決闘を申し込みます

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決闘を申し込みます

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「ねぇ、少し、いいかしら?」
「…何の用だ」



コツ、編み上げのブーツの音を響かせ立ち止まり、いつものように声をかける。
不機嫌そうに振り向いた彼に、自然の口角が上がった。

普段の無愛想な顔に、プラスされた眉間のシワ。
あらあら、




「そんな顔なさらないで。今日は貴方を可愛がりにきたのではないわ」
「貴女のその態度が悪いとは思わないのか」
「あら、心外だわ?
私はただ可愛がってるだけに過ぎないんですのよ?
少し顔を赤らめたルヴィン様の可愛さったら…」
「そういうところだぞ、ミスリュイジアーナ!
赤らめているのではなく、毎度毎度、貴女の態度が気に食わないから…!」
「まぁそんなことはよろしくてよ」
「っ!」



少し声をかけただけでこの調子なのよねぇ。
持っていた扇を閉じ、相手の言葉を遮る。
私はこんな無駄話をしに来たわけではない。

話を遮り『そんなこと』と言えば効果音が聞こえてきそうなほど睨まれ、思わずほくそ笑む。

閉じた扇を彼に向け、持っていた"モノ"を相手に投げつけた。



「婚約者である、ルヴィン・アルベール。貴方に決闘を申し込みます」
「は、?」



投げつけた、と言っても軽い"モノ"、白い手袋は力なく廊下に落ちる。

なにを言われたかわからないと言った様子の彼とは反対に、婚約者に決闘を申し込んだ前例のない出来事に周囲がざわめく。



「受けますの?受けませんの?」
「決闘など、淑女のすることでは、」
「私はこの決闘で勝ちましたら、ルヴィン様に一言申したいことがございます」
「いつも言っているではないか」
「いいえ?言ったことはございません。こうしないと言えないようなことがございまして」
「……それで、俺にはなんの利がある」
「貴方が勝ちましたら、この婚約を破棄して差し上げますわ」
「なっ」



その言葉に、更にざわざわとした音が広がる。
それもそうだ。元々望まない婚約であることに重なり、私と彼の仲は最悪と言っていいほど悪い。
なのに今までそのような話は出ていなかったのだ。

ずっとリュイジアーナが拒否していたと思っていたこの婚約を、彼女から破棄してもいいというのだ。


「…なにを企んでいる」



そのため、ルヴィンには信じられなかった。
まぁ、簡単に納得されるとは思っていなかったけど、了承してもらうために今日は来たのよね。



「なにを?先程も申し上げたではありませんか。
私は貴方に申したいことがあると」
「その為だけに、貴女が婚約破棄をかけるとは思い難い」
「それくらいのことを、と思ってくだされば結構ですわ。で、お受けしてくださるのかしら?」
「…受けるもなにも、勝ち負けが決まったようなものだ。それでいいのか」
「あら、お優しいのね?いつも声を張り上げていた貴方はどこへ行ってしまったのかしら」
「減らず口を…。いいだろう、受けよう」
「ふふ、ありがとうございます」



煽られればすぐに反抗する。これは自分にのみだ。
普段もそれは無愛想である彼だが、こう簡単に売られた喧嘩を買うような男ではない。

"冷酷"

彼はよく、周囲にそう噂される。
笑わない、話さない、周囲と一線を引いているため、友人と呼ばれる人もほんの一握りである。


「では、明日にでもどうでしょう?」
「合わせる」
「そうですか、では明日にお願いしますね」



決闘は明日の10時。判定は先生に。

そう告げて、踵を返す。
ずっと後ろで控えていた私の従者がいそいそとついてくる。

彼の表情は見ていないが、声が少し晴れ晴れとしていたため婚約破棄をできる機会が嬉しいのだろう。
あぁ、明日が楽しみで仕方ない。


「…お嬢様、本当に、決闘なされるのですか?」



扇を開き、緩んだ口元を隠しながら先ほどの場所から離れたところに来ると、従者であるエルが口を開く。



「あら、まだ言うの?もうずっと前から言っていたことじゃない」
「っ、ですが!」
「ふふ、私は負けません。黙って見ていなさいな」
「…私はまだ、納得しきれません」
「エル」
「……申し訳ありません、で過ぎた真似を」
「いいえ?貴方は従者の鏡だわ。貴方のような従者をもったご令嬢が、貴方に惚れるのも仕方ないくらいに」



