれた。
ザザドが厳しい姿勢を一変させ、ロジェを温かな目で包み込む。
「アースターさん。今日はその辺にして、早めにお休みになっては?」
「……明日にはカイが迎えに来ると思うので、引継ぎは終わらせとかないと……。きっと早朝に来て、茶も飲まないまま帰るつもりですよ」
「そうですか、明日はカイ様が!」
ザザドが目を輝かせ、嬉しそうに破顔する。その様をロベルグはぎょっとした表情で見つめていた。未だ彼は、ザザドの『推し活』について行けないようだ。
ルキウスとロジェの間に子がいた事を、一番喜んでくれたのはザザドだった。
彼は一瞬呆然とし、珍しく冷静さを欠いた。
執務室のソファで立ったり座ったりを繰り返し、その他様々な奇行を一通りこなしたあと、ほろほろと涙を流し始めたのを覚えている。
それ以来、ザザドはカイを天使と呼び、溺愛している。推しが増えたと歓喜し、箱推しの素晴らしさを噛み締めているのだという。
しかしカイの性格は『やんちゃな暴君』なので、ザザドはいつも振り回されている。しかしそれすらも、彼は喜んでくれているようだ。
かつかつと軽快な足音が聞こえ、執務室の扉が開く。ノックもせずに入ってくるのは、ここの主だけだ。
ロジェが振り向くと、ルキウスは満面の笑みを浮かべ、両手を大きく広げる。
「シン!」
「おお、おかえり」
ロジェが書類を持ったまま近付くと、そのままぎゅっと抱きしめられる。
ルキウスは意外にも、愛情表現が豊富だ。人前でもそれは変わることなく、ロジェは彼からの愛情攻撃に翻弄されている。
ルキウスの手がロジェへと伸び、少しだけ膨らんだ腹へと伸びる。ゆっくりと優しく撫でながら、ルキウスはこつんと自身の額をロジェの頭にくっつけた。
「うん、今日も良い魔力の流れを感じるな。元気元気」
「そうか。良かった」
「……アカツキに着いたら、連絡するんだぞ。俺も直ぐに向かう」
「焦らなくていいって。まだ予定日は先だ」
二回目の発情期に陥ったあの日、やはりと言うべきか、腹には子供が宿ることとなった。
しかし当時のロジェといえば、マグウェルの診断結果に絶望しか感じなかったのだ。
また過ちを繰り返したのだと、自分を責める事しかできなかった。
(……ごめんなぁ。……お前ができたことを、素直に喜んであげられなくて……)
ロジェは腹を撫でて、ため息を零す。
数か月が経った今も、ロジェには今の状況が信じられない。ルキウスが記憶を取り戻し、こうして新たな命を授かるとは夢にも思っていなかった。
しかも今度は、この命をルキウスと共に守って行けるのだ。
「……しかしまさか、俺の息子が第三騎士団に入団しているとはな。……マーカスが倒れそうになってたぞ」
「うわぁ……団長にはご迷惑を掛けっぱなしだ……」
「まさか歴代一の問題児が、俺の子だったとは……くくく、思い出しても腹が捩れる」
「笑うなって。ったく、お前に似たんだからな!」
スヴェラが指摘していた第三騎士団との密会だが、あれはカイの親として必要書類を提出していただけだ。
そもそも、ロジェはカイが第三騎士団に入るのに反対だった。
ルキウスを助けるために情報を流していた組織に、カイが関わろうとするのを良しとするわけがない。
しかしカイは聞かなかった。支部での教育訓練が終わったら、最速で出世して父親を断罪してやると息巻いていたのだ。
親として情けないが、成人した彼を止める事は出来なかった。
かくして、第三騎士団に入団したカイだったが……優秀さを褒められる事と同じくらいトラブルを起こしやすい。
おかげでロジェは何度も第三騎士団のマーカスに謝罪に行き、今ではすっかり親しい友人になってしまっていた。
宿屋で飲んでいたのもカイの近況を聞いていただけであるし、やましい事はひとつもない。
ルキウスがロジェの肩を抱き、笑い声を含んだ溜息を零す。
「……それにしても、君の16年間には驚かされっぱなしだ。今度はロブルースについて教えて貰おうか。『折れない止まり木』さん」
「……長くなるけど、聞く?」
「ああ。先は長いからな」
ロジェの旋毛に唇を落として、ルキウスは熱い息を吹きかける。
頭のてっぺんが熱くなって、それでいてくすぐったくて、思わず声を出して笑った。
16年間、ロジェは大切なものを守り続けた。
ルキウスを支えることが希望だった。
しかし今は、未来にルキウスがいる。
愛する子供たちがいる。
これからは少しずつ、失った時をかき集めるかのように、ルキウスと一緒に巣を作っていくつもりだ。
16年越しの巣作りを、彼と共に。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
率直に言います!感想を下さい!
