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1 田中とご飯
しおりを挟む「んぁー、生魚、全滅……」
電気系統が切れてないとはいえ、店員たちがいなくなって約七日。刺身は既に腐り始めていた。
このままではいくら冷蔵庫が稼働していたとしても腐敗は止められないだろう。
バックヤードに入り込み大型の冷蔵庫を開けてみると、生臭い匂いとは少し違った腐敗臭が鼻を掠める。そろそろ鮮魚コーナーを徘徊するのはやめた方がよさそうだ。
干物ならばと思ったがじっくり焼いていれば彼奴らが寄ってくるし、お腹が減っているからそれほど時間もかけたくはない。海鮮系はスーパーを見つけた初日に食べとくべきだったのだ。今更後悔したところで遅いと分かっていても、脳裏に浮かんでは消える焼き魚定食が憎らしい。
一度深々とため息をつき私はそっとその場を離れ、次の目的地へと向かった。
スーパーの店内には当たり前ようにBGMが流れているが本来あるべきである人の姿はない。いたとしてもそれは既に人ならざるモノか、人だったモノ。
後者は無惨な姿で倒れ、夥しい量の血を流して絶命している。
そんな光景を見てなんとも思わなくなっている自分はおかしくなっているのだなと思いつつも、そうなってしまったのだからしょうがないとも思うのだ。
いくら私が悲しい顔をしたところで、嘆いたところでこの現実は変わる事はないのだから。
障害物を避けながら精肉コーナーへ辿り着くと、そこもまた普段嗅がないような臭いが充満している。魚よりもコーナーが大きいせいか、臭いがたまるのも早いのだろう。
私はまたしてもバックヤードへ忍び込み、冷蔵庫を物色しお目当てのものを取り出す。薄切りになっている肉よりも、ブロックになっている牛肉をと狙っていたのだ。
熟成肉というものもあるらしいし、表面がいくらか痛んでいても魚よりはましだろう。
とは言ったものもブロック肉一つでは足りないので冷凍庫も物色する。こちらにもいくつかの塊があったのであと数日は問題なく過ごせるだろう。
そういえば鮮魚コーナーの冷凍庫は見てこなかったが、もしかするとそこには腐って痛い魚があったのかもしれない。どちらにせよ解凍まで時間はかかるに違いないが、当分の食糧問題は解決だ。
私は取り出したばかりの冷凍肉と鞄の中へ仕舞い込み、今度は調味料コーナーへ。
そこで私の生活に欠かせないブツを入手する。それは私の大好物であるニンニクだ!
これさえあればどんなものでもイケる。
塩胡椒とチューブ型ニンニクをあるだけ鞄に詰め込み、最後に飲み物を数本拝借して私はスーパーを後にした。
店の外と人ならざるものが徘徊していて、それに遭遇すると面倒臭い。故になるべく隠れながら拠点に帰ったのである。
拠点に戻るときた道にバリケードを再度作り、私は紙皿とコップに本日のメインとなる牛ブロックをのせる。そして塩コショウとニンニクを刷り込み食べやすいように小さく鋏で切っておく。
一度スーパーから持ってきた水で手を洗い、新品の使い捨てのフォークを取り出した。そしていつもと同じように挨拶をする。
「イタダキマス」
ぶすりとナイフを切り分けた肉に刺し、そのまま口に運ぶ。胡椒のピリリとした辛さが舌を刺激したのちに、ニンニクのあの濃ゆい香りが少し痛んだ肉の味を誤魔化してくれる。肉が痛んでいようがなかろうが私はニンニクマシマシで食べるので、この刺激が堪らなく好きなのである。
「ウマ……」
焼いてもいない肉をくにゃりくにゃり食しながら、私は外を歩く人外である同胞の味覚を疑わずにいられない。いくら人を襲うとして、よくもまぁそのまま食べられるものだと。
魚の踊り食いならしも、人の踊り食いなんてそうそうやるものではない。一度うっかり試してしまった事はあるが、人の肉はそれほど美味しくなかったと記憶している。きっと生きている人間を襲うのが正しい行動なのかもしれないが、何故か私は皆とは少し違いこうして若干の理性を残してしまっていたのだ。
故に肉は肉でもスーパーの肉を食すのである。
「焼肉、シタイ」
随分前に家族といった焼肉に思いを寄せるも、長時間調理すれば異常察した同胞たちが押し寄せ作ったものを食われる。私が襲われる事はないが、目の前で作った料理を貪り食われるなんてもう見たくはないのだ。
モグモグと血の滴り落ちる肉を食しながら、私は望んでいなかった生活に何度目かわからないため息を落としたのである。
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