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第1章
閑話(フェルナンドSide)
しおりを挟む「フェルナンド、最近…冷たくないか?」
帝国第三皇子のクリストファー殿下が、執務室に置かれた大きなソファーに座りながら…不機嫌そうに話す。
「急にどうされました?」
「前みたいに気遣ってくれないじゃないか。あぁ…婚約者選びに専念している私には…苦労などないってことか?」
皇帝陛下と同じ金髪碧眼、眉目秀麗な青年が…恨めしそうに私を睨んでくる。
「…そのようなことは…」
「今日、早く仕事が終われば…少し話し相手になって欲しいと思っていたのだが?」
ここ1週間、仕事を終えたらサッサと帰って行く…そんな私の行動が、殿下はどうにも気に入らないらしい。
側近として殿下のお心の内をしっかりと把握しておくことは大事だ。それ故…以前は夜遅くまで殿下と語り合う時間も多かった。
「ご婚約者選びで何かあったのですか?
候補のご令嬢方は啀み合いも少なく…順調にことが進んでいると聞いておりましたが…?」
「将来は公爵夫人となる身だからな。まぁ、妃になりたいって令嬢ほどはガツガツし過ぎていないだけだろう」
もう少し言い方があるでしょう…。
どうやら、今日は特にご機嫌が悪いようだな。
「それならば、心配はなさそうですね」
「で、やっぱり帰るのか?」
「…仕事は終わりましたので…」
「おかしい」
「何がですか?」
「フェルナンドがおかしい」
─────────
殿下には、イシスを保護したことはまだ話していない。
少なくとも、婚約者選び中である今は話すつもりはない。
殿下がイシスに興味を示したり、詳しく説明を求めてくるようなことがあれば流石に拒めなくなる。
昔と違い、異能力者だとしても帝国に縛られる必要は一切ないのだが…皇族と近い関係になることは絶対に避けたい。
イシスは異能力者であると同時に、魔術師としても一流だ。身分も伯爵令嬢と申し分はなく…帝国にとって喉から手が出るほど魅力的で欲しい人材であることは明らか。
そんな人材を帝国が簡単に手に入れる方法といえば、皇族との婚姻一択だろう。
─だが、誰にも渡さない─
いつからだろうか…この少し仄暗い感情が湧いてきたのは。
自分でも初めての経験で分からない。独占欲というものか?
最初は、可哀想な少女を守ってやらなければ…と、いわば義務感のようなものだったのに。
“イルシス”の本来の姿を見た時、何より驚いたのは…そのオーラの清さだ…。
他を圧倒するほどの魔力量を現しているはずなのに、軽やかで澄んだ空気の中にいるような感覚は初めてだった。
自分の汚れが浄化されるような気がして、あまりに神々しくて震えた。
キラキラ光る大きな瞳、濡れたように艷やかな黒髪…变化した姿とは比べものにならないほど見目麗しいその少女から、目が離せなくなる。
滑らかな肌は少し青白く、か細い手足は触れたら壊れてしまうのではと心底不安に感じた。
伯爵家に激しい憎悪を抱くとともに、この少女を誰よりも大切にしなければ…手放すわけにはいかないと、私は必死になった。
気付けば自分が異能力者であることも話してしまっていた。
私は“イルシス”の一番の理解者でありたい…特別な存在になりたいと強く望んだ。
殿下の言うように、私はおかしくなってしまったのだろうか?
いや…私はイシスの気持ちを一番に考えている。
一方的なこの感情を押し付けるつもりはないし、イシスの幸せを壊したりしない。
唯一頼ることのできる好ましい兄弟子…という存在、今はそれで十分だ。
兄として一緒にたくさんの時間を過ごそう。
いつか、あの輝く宝石のような瞳に…私だけを映してくれたらいいのに。
─────────
「おかしくなんてありませんよ。では、今日は殿下にお付き合いいたしましょうか?」
私はニッコリと微笑んだ。
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