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下衆
しおりを挟む私の目の前にある光景は、絶対に子供には見せちゃいけないものだとはっきりと理解している。
唖然とした顔をしたおっさん達は汚らしい下半身をおっぴろげ、お粗末なものをぶら下げている。
中にはそりたった者もいるが、この際どうでもいい。
室内の匂いも窓がない分換気されてないようでイカ臭く、鼻をつまんでいいものならつまみたいものだ。
「リズっ! 見るんじゃないっ!」
「見たくて見たんじゃないですぅ。 なんで好き好んでこんなゲスい状況見なきゃならんのですか」
私の目を必死に隠そうとするスヴェンの手を払いのけ、ぐるりと室内を見渡せばそこには私の探してた耳の長い亜人が五人、奴隷であろう人間は三人。ぶら下げてる男が八人。
性別は両方いるが奴隷がされていた事は同じだろうし、男達がしていたことは穴に棒を突っ込む行為であろう。
ゲスい想像をしていたが、本当にゲスかったとは。
「えーと、その亜人が欲しいんで引き渡してもらえます? あとこれで全員じゃないですよね? 残りは何処に?」
冷めた目で必死に腰を振っていただろう男に声をかけると、男は急いで亜人から身を離し下半身を必死に隠す。
お前のブツなんか興味ないんだよと舌打ちをすると、顔を赤くしながら声を荒げた。
「お前らなんなんだ! ここはロレンツァー様の許可がなければ入れない筈だっ! どうなるか分かってるのか!?」
「は? ロレンツァー? いや、ここに責任者の領主様いるし。 ロレンツァーとか雑魚いのより偉いんですけどぉ? そして私はその客ですけどぉ? 馬鹿なの? 阿呆なの? 下衆なの? あ、ただの下衆か。 自分より下等な亜人に腰打ち付けて楽しんでるんだし、下衆じゃなけりゃ屑か」
「な、なっ!」
口をパクパクとさせてる男に近づき、ぺっと唾を吐きかける。
このさいこの男が貴族だろうが使用人だろうが、ひいては奴隷であったとしてどうでもいい。
自分より下等だと主張している生物を犯しているのだから、悪趣味として捉えてもいいだろう。
「領主様、ここでは亜人で性欲を発散するのも当たり前なのでしょうか? 言ってしまえばそこらへんに生息してる動物を犯して楽しんでるのと同じだと思うのですが、見た目が人に近いと欲情しちゃうものですか? 私にはわかりかねます」
どうなんです? と首を傾げてみれば、領主は男達を蔑みながら私にも理解できないと答えた。
「貴公らはロレンツァーの手のものと考えて良いのだな? 私はこのような行為が行われているとは聞いてないぞ。 まぁ知っていたとしても容認し難い行為だ。 娼婦を呼ぶならまだしも亜人を相手にするなどとーー」
私の知る領主ははっきり言って亜人をモノ扱いする人物だ。
いくら言葉を発しようと人に似てようと、亜人と人間できっちり差別してる人間至上主義ともいえる。
じゃなきゃ手足欠損した亜人や舌を抜いた亜人を私に寄越さないだろう。現にこの前用意された亜人は不良品のようだし、領主に用意してもらったシャンタル達はいつでも殺せるように奴隷用の首輪をつけられている。
そんな領主からすればその下等生物とされる生き物を好き好んで犯すなど、気色悪い行為にしか見えていないだろう。
吐き気がすると呟いた領主に同感だと頷き、私もゴミを見るような目でその場にいる男達を蔑んだ。
「あのぉ、さっさとその粗末なものしまってくれません? 見せびらかして興奮する変態行為なら他所でやってくださいよ。 あ、人の奴隷は連れてって違う場所で続きをしても構いませんよ、興味ないので」
塞いでいた出入り口が見えるように体を避けてやれば、領主を見て真っ先に逃げていくのが五人。私達を憎々しく見ているのが三人。
「領主だがなんだかしらねぇが、オレ達はこいつらを自由にする事を許されてんだ! お前らが出てけ!」
「いやだから、そっちの人間はどうぞお好きにしてくださいって。 私が欲しいのはア・ジ・ン! 亜人さえくれれば好きにすりゃあいいって!」
