処刑された悪役令嬢、二周目は「ぼっち」を卒業して最強チームを作ります!

みかぼう。

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第1章

第1話 お忍びの日

(エリアナ 9歳・エリアナ視点)

 父・ルーカス公爵が扉を叩いたのは、支度がほぼ終わった頃だった。控えめで、けれど迷いのない音。

 エリアナはすぐに顔を上げる。

「お父さま?」

 扉が開くより早く、椅子から立ち上がっていた。

 ルーカスは室内を一瞥し、短く言う。

「出かける」

 それだけだった。けれど、エリアナの表情はぱっと明るくなる。問い返す前に、もう上着へ手が伸びていた。 

「はい」

 声が少し弾んだことに、自分でも気づいている。鏡の前で髪をまとめ直し、飾りを外す。動きは早いが、雑にはならない。ルーカスは何も言わず、その様子を見ていた。

 屋敷を出ると、空気が変わった。朝の石畳はまだ冷たく、陽の当たる場所と影とで温度が違う。ルーカスは歩き慣れた足取りで先を行く。エリアナは自然に半歩後ろについた。

「歩けるか」
「はい。今日は、遠いですか?」

 ルーカスは答えず、口元だけがわずかに緩んだ。それで十分だった。

 街に入ると、音が増えた。呼び声、笑い声、荷を引く車輪のきしみ。エリアナは視線を巡らせ、すれ違う人々に小さく会釈を返す。

 教会の裏手。木の扉は年季が入り、取っ手は手の形にすり減っていた。中へ入った瞬間、子どもたちの視線が一斉に集まる。エリアナは一歩前に出て、姿勢を正した。背筋を伸ばし、スカートの端を軽く整える。

 「おはようございます」

 声は澄み、所作は滑らかだった。子どもたちは一瞬、言葉を失ったように見上げる。その高貴さと、同時に滲み出る慈しみに、彼らは吸い寄せられるように集まった。エリアナはにっこりと笑った。

「今日は、何して遊んでるの?」

 空気がほどける。子どもたちが一斉に喋り出し、一つの大きな輪ができた。

 最初は、あえて距離を保っていた。エリアナは輪の外を回り、木片の山を覗き込む。

「それ、高く積める?」

 子どもが頷く前に、しゃがみ込んだ。

「じゃあ、下を揃えよう」

 手を出すのは短く、必要な分だけ。彼女が少し方向を示すだけで、子どもたちは競うように、けれど整然と動き始める。うまくいくと、拍手が起きた。

 ルーカスは少し離れた場所で、それを見ていた。楽しげな光景。だが、ルーカスの瞳には微かな緊張が宿っていることに、幼いエリアナは気づかない。

 低い唸り声が聞こえたのは、不意だった。門の隙間から、痩せた犬が入り込んでくる。耳が立ち、目がぎらついている。子どもたちがざわめき、輪が崩れかけた。

 その瞬間、エリアナの表情が変わる。笑顔が消え、視線が一点に定まった。

「動かないで」

 声は張らない。けれど、はっきり届いた。近くの子の肩に手を置き、別の子には視線だけで合図する。

「後ろに」

 言われた通り、子どもたちが下がる。ばらばらだった子どもたちの恐怖が、エリアナという「芯」を得た瞬間、一つの意思へと統合された。その動きは、あまりにも揃いすぎていた。

 子どもたちが下がった分だけ、エリアナが一歩前に出る形となり、踏み出しかけた犬の動きが、そこで止まった。彼女の背中には、数人の子どもたちが吸い付くように隠れている。エリアナは犬に視線を固定させたまま、ひとこと。

「石を、少し手前に」

 斜め後ろの子が石を拾い、犬の手前に投げる。石が地面に当たり、乾いた音が響く。犬は身をすくめ、後ずさった。

 同じことを二度、三度。エリアナが指揮を執り、子どもたちがそれに従う。やがて犬は門の外へ消えた。

 しばらく、誰も動かなかった。統率された集団が生む、独特の静寂。エリアナは立ったまま、子どもたちを見回す。数を確かめ、満足げに頷く。

「大丈夫?」

 元の明るさが、戻っていた。子どもたちが、わっとエリアナに駆け寄る。その様子は、まるでおのずと生まれた「女王」を祝福するかのようだった。

 ルーカスはそこで初めて近づく。何も言わず、犬の消えた方を見た。それからエリアナを見て、小さな頭を優しくなでた。その手は温かかったが、ルーカスの言葉にはどこか冷えた響きがあった。

「……エリアナ。お前が前に立てば、彼らは動くのをやめる。お前が指し示せば、彼らは考えるのをやめる」

 帰り道、石畳を踏みしめながら、ルーカスが続けた。

「早かったな。だが、お前が一人でその犬の前に立った時、後ろの者たちは何を見たと思う」

 エリアナは少し考え、肩をすくめた。

「みんな、ちゃんと聞いてくれました。だから、怖くなかったです」

 それ以上は言わなかった。その一言で、ルーカスに伝わった気がした。

 教会の屋根が遠ざかる。振り返ると、門の内側で子どもたちが手を振っている。エリアナは、少し大きく手を振り返した。父の歩調が、ほんの少し緩んだ。

 ルーカスは、娘の背中を見つめながら、これから教えるべき「線」の引き方について、思案を巡らせていた。

 彼女は優しすぎるのではない。その資質が、あまりにも巨大な流れを呼び寄せてしまうことに、本人がまだ無自覚なだけなのだ。
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