望まぬ世界で生きるには

10期

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1 始まりは唐突に

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 どうしてこうなった。

 泣き叫ぶ少女、柊美琴ヒイラギミコトを抱きしめて沢渡佳乃サワタリヨシノは今の現状を嘆いた。

 目の前にある人集りは現代社会に似つかわしくない格好と髪色をしており、まるで特撮映画か洋画の撮影に相応しい場所に二人を囲んでいた。

 肩にぽたぽた流れる少女の涙は佳乃の肩を湿らせて、そしてその泣き声につられそうになる感情を佳乃自身もぐっとこらえた。
 もしこの状況に佳乃一人だったのならば彼女も躊躇うことはなく泣き叫び、怒り狂っていただろう。
 しかしながら今この場にいるのは見知らぬ人達と、佳乃と、そして彼女より十は若いであろう柊美琴。
 その中で最年少であろう美琴を抱き締めて、佳乃は自分までもが平常心をなくしてはいけないと歯を食いしばっていたのだ。

「再度お聞きしますが、それは間違えではないのですね? ここは異なる世界で、私たちを呼んだのは貴方達で、それで帰る術は不明だと?」
「正確に言えば我々が読んだのはそこで泣いている少女であり貴女ではないのだが、あらがち間違ってはいないだろう。 謝罪を述べよう」

 謝罪を述べようと言い頭を下げる見知らぬ男に不信感を抱きながら、御免なさいもすみませんも、申し訳ありませんも言わない謝罪がどこにあると突っかかりそうにもなるが、その男を囲む人々も順に佳乃達に頭を下げ、そんな事を言える雰囲気ではない。
 そして何より美琴と違い佳乃は彼らに呼ばれたわけでもなく、彼方からしてもイレギュラーな存在にすぎず、今はまだ帰れる術がないとそう言われてしまった以上、この世界で佳乃が生きていくには呼び出した彼らには向かう事は良しとしないだろう。

 彼らにこちらに呼ばれた美琴ならしも勝手についてきた、もしくは紛れ込んできたと人間だと佳乃が認識されてしまえば、この右も左もわからない世界で生きていくのは難しい。
 ならばどんなに彼らに怒りを抱いても理不尽を感じても、ここは黙るしか佳乃には許されていない。

「ここにいては聖女様のお身体がお冷えになられます。 場所を移動しましょう。 さぁ、お手を」
「いやっ! 触んないでよ!」

 あくまで聖女である美琴だけを気にした男はしなやかな腕を彼女へ伸ばし、そして呆気なくもその手を振り払われた。
 佳乃の肩の上で鼻を啜りながらもきりりとした厳しい視線を男へ向け、震える身体を佳乃に押し当て恐怖を打ち消そうとする。
 そんな美琴の震える背を佳乃は撫で、そしてその男に同意するように身体を動かした。

「取り敢えずここは寒いし、移動はしようか。 美琴ちゃん、でいいんだっけ? 手、繋いでるから、私も一緒にいるから、いこ?」

 安心してとは口が裂けても言えないが石造りのこの場所はとても寒い。恐怖で体から震えてるのはたしかだが、寒さから震えている部分もあるだろう。
 佳乃の言葉に頷いた美琴は涙を拭きながら佳乃の腕を掴み、そして佳乃は自分を睨みつける男を同じく睨み返す。

 男としては佳乃の立場に自分がいたかったに違いない。
 何せ美琴はこの国を世界を救う聖女様、らしいのだから。

「私を睨むのは勝手ですが、普通、誘拐した人の手なんて取りたくないですよ、誰もね」
「ーー誘拐なんてしていない! 私たちはただ……」
「貴方方がなんて言おうが、私やこの子にとってあんたらは誘拐犯なんですよ。 理由がどうであれ、嫌われるのは当たり前でしょ?」

 お気楽主義者かただの馬鹿かは知らないが、自分にとっての正義が他人にとっての正義が同じとは限らない。
 それくらいの嫌味ぐらいなら言ってもいいだろうと佳乃は周りの人達をぐるりと睨みつけ、そして己の手に、美琴と繋いだ手に、ぎゅっと力を込めた。

 何がどうしてこうなったかなんて、考えたって思い出したって理解不能で。
 どう行動していれば回避できたかも分からない。
 ただ分かる事は此処は日本とも、地球とも違った異界の地である事。
 この地に呼ばれたのは柊美琴である事。

 そして佳乃はただ、不運にも巻き込まれてしまったということだけだった。




 石畳みの長い廊下を抜け、大きな扉が開かれる。
 ザワザワと木々の葉を揺らす風は冷気を帯び、触れた肌に寒さを感じた。
 頭上には嫌らしく笑う口元のように弧を描いた三日月が浮かび、吐き出した息はふわふわと白くなって空へと上る。
 その情景に、その肌寒さに、佳乃はもう一度歯を食いしばり涙を堪えた。


 佳乃が過ごしていた今日は五月十四日。
 ゴールデンウィークも終わり、夏のはじめののような陽射しの熱い火曜日のはずだった。
 時にして夕暮れ前のまだ明るい時間帯で、月が出ている時間でも、息が白く染まるほど気温が下がる事のないいつも通りの"今日"だった。

 それなのに、それなのに。

 嗚呼、現実はいつだって無慈悲だ。

 見上げた月はニヤリと笑い、認めたくもない現実を、肌に感じる現実を。
 どうしようもなく佳乃に押し付けただけであった。




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