書き手の唯一の燃料です。どうか一言だけでも……!
またどこかでお会いできるのを楽しみにしております。
ありがとうございました。
ロジェはルキウスの身体を揺さぶり、強い口調で語りかける。
「ルキウス! そっちは夢だ、目を覚ませ!」
「……っウォーレン……! いやだ、置いて行かないでくれ……!」
「ウィンコット!!」
懐かしい名を叫んで、ロジェはルキウスの頭を抱きしめた。ルキウスの耳を自身の胸に押し付けて、ぎゅうっと強く抱きしめる。
「俺は……お前を置いてなんか行かない!」
「…………っ」
「……心音が聞こえるか? 俺はここにいるよ。だから……帰っておいで」
ルキウスが夢の中で何を見ているのか予想は付く。ロジェとの別れの夢だろう。覚えていなくとも、記憶の隅っこに残り続けているのかもしれない。
あんな悲しい思いは、夢だとしても二度と味あわせたくない。
何度も呼びかけていると、ルキウスは次第に落ち着きを取り戻していった。
ルキウスの瞼がゆっくりと開き、下から澄み切った緑色が覗く。相変わらずの美しい瞳に、ロジェはほっと安堵の吐息をついた。
気持ちを切り替えて、ロジェはシン・アースターに戻る。
「ルキウス様……大丈夫ですか?」
「……」
ルキウスはしばらく天井を見つめたままだった。珍しくぼんやりとしている様子に、心配になってくる。
カイの件は色々と説明が必要だろうが、もう少し休息してからが良いかもしれない。
「先ほどは、大変失礼しました。……まだゆっくり休まれては?」
「…………」
ルキウスは黙り込んだまま、ゆっくりと上体を起こす。
ロジェはせっせと枕を集めて、ルキウスの背中の下へと敷いた。そこにルキウスの上体を持たれかけさせ、サイドテーブルに置かれた軟膏を取り出す。
マグウェルの配合した、とっておきの傷薬だ。魔族の魔力を吸収して、傷を早く治してくれる。
「これを塗れば、明日には綺麗に治ってますよ。安静にすればより早いと思います」
「……ロジェ」
「はい?」
振り返ったところで、ロジェは自分がやらかした事に気が付いた。息を呑んだあと、慌てて首を横に振る。
「い、いや、今のは違う。間違えました。あれぇ? なんで俺……」
「ロジェ」
「……」
ルキウスの瞳が、真っ直ぐにロジェへと向いている。そして彼は顔をくしゃりと歪め、名前を呼んだ。
「ロジェ・ウォーレン」
ルキウスの逞しい腕が伸びてきて、まるで閉じ込めるように抱き込まれる。その身体が震えていて、ロジェの心臓は急速に動き始めた。
ルキウスの鼻がロジェの肩口に埋もれる。そこから聞こえる声は、子供のようなすすり泣きだ。
「ウォーレン……生きて、生きてた……ロジェ……」
ルキウスはロジェの髪に指を差し込み、まるで感触を確かめるようにぐしゃぐしゃと撫でる。その仕草からどうしようもなく想いが伝わってきて、ぐっと喉が痛んだ。
気付いたらロジェも嗚咽を漏らしていた。ルキウスに名を呼ばれ、ロジェ・ウォーレンに戻ってしまった。
子供のように口をぽっかり空けて、わんわん泣き叫ぶ。
「……っああ…………。ごめ……、ごめん、な……ウィン……コットぉ……」
「……っどうして……どうして君が謝る?」
「っ、ふ……」
『君』と言われて、ロジェの涙腺が更に馬鹿になる。ぼろぼろと涙が溢れてきて、喉は小刻みに痙攣しはじめた。
「……っだって、まもれなか……った……ん、うなじ……っおまえとの、つがいの……っ」
「…………っ、まさか……そんなことを気にしていたのか……⁉」
「そんなこと、とか……ひぐ、いうなぁあ……」
ついに言葉すらも紡げなくなって、嗚咽だけが漏れ出す。ルキウスはロジェの顔を両手で挟んで、顔を覗き込んだ。
所々腫れ上がった彼の顔は、もっとひどい事になっていて、ぼろぼろのぐしゃぐしゃだった。だけど今までで一番、素のルキウスがそこにいた。
「きみは……君は守ってくれていただろう⁉ 俺たちの一番大切な、繋がりだ……」
「……っ」
「カイは……俺たちの子だ。そうだな……?」
