悪意しかない王命結婚、確かに承りました。

ミズメ

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「これでようやく揃いましたわね。では始めましょう」

 王妃の艶やかな声が響き渡る。合図を受け、給仕の侍女たちが一斉に銀盆を運び始めた。

(あら、そういうことですの)

 アメリアは優雅に歩を進めながら、胸の奥で小さく笑みを深める。約束の時刻より早く着くように出立したはずなのに、最後の到着者になってしまったらしい。

 伝えられていた時刻が、最初から違っていたのだろう。

「さあアメリア嬢、お座りになって。色々と大変ですもの、準備が遅れても仕方ありませんわ。わたくしは責めたりしません」

 慈悲深い言葉を王妃が述べる。

 嫌がらせとしては稚拙だが、王妃自らの采配となれば周囲も口を挟めない。アメリアが遅れてきたように見せるつもりだ。

 しかしアメリアは眉ひとつ動かさず、薔薇色のドレスの裾をふわりと広げて一礼した。

「わざわざお待ちいただいていたのですね。わたくしのためにありがとうございます」
「……っ、いいのよ」

 反対にわざわざアメリアが来るまで待ってくれていたことに御礼を述べれば、王妃は笑顔で返してきた。口元がピクピクしている気がする。

(嫌がらせにかける意気込みがすごいわ。もっと建設的なことに時間をお使いになればいいのに)

 そう胸の内で呟きながら、アメリアは淑やかに椅子へと腰を下ろした。

「まあ、アメリア様ったらようやくいらしたのね」

 すぐさまクラリッサの声が追いかけてくる。緑のドレスに身を包んだ彼女は、扇で口元を隠しながら目を細めた。

「第二王子殿下の婚約者ともあろう方が、皆をお待たせするなんて。少しばかり余裕が過ぎるのではなくて? もしかして、起こしてくれる使用人がもういないのかしら」

 これは直接的な言葉だ。
 クラリッサの嘲笑に合わせて周囲の令嬢たちがくすりと笑い、視線を交わし合う。

「クラリッサ嬢、おやめなさい? アメリア嬢だって大変ですのよ。あんなことがあって……ねえ」

 さほど咎める気がないような声色で、王妃がクラリッサにそう告げる。

「いえ、王妃殿下はお優しいのでお許しになるかもしれませんが、遅刻はよくありませんわ!」
「そうですわ」
「王妃殿下とクラリッサ様に対して無礼だわ」

 クラリッサに同調するように、周囲の令嬢たちもアメリアに言葉を投げてくる。伯爵令嬢に子爵令嬢。クラリッサの取り巻き――ではなくて、ご友人たちだ。

(なにか台本でもあるのかしら。舞台を見ているようだわ)

 背後に控えるロザリーが、今にもテーブルクロスを引き剥がしかねない勢いでワナワナと震えている気配が伝わってくる。アメリアはちらりと視線をやり、暴力沙汰にならぬよう、あえてことさら柔らかく微笑んだ。

「そうですか。では皆様をご不快にしてしまいましたし、わたくしはこの辺りで退席させていただこうかしら」

 小首をかしげ、しゅんと眉を下げる。呼ばれたから来たのに、来たら来たで遅刻と責められるのは実に面倒だ。
 どうせ自分はリュストア公爵夫人となる身。ここで彼女たちのご機嫌を伺う義理など、もうどこにもない。

(あら、そう考えると、とても気が楽ですわね)

 さらりと告げられた言葉に、令嬢たちの笑みが一瞬止まった。クラリッサの眉がわずかに引きつり、王妃の紅の唇が意味深に吊り上がる。

 ――退席を許すわけがない。

「いいえ、いいのよ、アメリア嬢」

 王妃は憮然とした顔をしながら、扇を軽く振った。

「せっかくお呼びしたのですもの。おかけになって。ここからが本題ですわ」

 空気がぴたりと張り詰める。王妃の声には、退路を断つような冷たさが宿っていた。

 アメリアは目をゆっくり瞬かせ、ドレスの裾を整えて再び椅子に腰を下ろした。おっとりとした笑みは微動だにしない。

 それぞれのカップに紅茶が注がれてゆき、卓上には花形の砂糖菓子や色とりどりの焼き菓子が並べられる。けれど、甘やかな香りに包まれていても、空気の温度は一向に上がらない。

「そういえば、ユリシス殿下が臣籍降下なさると聞いたときには、わたくしも驚きましたわ」

 王妃は扇をゆるりと動かしながら、楽しげに笑った。

「まさか、婚約発表からわずか数日のこと。アメリア嬢、あなたもさぞ目まぐるしかったでしょうねえ」

 柔らかく響くその声音に、会釈して返す。だが瞳の奥には冷たい光が宿っている。

「はい。確かに慌ただしい日々でございますが……殿下のご決断は領地と人々のため。わたくしも見習わなければと思っておりますの」

 穏やかな返答に、一瞬だけ周囲が息を呑む。だが王妃の隣に座るクラリッサが、すぐさまその間隙を埋めた。

「さすがはアメリア様ですわね。没落寸前のところで呪われた王子に嫁入りが決まっても、そうやって強がりを仰せになるところは。ふふ、とてもお似合いでございますわ」

 クラリッサの緑のドレスが陽光を反射し、散りばめられた宝石がきらめきを放つ。勝ち誇った笑みの奥には、これまでアメリアと比べられ続けてきた鬱屈を、ようやく晴らすことができるという歪んだ喜びが滲んでいた。