ぐっと唇を噛み締めて「勿体無いお言葉です」と頭を下げたエルの髪を梳くように撫でると、くすぐったそうに肩を竦めた。





…時間は、あっという間に過ぎた。





「御機嫌よう、ルヴィン様」
「…あぁ」
「あら、挨拶はちゃんと返すものですよ」



朝、エルが用意してくれた服を着て会場に向かう。
事前に準備しておいたため、次の日でも難なく決闘を行えるようになっていた。

普段ドレスを着ている私も、今日は剣を握るためズボンを履き、動きやすい服装になっている。

そんな私の姿に見慣れないためか、いつものように軽く嫌味を言われてもなんの反応も示さなかった。



「貴女が出るのか」
「あら?私が決闘を申し込んだのですよ?」
「それはそうだが、女が剣など、」
「私のお父様が誰だかお忘れですか?」



どうやら私が申し込んでも、でるのは従者であるエルだと思っていたらしく、まだ呆然と剣を腰に挿す私を見ていた。
だが、もちろんのことながら私が剣を握るのだ。


「私の父は、騎士団長ですよ?侯爵である以前に元はそれが父の肩書きですのに、私が剣を持たないとでも?」
「…いや、しかし」



まだ納得しないのか。
決闘することに戸惑っている様子の彼に、だんだんと呆れてくる。


「まさか私とは勝負にならないと、そんなことを思ってらっしゃるのかしら。勘違いも甚だしい」
「なんだと?」
「あら、そういうことではなくて?私が剣を持つと思ってからその態度なら、そう思われても仕方のないことでしょう。
それとも…」


私に負けるのが、怖いのかしら?



今日は学園は休み。
そのために集まった外野が私の言葉に静まった。
それもそうだろう。今の彼の顔を見ては、話せなくもなる。

それほどまでに、彼の顔は恐ろしく歪んでいた。



「いいだろう。その歪みきった性格、矯正してやる…!」
「あらあら。では始めましょうか」




始め。




判定を頼んでいた先生の声と同時にルヴィンが飛び込んでくる。
先手必勝、よく言えたものだ。


「なっ」
「私の懐に自分から入って来てくださって、ありがとうございます!」


真っ直ぐ向かって来た剣筋を自身の剣で流し、ルヴィンの後ろに回り込む。
後ろから槍の様に剣を突き立てれば、身体を捩って避けられた。


「あら、猿の様に動き回りますのねっ?」
「やかましい!!その口をすぐに塞いでやる…!!」


しばらく剣の打ち合いが続く。

始めは騒がしかった場も、段々私たちの息遣いと剣のぶつかる音だけが響いていた。


「はぁっ!…そろそろ終わらせないとですわね」
「はぁ、はぁ、っなにを!!」



するっと剣を流して、お互い距離を開ける。
もう、持たない。

彼の息が荒いのに比べ、すぐに息を整えた私はゆっくりと剣を構える。



「参ります」



声を出すとともに駆けると、彼も同時に動き出す。




……。




「な、ぜ」
「ふふ、私の勝ちですわね」




勝者、リュイジアーナ・ロムベルグ_____




お互いの振り下ろした剣は勢いよくぶつかり、私はルヴィンの剣を強く弾いた。
弾いたことでルヴィンの手から離れた剣は投げ出され、決闘は終わった。


「…まさか…そんな…」
「私は父から直接剣を教えられていましたの。ここで負ければ我が家の名が落ちることになるので、負けるわけにはいきませんでしたわ」


信じられないと言った様子で膝をついたルヴィンにそう語りかける。
顔を伏せたままの彼の肩に手を置こうとすると、触れてもいない腕を振り払われた。



「…初めから、勝つとわかっていて決闘を申し込んだのか」
「いいえ?負けるわけにはいかないと、申したではありませんか。勝つかどうかは戦わねば分かりませんわ」
「ふん、屁理屈を」


恨めしそうに私を睨み、ゆったりと立ち上がる。



「で、言いたいことはなんだ」
「この場で申してもよろしいのですか?」
「ここで言ってはまずいことが?」



開き直って問われた言葉にいいのかと問えば、私より優位な立場に立ったと思ったのか、嘲笑う彼に思わず笑ってしまった。

まぁでも、言ってもいいのなら言いましょう。



「ルヴィン・アルベール」
「…なんだ、?!」



精一杯の、




「貴方を、お慕いしております」
「なっ!!!」




笑顔で。




淑女にあるまじき騎士の礼でルヴィンの手をとり、触れるか触れないかの程度で唇をつける。
その瞬間、取っていた手を引っ込められ、見上げると顔を気悪に染めた彼の表情があった。


「あら、ひどい顔だわ」
「だ、誰のせいだと…!!」
「ふふ、私のせいかしらね?」
「っ、婚約破棄をかけてもう一度勝負しろ!!!」
「いいえ、その必要はありません」
「なに…?」



私の唇が触れた場所を必死に服で拭く彼に、笑顔で言葉を紡ぐ。
ええ、その必要はありませんとも。



「私たちの婚約はこの決闘をもって破棄されております」
「なん、だと?」
「決闘を申し込みたいと父に申し上げた際、受けてくださればその様にと父と約束をしておりました」
「しかしそれなら!」
「はい。でも貴方はそれくらいの利がなければ決闘を受けてはくださらないでしょう?」



未だに信じられないといった彼に、淑女らしくなく声を出して笑ってしまった。
ずっと、婚約破棄をしたがっていたのに、簡単に話が進んで戸惑ってしまったのかしら?