ロジェはルキウスを真っ直ぐに見つめ、何度も頷いた。ルキウスは更に顔をくしゃりとさせ、震える唇で笑みを作ってくれた。
「ロジェ……俺、記憶が戻ったんだ……」
「うん、……うん」
「カイが鍵になってくれた。……彼を守ってくれた、君のお陰だ……」
「……っうん……よか、った……」
ルキウスに負けないくらい、ロジェの顔もぐしゃぐしゃだろう。しかしお互いに見つめ合って、でろでろになった顔をくっつける。
「ありがとう、ロジェ。……そして、本当にごめん。ごめんな……」
「うぁあ……ひぐ、ちがう、おまえは、わるくない……っ」
「……っまったく、本当に……君は……」
触れている場所から体温を感じて、心の底から安堵を味わう。
ねだるように顎を持ち上げれば、まるで分っていたかのように唇が触れ合った。
くっついて離れるだけの優しいキスは、今までで一番、幸せにあふれていた。
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_____数か月後
ルキウスの執務室で、ロジェは残った仕事を整理していた。
書類を纏めていると、ルキウスの新たな側近であるロベルグが、はぁ、と溜息を吐き出す。
「どうした、ロベルグ。腹でも痛い?」
「どうしたもこうしたもないですって。アースターさん、明日からいなくなっちゃうなんて……。俺、無理ですよ。どうやって閣下の機嫌を取るんですか?」
「ザザドさんと同じ感じで良いんじゃないか?」
「あの人の真似なんて出来ませんて! 閣下のオーラに耐えうるスキル持ちは、ザザドさんとアースターさんしか居ないんですから……」
「もう一人いるぞ」と言いかけて、ロジェは唇を結んだ。
ルトルクにはつい先日、処罰が下ったばかりだ。
死刑は免れたが、彼には流刑という死ぬよりも辛い刑が言い渡された。厳しい環境で労働し、望みは一切なく、死を待つだけの刑だ。
ロジェは今でも、頻繁にルトルクの事を思い出す。
彼のルキウスへの眼差しは、親愛に満ちたというよりも、もっと濃いところにあったように思う。それに気づいていたのは、きっとロジェぐらいだろう。
彼がどんな思いで、ルキウスに仕えていたかは分からない。ロジェという存在に心を乱されたり、何かに葛藤したりしたのだろうか。
(……やめとこう。考えるのは不毛だ)
「あーあ。閣下はまじで王座を狙う気ですかね? フェルグスを傘下に組み込んじゃったから、一大勢力になっちゃったじゃないですか。どうするんでしょう」
「さぁ、どうするんだろうね」
「呑気だなぁ、アースターさんは……普通気になるでしょ」
「ロベルグ。無駄話はそこまでにしろ」
地を這うような声が、ロベルグの真後ろから聞こえてくる。いつの間に来ていたのか、ザザドがぬっと姿を現した。
「お前……アースターさんに余計な心配を掛けるなと言ったろうが。黙らないと、口を極太針で縫い付けるぞ」
「な、なんでそこ、極太選びます? 細針にしません?」
「……っぷ、細かったら良いのかよ」
ロジェが笑うと、ロベルグが縋るような目を向けてきた。
そんな目をされても、ザザドがどれだけ恐ろしい存在か知ってしまった今はどうすることもできない。
フェルグス家への処罰に、ロジェは口を一切出していない。
ルキウスとザザドが進めてくれ、フェルグス家の領地はルキウスが統治下に置くことにしたのだという。
ガイナスはスヴェラが成人したのを機に、王族から籍を抜いている。今回の件で彼は爵位は剥奪され、平民に戻ることになった。
しかしガイナスは領地に留まり、ルキウスの下で働くのだという。
彼らの間でどういった話し合いがなされたのかは分からないが、ルキウスはガイナスを一生こき使うと決めたらしい。
『本音は……処刑したかった。ロジェにした事を思うと、耐えられない』
ルキウスはそう言い、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