「わたし、呪いだなんてこわいです~」
「私がそんな結婚を命じられたら、いたたまれなくて外に出られませんわ」
「ええ、本当に」

 周囲の令嬢たちもその嘲笑に合わせるように、ちらちらとアメリアを見やる。

 けれどアメリアはおっとりと紅の瞳を細め、ふんわりと微笑んだ。

「そうですわね。没落寸前のわたくしを受け入れてくださるユリシス殿下の御心には、本当に感謝しておりますの。これからは、殿下の力になれるよう、精一杯お支えしていきたいと思っております」

「な……」

 クラリッサの笑みがわずかに固まる。
 アメリアはすかさず扇を軽く傾け、何気ない調子で続けた。

「クラリッサ様のお父様は事業が順調で、社交界でもいつも話題にのぼりますわね。羨ましいかぎりです。わたくしの父はどうも事業には向いていなくて……ふふ、毎度のことながら胃が痛い思いをしておりますのよ」

 柔らかな声音に棘はない。けれど、誰もが知る「ベルモント家の権勢」と「グランディール家の失敗」が同列に並べられた瞬間、場の空気が微妙に揺らいだ。

 クラリッサの頬がぴくりと引きつり、手にした扇が音を立てて閉じられる。他の令嬢たちも何かあげつらおうと思っていた所だろうが、残念ながら没落寸前の件についてはアメリアが先に言ってしまった。

 堂々としていたら大丈夫よ、と母が胸を張って言っていたことを思い出す。全てを受け入れているアメリアには言葉遊びは通用しない。

「ユリシス殿下にご迷惑をおかけしないか、それだけが心配ですの」

 アメリアは頬に手をあてて首を傾げる。

 何も知らないこの令嬢たちが、ユリシスの事を悪し様に言うのにも腹が立った。アメリアがちゃんと会話をしたのはあの薔薇園での時だったけれど、彼は誠実で、アメリアに気を遣ってくれていた。
 「呪い」という言葉を安易に使って、無邪気に傷付ける人たちがいることが信じられない。

(今さら、お父様のダメダメっぷりを隠すこともありませんものね)

 そう考えていると、紅茶の準備のために侍女が近くにやってきた。アメリアの番だ。
 アメリアの前に差し出されたカップに、ふと違和感を覚える。

 表面に浮かぶ紅茶の中で、黒い影が小さく蠢いた。

(……まあ)

 それは、茶葉に紛れ込むには大きすぎる。明らかに意図して入れられた、小さな虫だった。

「アメリア様、どうなさいましたの?」

 クラリッサがわざとらしく首を傾げる。

「お口に合わなくて?」

 白々しい王妃の顔を見て、アメリアはにっこりと微笑んだ。カップを軽く持ち上げると、そのまま王妃の方へと差し出す。

「王妃殿下。ご覧くださいませ。今日は珍しいお客様まで一緒に招かれているようですわ」
「きゃあ!」

 紅茶の表面で足をばたつかせる虫が、王妃の鋭い視線に晒される。
 周囲の令嬢たちから小さな悲鳴が洩れ、扇を取り落とす者までいた。

「はやく、はやく下げなさい!」

 王妃は扇を勢いよく閉じ、隣に控える侍女へと苛立ちを隠さず命じた。
 その声音には平静を装おうとする気品があるものの、わずかに震える声色が焦燥を物語っている。

「は、はい、ただいま!」
「そのカップはもう廃棄してちょうだい!」

 侍女が慌ただしくカップを下げていくのを、アメリアは目を細めて見送る。

 庭園に漂う張り詰めた空気を和らげるように、彼女はおっとりと微笑みを浮かべる。

「きっと、この庭園の花々に惹かれて迷い込んだのでしょうね。さすがは王妃様のお庭ですわ。人だけでなく、小さな生き物までも魅了してしまうなんて」

 さらりとした一言に、令嬢たちの間に小さなざわめきが広がる。嘲笑の矛先が消え、視線が互いに揺れ動いた。

「……っ」

 さらりと口にしたその一言に、王妃の目元がぴくりと揺れた。
 誉め言葉のかたちを取りながらも、皮肉を含ませて返す――それは、アメリアが常に貴族社会で生き抜くために磨いてきた技だ。

(王妃殿下には色々とお勉強させていただきましたものね)

 結局その後は誰も彼女にあからさまな嫌味を向けることはなく、茶会は表向き平穏に進んでいった。

 その落ち着き払った姿は、呪われた王子の婚約者というより、どこまでも揺るがぬ令嬢という印象を周囲に残すことになった。

 そして茶会を終えて馬車に乗り込むと、拳を握りしめた侍女のロザリーから「やっぱりお嬢様こそが一番でございます!」と鼻息荒く告げられたのだった。
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