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仕事納め

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 今日は今年最後の診察日だったので駆け込み需要だったのだろう、なかなか患者の多い日だった。そして全ての診察を終えるころには、三人とも疲れて果ててぐったりしていた。

 なので今日は夕飯を家にあった残り物で簡単に済ませ、あとはのんびり炬燵に入ってくつろいでいた。


「ねえねえ、もうすぐ大晦日よね。やっぱ大みそかはみんなで一緒に年越し蕎麦食べるでしょ?何蕎麦にしようか。にしん蕎麦がいいかな?」


 俺もゴンも楓の問いかけに一瞬固まった。


「え?何どしたの?二人とも蕎麦嫌い?」

「あのな、楓。蕎麦って俺たちにはすんごい高級品なの。そうそう食べられるもんじゃないんだよ」

「え、うそ。蕎麦だよ?」

「人間が蕎麦だと思って食べているものは、実はほとんど、うどんだ。たまに本物の蕎麦に近いやつもあるが滅多にない」

「じゃ、うどんみたいな蕎麦でもいいよぉ。年越しそばがなかったら、歳越せないじゃん」

「そんな贅沢言うな。もち米なら、うちにいっぱいあるから。年明けに、もちフルコースでもしてやるよ。それで我慢しろ」

「それは年越えてからでしょ!大晦日に食べたいの!」

「うどんみたいな蕎麦も、この界隈じゃ売ってないからどうしようもないよ。こればっかりは諦めな楓」


 ゴンがぐずっている楓の肩をぽんとたたいた。
 そりゃあ、俺だって蕎麦は食べてみたいが、目が飛び出るほどの値段がするのだ。今のうちの経済状況ではどんなに頑張っても買える代物ではない。
 

しばらく膨れていた楓だが、代わりにうどん粉にワカメを練り込んで蕎麦もどきを作るわ!と開き直り自分の部屋(物置)に行こうと炬燵から立ち上がったところ、


「ごめんくださーい。郵便ですー!」

 玄関で郵便屋の声がした。

「はーい」

 立ち上がりかけていた楓がそのまま玄関に出てくれた。

「手紙が来たよー」

 俺がその手紙を受取ろうと楓に手を伸ばすと、

「瑞穂にじゃなくて、ゴンに来てる」

「え、俺に?」


 不思議そうな顔をしているゴンに、楓が手紙を渡す。
 受け取った手紙の裏側を見たゴンは、一瞬困惑したような表情を見せたが、困っているというよりは嬉しさを必死で隠しているようにも見えた。


「…師匠からだ」

「師匠さんって前に言ってた、妖術を教えてくれた狐の先生?」

「そうだよ。でもなんで師匠から手紙が来たんだろう」

「とにかく中身見てみろよ」


 ゴンは師匠から届いた手紙を開いて中身を確認した。


「俺たちが『魂祭り』で子猫を助けたのが『妖狐』の間で噂になってるらしい。それで師匠も、俺たちのこと聞いたみたいだ。一度、瑞穂や楓も連れて寺に遊びにおいでって書いてある…」

「師匠さんは、どこのお寺にいるの?私もゴンの師匠さんに会ってみたい!」

「ここからだと、山を越えた東だよ。でも三人そろって行ける時間なんてあるかな?」

「そうだなぁ。正月明けは忙しくなりそうだし、急だが明日行ってみるか?今日で仕事納めもしたことだし」


 俺も、ゴンが妖術を教わった狐の師匠とやらに一度会ってみたかった。


「ゴンの師匠さんって、どんなひとなの?」

「まぁ、優しいひとだよ。けどたまに、ほんとにたまにだけど、すっごく恐い時がある」

「怒ると恐い的な?」

「いや、怒鳴られたりしたことはないよ。なんていうか、表現が難しいけど…たまに何考えてるか分からない時がある…って感じかな…?」


ゴンは珍しく腕を組んで考え込みながら、なんとか、うまい言葉を探しているようだった。


「ふうん。厳格な感じのひとなのかな…」

「うーん、師匠って、けっこう色々適当だから、厳格って感じともまた違うと思う…まっ、会ったら分かるよ!」


とうとうゴンは説明を諦めたらしい。


「狐だから、妖術は得意なんだろう?」

「あ、うん、妖術に関しては、狐の中ではっていうか、妖《あやかし》の中で師匠以上の妖術使いは、俺見たことないな」

「え、じゃあ、この前の『魂祭り』に出たら優勝しちゃう?」

「あんなの全然、相手にならないよ」


 ゴンはちょっと得意そうに言った。
そしてその後、風呂場からはご機嫌な鼻歌が聞こえてきていた。


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