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24 町にて
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昼下がりの陽光が、通りの石畳をやわらかく照らしていた。
昼の市場は賑わいのピークを迎え、行商人の声や焼き菓子の甘い香りが風に乗って流れてくる。
フィオレッタも何度か足を運んだことがあるが、市場は活気にあふれていてとても楽しい。
そんな喧噪の中を、フィオレッタたちは宿屋へと向かっていた。
ティナはすっかり上機嫌で、ヴェルフリートとフィオレッタの両手を交互に握りながら歩く。
「おねえちゃま、ここがパンのいいにおいがする道だよ!」
「ティナも食べたことがあるの?」
「うん、おかあさまとっ!」
にこにこと笑っているティナに、フィオレッタは勝手に切なくなってしまう。
ヴェルフリートと目線が合ってしまい、お互いにそっと遠くを見るしかない。
やがて、通りの角に見覚えのある木造の宿屋が見えてきた。
白い壁に深緑の屋根、窓辺にはマルタが育てた花が咲き誇っている。
「では、入りますね」
フィオレッタが扉を押すと、木製の看板が軋むように揺れた。
カラン、と小さな鈴の音が鳴る。
「いらっしゃ――あらまあ! フィオちゃん!」
カウンターの奥から、マルタが目を丸くして飛び出してきた。
エプロンの端で手を拭いながら、信じられないものを見たような表情で駆け寄ってくる。
「クラウスさんから聞いたわよ、領主様のお屋敷にお世話になることになったって!」
「はい……いろいろと、ご縁がありまして。マルタさんとヨエルさんにはとてもお世話になったので、直接お礼を伝えたくて来ました」
「まあまあ、優しい子だねえ。本当に……」
マルタは感心したようにうなずきながら、ふと目を細めた。
「まったく、あんたみたいに気立てのいい子を手放すなんて、貴族ってやつはほんと――」
そこまで言って、マルタの言葉がぴたりと止まった。
口を半開きにしたまま、彼女の視線がフィオレッタの背後へと吸い寄せられる。
そこには、ヴェルフリートが立っていた。腕にはティナを抱っこしている。
昼下がりの陽光を背に受けたその姿は、鋭くも静かな気配を放っている……のだが、なにぶん幼女を抱いているので、なんともちぐはぐではある。
「ヴェルフリート様じゃないですか! それにヴァルティーナ様まで」
マルタが慌てて声を張り上げると、ヨエルが厨房から顔をのぞかせた。
「ん? おいマルタ、そんな大声……って、おっ! 領主様じゃねえか!」
「だから言ったでしょ、すごいのって!」
慌てて布巾で手を拭きながら、ヨエルはどたどたとカウンターの外へ出てきた。
ティナが抱かれたままぱっと顔を上げる。
「おお、ティナもおおきくなったなぁ、いや、こないだも会ったか!」
「ふふっ」
ティナはうれしそうに笑い、ヴェルフリートの腕の中でもぞもぞと動く。
(ヴァルティーナというのはティナのことなのかしら)
勝手にティナが名前だと思っていたが、どうやら愛称だったようだ。
「いやはや、領主様がお越しになるなんて夢にも思わなかったわ。フィオちゃん、ヴェルフリート様はいい人だからね、安心してお城仕えしてね」
マルタは人のいい笑顔を浮かべている。そこでふと気がついた。もしかしたら、昨日のクラウスの説明では詳細が伝わっていなかったのではと思い直す。
訂正するべきか悩んでいるところに、割って入ったのはヴェルフリートだった。
「使用人ではない」
「え?」
マルタがぽかんと口を開けると、ヴェルフリートは短く言葉を継いだ。
「彼女には、辺境伯夫人となってもらうつもりだ」
「ええええええええ!?」
マルタの目が大きく見開かれ、手に持っていた布巾が床に落ちる。
あんぐりと口を開けたまま、ヴェルフリートとフィオレッタを交互に見比べ――言葉が出てこない。
「そ、そんな……フィオちゃんが……お、奥様っ!?」
「え、ええと……その、事情がありまして」
フィオレッタは慌てて両手を振るが、顔がみるみる赤くなる。
ティナはというと、ヴェルフリートの腕の中で誇らしげに胸を張った。
「フィオおねえちゃま、おじちゃまのおくさん!」
言葉を探して視線を泳がせたあと、マルタは深呼吸をひとつして、無理やり笑顔を取り戻す。
「ま、まあ、領主様のご判断なら間違いないでしょうね。フィオちゃん、ほんとに……よかったねえ……!」
その声には驚きと喜びが入り混じっていたが、最後はフィオレッタに優しい言葉を投げかけてくれた。王都から追放されたことを知っているのはこの夫婦だけだ。
ふたりがこれほど喜んでくれているということは、本当にヴェルフリートは誠実な領主なのだろう。そしてそれは、前の辺境伯夫妻も同じだったに違いない。
「マルタさん、その節は本当にありがとうございました。私……あのとき助けていただけなかったら、きっとどうなっていたかわかりません」
「もう、いいのよ。こうして元気そうな顔を見せてくれて、それだけで十分。でもほら、またいつでも食べにおいでね!」
マルタが優しく笑う。
ヴェルフリートはそんな二人を静かに見守りながら、ティナの髪を撫でていた。
ちょうどそのとき、外からばたばたと足音が近づいてくる。
扉が開くなり、陽の光の中から二人の小さな影が飛び込んできた。
「フィオお姉ちゃん!」