ガイナスは領主として優秀で、領民にも愛されている。民意を汲んで、処刑は留まったのだという。
16年前の合同訓練では多くの者が亡くなったが、あれは王兄一派の襲撃によるものだった。
あの時のフェルグス家の罪は、ただロジェを誘拐しようとしたという一点だけだ。
しかもこの事実は、公には一切知られていない。当事者もルキウスとロジェ、そしてルトルクとガイナスだけだ。
アカツキ側とも協議して、当時の件で公に罪を問う事は難しいと判断したようだ。
そのため今回の処罰は、『スヴェラが偽物のロジェを使ってルキウスを騙そうとした』事に対する不敬罪となる。
アカツキ側からの訴えで、ロジェが晩餐会で暴行を受けたことも上乗せして、刑が下されることになった。
スヴェラは辺境の地に嫁ぐことになり、偽のロジェであるダンはヒトの国で処罰を受けると聞く。
実質、この国で最も重い処罰を受けたのはルトルクだけだったが、彼は一切申し立てをしなかった。当時の事も話さず、ガイナスが代わりに全てを語ったようだ。
ロジェはアカツキへの恩義から、今まで通りシン・アースターで生きる事にした。その方が後ろ盾も強いと、周りも賛成してくれた。
ザザドが厳しい姿勢を一変させ、ロジェを温かな目で包み込む。
「アースターさん。今日はその辺にして、早めにお休みになっては?」
「……明日にはカイが迎えに来ると思うので、引継ぎは終わらせとかないと……。きっと早朝に来て、茶も飲まないまま帰るつもりですよ」
「そうですか、明日はカイ様が!」
ザザドが目を輝かせ、嬉しそうに破顔する。その様をロベルグはぎょっとした表情で見つめていた。未だ彼は、ザザドの『推し活』について行けないようだ。
ルキウスとロジェの間に子がいた事を、一番喜んでくれたのはザザドだった。
彼は一瞬呆然とし、珍しく冷静さを欠いた。
執務室のソファで立ったり座ったりを繰り返し、その他様々な奇行を一通りこなしたあと、ほろほろと涙を流し始めたのを覚えている。
それ以来、ザザドはカイを天使と呼び、溺愛している。推しが増えたと歓喜し、箱推しの素晴らしさを噛み締めているのだという。
しかしカイの性格は『やんちゃな暴君』なので、ザザドはいつも振り回されている。しかしそれすらも、彼は喜んでくれているようだ。
かつかつと軽快な足音が聞こえ、執務室の扉が開く。ノックもせずに入ってくるのは、ここの主だけだ。
ロジェが振り向くと、ルキウスは満面の笑みを浮かべ、両手を大きく広げる。
「シン!」
「おお、おかえり」
ロジェが書類を持ったまま近付くと、そのままぎゅっと抱きしめられる。
ルキウスは意外にも、愛情表現が豊富だ。人前でもそれは変わることなく、ロジェは彼からの愛情攻撃に翻弄されている。
ルキウスの手がロジェへと伸び、少しだけ膨らんだ腹へと伸びる。ゆっくりと優しく撫でながら、ルキウスはこつんと自身の額をロジェの頭にくっつけた。
「うん、今日も良い魔力の流れを感じるな。元気元気」
「そうか。良かった」
「……アカツキに着いたら、連絡するんだぞ。俺も直ぐに向かう」
「焦らなくていいって。まだ予定日は先だ」
二回目の発情期に陥ったあの日、やはりと言うべきか、腹には子供が宿ることとなった。
しかし当時のロジェといえば、マグウェルの診断結果に絶望しか感じなかったのだ。
また過ちを繰り返したのだと、自分を責める事しかできなかった。
(……ごめんなぁ。……お前ができたことを、素直に喜んであげられなくて……)
ロジェは腹を撫でて、ため息を零す。
数か月が経った今も、ロジェには今の状況が信じられない。ルキウスが記憶を取り戻し、こうして新たな命を授かるとは夢にも思っていなかった。
しかも今度は、この命をルキウスと共に守って行けるのだ。
「……しかしまさか、俺の息子が第三騎士団に入団しているとはな。……マーカスが倒れそうになってたぞ」
「うわぁ……団長にはご迷惑を掛けっぱなしだ……」
「まさか歴代一の問題児が、俺の子だったとは……くくく、思い出しても腹が捩れる」