と、それだけ言うと何故が人間の奴隷達は縋るように私をじぃっと見つめてくる。
その目には助けてくれと言っているようだが、ぶっちゃけ人には興味ない。
「借金奴隷やら犯罪奴隷ならどう扱おうが私には関係ない。 あんたらの中の"身分差"で好きにすればいい。 でも亜人は違うの。 亜人は犯罪も借金もない私に釣り合う"まとも"な奴隷なの! だからそいつら連れてどっかいって!」
しっしっと犬を蹴散らすような行動をすれば残りの男は奴隷を連れて私の横を通っていく。勿論睨みを利かすのは忘れないが、後ろに控えているスヴェンとカールをみるとそそくさと階段を駆け上がっていった。
私は邪魔者が全て排除されたのを確認すると領主に向き合い、残りの亜人を見つけてくださいと頭を下げる。
「私がすれ違った亜人は五人以上いたと思います。 多分どこかに同じ状況の亜人がいるはず。 私が見つけても女で子供で平民だし、相手にされないと思うので領主様が探して引き取りに行ってください。 勿論見つけた亜人は全部引き取らせていただきます。 それと今回は大量に頂いたので、まともな亜人が手に入るようになるまでは亜人がいなくても取引に応じたいと思っていますが、よろしいでしょうか?」
「……嗚呼、それで構わない。 見苦しいものを見せてしまって申し訳ないな。 しかし人の奴隷は本当にいいのか? "今"なら貴公に従う人の奴隷もいるだろうに」
「人なんてもらっても使えませんから。 それに先ほども言った通り、犯罪奴隷借金奴隷ほど信じられないものはいません」
要らないとはっきりとした態度で示せば、領主は分かったと頷き階段を上っていく。
残されたのは私とスヴェンとカールの三人で、このどうしようもない状況に呆れながら亜人達を縛る縄を解いていく。
自由になった亜人には先程の奴隷達のような縋り付く視線はなく、ただ無表情にこちらを見ているだけ。
ここに入る前に聞こえてきた苦痛の声はどうやら"人"の声だったようだ。
「カールさん、先にある戻って馬車をここの前まで運んでもらっていいですか? あっちの乗せきれなかった亜人は領主様の馬車に乗せますので」
「ーー分かった」
一旦カールをこの場から遠ざけ、私はスヴェンに向き合う。スヴェンもスヴェンで手を止めて私を見つめると、いつも通り呆れたように頭を掻いた。
「お前にこんなもん見せたっておやっさんにバレたらどやされる。 そんときゃ俺を庇えよ?」
「分かってるって! んでさ、物は相談なのだけどスヴェンからみてカールさん達って信用出来る? 出来ない? こんなにいっぱい奪い取る気無かったんだけど、もう後戻りできないし。 スヴェンが信用してならほんの少しならバレても問題ないかなと」
ハウシュタットから家までは馬車で二週間はかかる。流石にこの人数じゃこっそりと全員庭に置いてからバレずに移動、なんてできやしない。カール達も薄々は何かがおかしいと気付いてはいそうだけど、今回ばかりは嘘をつき通すのは無理がありそうだ。
「俺は平気だと思うぜ。 リズがしらねぇだけでおやっさんとも上手くやってるしな。 もし心配なら全部話さなきゃいい。 それに万が一があったら、俺がなんとかする」
「ーーなんとかって」
「言わなくても分かんだろ? そういうこった」
スヴェンは私が自分主義で家族贔屓なのを知っている。理解している。
だからこの"なんとか"の意味はよくない意味だ。
多分"始末"してやるという意味だ。
カールもティモもクヌートも、年の割にガタイはいい。スヴェンとまともにやりあえるくらいの体力はある。
でもきっと、昔から私の側にいて料理を食べているスヴェンに三人は敵わない。
だから、スヴェンは手を下せる。
「そうならないことを祈るよ」
「嗚呼、俺もだ」
案外面倒な事になったと二人でため息をつき、地上へ向かう階段を亜人を引きずって上っていく。
ありがたい事に既に馬車は到着済みで、私はスヴェンに向かって頷くと庭の中へと足を運んだのである。
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