神抱く初恋の味

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

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初恋

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 私は19歳、普通の大学生の男子。
 普通のごく一般的な家庭に生まれ、普通に育ち、ごく普通の人生を送っている大学二年生だ。
 表面的には………ね。
 私は前世の記憶を持っている……いや、前世だけではない。
 その前も、その前も、更にその前に生きた人生の記憶も持っている………。
 なぜなら私の魂が神のそれだからだ。
 私はとあるミスを犯し地上に生きる人間でいう所の数百年前に、罰として兄弟神によって神の地位を追われて天界から堕とされた。
 その後に人間や猫や熊へと、何度か様々な地上の民へと転生を繰り返したのだが魂そのものが地上のどの民らとも違うので、神の時から今までの転生してきた全ての人生の時間の記憶が消えずにずっと残っている。

「私はいつになったら罪を許され、天界へと戻ることができるのだろうか……。」

 何度転生しても、それを考えない日はない。
 神にとってはあっという間でも、地上の民にとっては永遠ともとれるほど長い年月が私の魂を疲弊させて苦しめてゆく……。

「神のままであったならば一生涯味わう事がない、この魂の疲弊こそが私に与えられた罰……。」

 それは分かっている、充分すぎるほどに。
 ところがそんな退屈な日々を送る中で、最近胸躍る出来事があった。

「よぉ! タケル。今日提出のレポート、やってきたか?」

「あっ、うん……。」

 この朝からハイテンションで私の肩をバシッと叩いて挨拶をしてきた、同じく19歳の男がヒロキ。

「あの准教、レポート提出ばっかりさせやがって。やってらんねーよなぁ。」

「ヒロ……。また目の下にクマ、できてるよ。」

「ハハッ! 今週はバイトとかで忙しくてなかなか大変でな。昨日の夜から徹夜してやっとできたところなんだよ。」

 そう言って私に歯を見せてニカッと笑う無邪気な顔に、私は胸がキュンと切なくなるのを感じた。
 今は何でもない同じ大学に通う友人関係のヒロキ……。
 だけどもその魂は何度目か前の人生で幾度も幾度も逢瀬を重ね、何十回と熱い夜を過ごしてきたかつての恋人なのである。
 今と同じで人間の男同士ではあったのだが、今と違ってあの時代は男同士の恋愛に寛容であった。
 だからこそもっと気軽に我が身から溢れゆく愛を打ち明け、2人きりになれる夜という甘い時間に身を賭して愛を語り合う事も許されていたのだが………今はただただ苦しい。

「んっ? どうした?」

 この苦しい胸の内を隠そうと俯いていると、心配そうにヒロキが私の顔を下から覗き込んできた。

「あっ、いや……。別に、なんでもない……。」

 それだけ言って急いで顔を逸らすが、バレてはいないだろうか……?
 どうしても過去から引きずるこの思いから、ヒロキに直視されると毎度顔が赤くなってしまう。
 魂は同じでも、前世の記憶を持たないヒロキには私の態度は不思議でしょうがないだろう。
 この今の人生のおいて、何度思いを告げたいと思ったことであろうか……。
 でもどうしても気が重くなり、口をつぐんでしまう。
 どうしてかと言えば現代社会では男同士の恋愛はマイナーで、昔の様に好意的なものとしては受け取られなかったりする場合も多くあるからだ……。
 その為にバレたら怖いと身がすくみ、拒絶されて今の穏やかな関係さえ崩れ落ちてしまいやしないかと心配してしまい怖くなる。

 私の正体は神であり、何度地上の民へと姿かたちを変えようとも本質はそこから微塵たりとも変わらぬもの。
 故に地上の民らの様に特定の誰かを贔屓して愛することはできず、万物に対して公平に全てを受け入れて愛してしまうのだ………った。

 それが何故なんだ?

「ありえない」と、ただその一言に尽きる思いを私が覚えてしまったのは………。
 そうして神の身では知り得ず抱き得なかった、甘美なまでの芳醇たる蜜の滴る『恋愛』に溺れてしまった苦しみは、天界帰還への願いさえ私の頭の中から消し去ることを選ぼうとさせる。
 転生して再会した今も、前世の時の様にヒロキと顔を合わせればその唇に目を奪われ、自らの唇を重ねて愛を囁きたいという欲望に駆られゆく……。
 前世で恋人になった時からずっと、ヒロキだけにしか抱いたことのない気持ち。
 この切なき『恋愛』というものを知る事こそが、私に科された最も重き罰なのだろう………。
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