「笑うなって。ったく、お前に似たんだからな!」
スヴェラが指摘していた第三騎士団との密会だが、あれはカイの親として必要書類を提出していただけだ。
そもそも、ロジェはカイが第三騎士団に入るのに反対だった。
ルキウスを助けるために情報を流していた組織に、カイが関わろうとするのを良しとするわけがない。
しかしカイは聞かなかった。支部での教育訓練が終わったら、最速で出世して父親を断罪してやると息巻いていたのだ。
親として情けないが、成人した彼を止める事は出来なかった。
かくして、第三騎士団に入団したカイだったが……優秀さを褒められる事と同じくらいトラブルを起こしやすい。
おかげでロジェは何度も第三騎士団のマーカスに謝罪に行き、今ではすっかり親しい友人になってしまっていた。
宿屋で飲んでいたのもカイの近況を聞いていただけであるし、やましい事はひとつもない。
ルキウスがロジェの肩を抱き、笑い声を含んだ溜息を零す。
「……それにしても、君の16年間には驚かされっぱなしだ。今度はロブルースについて教えて貰おうか。『折れない止まり木』さん」
「……長くなるけど、聞く?」
「ああ。先は長いからな」
ロジェの旋毛に唇を落として、ルキウスは熱い息を吹きかける。
頭のてっぺんが熱くなって、それでいてくすぐったくて、思わず声を出して笑った。
16年間、ロジェは大切なものを守り続けた。
ルキウスを支えることが希望だった。
しかし今は、未来にルキウスがいる。
愛する子供たちがいる。
これからは少しずつ、失った時をかき集めるかのように、ルキウスと一緒に巣を作っていくつもりだ。
16年越しの巣作りを、彼と共に。
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※最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
率直に言います!感想を下さい!
書き手の唯一の燃料です。どうか一言だけでも……!
またどこかでお会いできるのを楽しみにしております。
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初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
はじめまして!完結おめでとうございます!
「死んだはずのお師匠様〜」から作者様の大ファンになり作者様の作品を読むのが最近の私の楽しみになっています😭✨
この作品もめちゃめちゃ面白かったです!
いつも陰ながら応援しています!
今からまた作者様の他の作品を探しに行ってきます!!!
めあさん、こんにちは
お師匠も読んでくださってありがとうございます!こちらこそ見つけて頂いて光栄です!
少しでもめあさんの楽しみを作れていると思うと、本当に嬉しいです
他の作品も楽しんで頂けると良いんですが…
いつも応援ありがとうございます!ご感想を励みに頑張ります
むぎさん、こんにちは
わぁ、「出会って良かった」なんて最高の言葉……嬉しいです!
ロジェの事を好きになって頂き、ありがとうございます!
私も昨日序盤を読み返したのですが…ルキウスめっちゃ嫌な奴ですよね
記憶を取り戻した今は光り輝く攻めくんになっているので、きっと二人を(三人かな?)幸せにしてくれると思います
でなければむぎさんの予想通り、カイの必殺パンチが飛んでくるでしょう
お話を最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました!
このご感想を励みに、また頑張ります😊
あらっ、そうだったんですね!
思いの外大反響しているのは、緑虫さんのお陰だったか…!
とんでもないです、こちらがお礼を言うべきですのに…大変失礼しました!
ちょっと確認してみます💦
いつも応援、そして温かいお言葉ありがとうございます😊💕