「フィオ! どういうことだよ!」
宿屋の双子――トールとニコルだった。
昼の市場は賑わいのピークを迎え、行商人の声や焼き菓子の甘い香りが風に乗って流れてくる。
フィオレッタも何度か足を運んだことがあるが、市場は活気にあふれていてとても楽しい。
そんな喧噪の中を、フィオレッタたちは宿屋へと向かっていた。
ティナはすっかり上機嫌で、ヴェルフリートとフィオレッタの両手を交互に握りながら歩く。
「おねえちゃま、ここがパンのいいにおいがする道だよ!」
「ティナも食べたことがあるの?」
「うん、おかあさまとっ!」
にこにこと笑っているティナに、フィオレッタは勝手に切なくなってしまう。
ヴェルフリートと目線が合ってしまい、お互いにそっと遠くを見るしかない。
やがて、通りの角に見覚えのある木造の宿屋が見えてきた。
白い壁に深緑の屋根、窓辺にはマルタが育てた花が咲き誇っている。
「では、入りますね」
フィオレッタが扉を押すと、木製の看板が軋むように揺れた。
カラン、と小さな鈴の音が鳴る。
「いらっしゃ――あらまあ! フィオちゃん!」
カウンターの奥から、マルタが目を丸くして飛び出してきた。
エプロンの端で手を拭いながら、信じられないものを見たような表情で駆け寄ってくる。
「クラウスさんから聞いたわよ、領主様のお屋敷にお世話になることになったって!」
「はい……いろいろと、ご縁がありまして。マルタさんとヨエルさんにはとてもお世話になったので、直接お礼を伝えたくて来ました」
「まあまあ、優しい子だねえ。本当に……」
マルタは感心したようにうなずきながら、ふと目を細めた。
「まったく、あんたみたいに気立てのいい子を手放すなんて、貴族ってやつはほんと――」
そこまで言って、マルタの言葉がぴたりと止まった。
口を半開きにしたまま、彼女の視線がフィオレッタの背後へと吸い寄せられる。
そこには、ヴェルフリートが立っていた。腕にはティナを抱っこしている。
昼下がりの陽光を背に受けたその姿は、鋭くも静かな気配を放っている……のだが、なにぶん幼女を抱いているので、なんともちぐはぐではある。
「ヴェルフリート様じゃないですか! それにヴァルティーナ様まで」
マルタが慌てて声を張り上げると、ヨエルが厨房から顔をのぞかせた。
「ん? おいマルタ、そんな大声……って、おっ! 領主様じゃねえか!」
「だから言ったでしょ、すごいのって!」
慌てて布巾で手を拭きながら、ヨエルはどたどたとカウンターの外へ出てきた。
ティナが抱かれたままぱっと顔を上げる。
「おお、ティナもおおきくなったなぁ、いや、こないだも会ったか!」
「ふふっ」
ティナはうれしそうに笑い、ヴェルフリートの腕の中でもぞもぞと動く。
(ヴァルティーナというのはティナのことなのかしら)
勝手にティナが名前だと思っていたが、どうやら愛称だったようだ。
「いやはや、領主様がお越しになるなんて夢にも思わなかったわ。フィオちゃん、ヴェルフリート様はいい人だからね、安心してお城仕えしてね」
マルタは人のいい笑顔を浮かべている。そこでふと気がついた。もしかしたら、昨日のクラウスの説明では詳細が伝わっていなかったのではと思い直す。
訂正するべきか悩んでいるところに、割って入ったのはヴェルフリートだった。
「使用人ではない」
「え?」
マルタがぽかんと口を開けると、ヴェルフリートは短く言葉を継いだ。
「彼女には、辺境伯夫人となってもらうつもりだ」
「ええええええええ!?」
マルタの目が大きく見開かれ、手に持っていた布巾が床に落ちる。
あんぐりと口を開けたまま、ヴェルフリートとフィオレッタを交互に見比べ――言葉が出てこない。
「そ、そんな……フィオちゃんが……お、奥様っ!?」
「え、ええと……その、事情がありまして」
フィオレッタは慌てて両手を振るが、顔がみるみる赤くなる。
ティナはというと、ヴェルフリートの腕の中で誇らしげに胸を張った。
「フィオおねえちゃま、おじちゃまのおくさん!」
言葉を探して視線を泳がせたあと、マルタは深呼吸をひとつして、無理やり笑顔を取り戻す。
「ま、まあ、領主様のご判断なら間違いないでしょうね。フィオちゃん、ほんとに……よかったねえ……!」
その声には驚きと喜びが入り混じっていたが、最後はフィオレッタに優しい言葉を投げかけてくれた。王都から追放されたことを知っているのはこの夫婦だけだ。
ふたりがこれほど喜んでくれているということは、本当にヴェルフリートは誠実な領主なのだろう。そしてそれは、前の辺境伯夫妻も同じだったに違いない。
「マルタさん、その節は本当にありがとうございました。私……あのとき助けていただけなかったら、きっとどうなっていたかわかりません」
「もう、いいのよ。こうして元気そうな顔を見せてくれて、それだけで十分。でもほら、またいつでも食べにおいでね!」
マルタが優しく笑う。
ヴェルフリートはそんな二人を静かに見守りながら、ティナの髪を撫でていた。
ちょうどそのとき、外からばたばたと足音が近づいてくる。
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「フィオお姉ちゃん!」
「フィオ! どういうことだよ!」
宿屋の双子――トールとニコルだった。
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