「…そうだな。ではそのように俺も父に伝えておく」
「はい。一応お父様から話があったと思いますが、お願いします」
「…なぜ、俺を慕っているなどと言った」
「だって気付いてくださらないんだもの。こういう場の方が、信じられるでしょう?」



未だ片膝をついたまま話す私を見下ろし話すルヴィンは、ほんの少し顔を赤らめている。

…そういうところが、可愛らしくて、愛おしいのですよ。


今だって素直に自分の言葉を受け入れる彼は、冷酷だと言われる人間に相応しくないほど純粋で、純潔なものだ。


「…すぐ父に伝える」
「はい」


目を逸らさず、真っ直ぐに、見つめる。
いつも扇で顔を隠して話す私がこうして目の前で話しているのに慣れないのか、ずっと目が泳いでいた彼は気づきもしないだろう。

返事を聞いてすぐ踵を返したルヴィンに、ほっと息をつく。




…これで、もう大丈夫。




「ぐっ」




ぽた、

腹の底からせり上がってくるものが、我慢をやめた途端口から溢れ出る。

あぁ、赤い。


「っ、お嬢様!!!!!」


ルヴィンの背中が遠くに見える。
それを少し掠れ始めた視界の中に捉えていると、ずっと私の様子を見ていたエルが駆け寄ってくる。


「あぁ、あぁ、こんな…っ」
「あ、ら、エル。なにを、泣いているの」


もう膝をついて座ることもできない私の体を支えるエルに、口の中の血に邪魔をされながら問う。
ぽろぽろとエルから溢れる涙が、私の頬を伝っていく。



「すぐ、すぐに医者をっ」
「いいえ、もう、わた、くしは大丈夫です」
「なにを!!!」
「どうせ、間に、合わない」
「嫌です!!!!!!」




「…リュイジ、アーナ?」




「っ、」


聞こえてきた声に驚いて目を見開けば、去っていたと思っていたルヴィンが目の前に立っていた。


「それは、なんだ」
「…」
「なんだと聞いてる!!!!」



先程まで言葉を紡いでいた、自分の手に少し触れた小さな口から溢れ出る、尋常ではないほどの赤。
服を濡らし、地面には飛び散っている。


「あら、嫌ですわ。お見苦しいところを、」



笑う元気も残っていないが、上手くはないが頬を少しあげると、笑っているようには見えるだろう。
ふにゃり、笑みを零せば目が飛び出るほどに目を見開いたルヴィンが側に寄る。


「そんなことはどうでもいい!なぜこんなことになって、」
「罰、ですわね」
「罰?」
「っ、ふふ、貴方を、縛り付けた、罰、です、わ」



あぁ、今はこんなにも、側に居てくれる。
もう体にはほんの少しも力は入らない。
そんな状況になって、初めてこんなに近くに、愛しい彼がいる。

ほんの少しでも触れたくて手を動かそうとするけれど、指先が少し動く程度で腕は持ち上がらない。
代わりに、力を入れようとしたせいかさらに口から溢れ出てきた。


「っ、リナ!!!」
「そ、のな、まえ、何年、ぶりかしら」
「何を言って、っおいエル、早く医者を!!」
「もう呼んでおります!!」



夢を、見ているみたいだった。
昔のように愛称で呼んでくれて、エルを押しのけて私を抱えてくれている。
目を真っ赤にして、私を見つめてくれている。


「ル、ヴィ、」




あぁ、可愛い。




「なんだ?!」
「なか、なく、なったの、ね」




昔は、泣き虫だったのに。




「なんの話を、」
「す、きよ」
「リナ!!!」




愛してる。
愛してるわ、ルヴィ。




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「胃に?」
「はい」

学園に入学して一年。
ご飯をあまり食べられなくなった私に、そう医者は告げた。



「胃に、腫瘍があります」



不思議と、ストンと胸の中に落ちたその言葉は、自分の体だからか、納得がいった。
あまり拒絶はなく、やっぱりといった感想の方がしっくりとくるものだった。


「あと何年、生きられますか?」
「もって2年、でしょうな」
「そうですか」


それから一年、治療をしながら学園に通った。
寮での生活ではなかったため隠しながら通うことができたが、一年を過ぎると一気に進行したのか、学園に通えない日々が続いた。


「お父様、お願いします」
「どうしても、か」
「はい、どうしても、です」


その頃から、父には婚約破棄の話をしていた。決闘のことも、その後のことも。


「…命を、わざわざ縮める必要はあるのか」
「あら、したいことをして終わる命なら、本望ですわ」



お父様は納得がいかないような顔をしていたけど、最期の頼みだと言えば、頷かずにはいられなかった。
エルにも、お母様にも、弟にも、お医者さまにも、もちろん反対された。
でも、やめるなんて選択肢はなかった。

それが、自分の身を破滅に導いても、だ。







__________________。



リュイジアーナ・ロムベルグの葬儀は、身内のみで行われた。
成人を迎えずに亡くなったリュイジアーナを、身内の者は皆悲しんだ。
墓には、リュイジアーナの愛剣も一緒に埋められた。




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