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34 帰城
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それからまた二日が経った。
朝の光が柔らかく差し込むこども部屋の一角でフィオレッタが針仕事をしていたそのとき。
廊下の向こうから、急ぎ足の靴音が近づいてきた。
「奥様! 領主様が城下町へ入られたとの報せが!」
メイドのひとりが扉を開けながら告げた瞬間、フィオレッタは椅子から勢いよく立ち上がっていた。
(ヴェルフリート様が、帰ってきた)
胸の奥がふわりと跳ねる。
エルグランドでは昔から、領主が城下町に入った時点で報せが城へ届く仕組みになっている。馬を走らせた伝令が合図の旗を掲げ、それを城門の見張りが受け取り、次に城内へと即座に伝える——古いが無駄のない体制だ。
その知らせを聞くだけで、フィオレッタの心は一気にざわめいた。
ヘルマが微笑みながら言う。
「奥様。まだ城へ着かれるまで少し時間がありますから、慌てなくても大丈夫ですよ」
「ええ……そう、ですね」
そう言いながらも、落ち着かなかった。
糸を切るハサミを持ったまま、どうしようもなく胸が温かくなってしまう。
「おじちゃま、かえってきたの?」
「ええ。無事にお戻りになったみたい」
「やったあ!」
ティナが飛び跳ねて喜ぶ。その純粋な声に、フィオレッタの胸のこわばりもすっとほどけていく。
この期間の心細さが、たった一言で溶けてしまったようだった。
「いこっ、フィオおねえちゃま!」
ティナの小さく温かい掌が、勢いよくフィオレッタをぐいっと引っぱる。
フィオレッタは思わず微笑み、その手を握り返した。
「そんなに急がなくても……でも、ええ、行きましょう」
「おみやげあるかなあ~!」
ティナは嬉しさを隠しきれず、小さな靴でぱたぱたと廊下を駆ける。
その後ろでフィオレッタは、転ばないようにと支えるように歩きながらも、心は少しだけ彼女と同じ速度で弾んでいた。
大きなエントランスに近づくほどに、風の冷たさが増していく。
扉の向こう、城壁に囲まれた前庭からは馬の蹄の音と、使用人たちのざわめきが聞こえてきた。
「……あ」
外へ出ると、灰色の冷たい風の中、長身の影がゆっくりこちらへ歩いてくるのが見えた。
馬を降り、重い外套を揺らしながら進むその姿は、見間違えようがない。
「おじちゃまだ!」
ティナはぱっと手を放し、その影へ一直線に駆け出した。
「おかえりなさ~~~い!」
ティナが風のように駆け出していく。
手を離されたフィオレッタは、風に髪を揺らされながら立ち止まった。無事な姿を見ただけで、安堵の気持ちで胸がいっぱいになる。
ヴェルフリートの後ろにはクラウスの姿も確認できる。二人の様子を見るに、なにか怪我をしたとか病になったなどの問題はなさそうだ。
(よかった、無事にお帰りになったのね)
胸がふわりと温かくなる。
けれど同時に、理由の説明できない緊張が喉の奥で固まっていた。
「おじちゃまっ!」
ティナが勢いよく飛びつくと、ヴェルフリートは驚いたように目を瞬かせ、すぐに大きな手で彼女を受け止めた。
「ティナ、危ないだろう」
「へへっ、だって、はやくあいたかったんだもん!」
「……そうか」
笑うティナを抱き上げながら、ヴェルフリートは目を細める。まるで本当の親子のようで、フィオレッタもその光景をとても眩しく感じて微笑む。
刹那、ヴェルフリートの視線がゆっくりとフィオレッタの方へ向いた。
その青い瞳が、確かに彼女を見つける。
フィオレッタは胸がきゅっと縮むのを感じながら、そっと裾をつまんで礼をした。
「お帰りなさいませ、ヴェルフリート様。ご無事で何よりでした」
言い終えてからゆっくりと顔を上げる。ヴェルフリートの表情がわずかに緩んだように見え、そこには確かに安堵の色が混じっていた。
「ただいま戻った。留守を任せてすまなかったな」
たったそれだけの言葉なのに、フィオレッタは思わず胸が熱くなる。
「いえ。何も問題ありませんでした。ティナもお利口にしていましたし」
「ティナ、おりこう!」
「ふっ、そうか。それはよかった」
ヴェルフリートがティナの頭を軽く撫で、ふっと爽やかに笑った。
その瞬間——玄関ホールの空気がわずかに揺れた。
「……笑った?」
「旦那さまが……?」
「ちょ、ちょっと珍しくない?」
そばに控えていた侍女たちが、互いに小さく目を丸くし合って囁き合う。
普段は寡黙で無表情気味な主が、何のしがらみもない笑顔をフィオレッタたちに向けていた。
朝の光が柔らかく差し込むこども部屋の一角でフィオレッタが針仕事をしていたそのとき。
廊下の向こうから、急ぎ足の靴音が近づいてきた。
「奥様! 領主様が城下町へ入られたとの報せが!」
メイドのひとりが扉を開けながら告げた瞬間、フィオレッタは椅子から勢いよく立ち上がっていた。
(ヴェルフリート様が、帰ってきた)
胸の奥がふわりと跳ねる。
エルグランドでは昔から、領主が城下町に入った時点で報せが城へ届く仕組みになっている。馬を走らせた伝令が合図の旗を掲げ、それを城門の見張りが受け取り、次に城内へと即座に伝える——古いが無駄のない体制だ。
その知らせを聞くだけで、フィオレッタの心は一気にざわめいた。
ヘルマが微笑みながら言う。
「奥様。まだ城へ着かれるまで少し時間がありますから、慌てなくても大丈夫ですよ」
「ええ……そう、ですね」
そう言いながらも、落ち着かなかった。
糸を切るハサミを持ったまま、どうしようもなく胸が温かくなってしまう。
「おじちゃま、かえってきたの?」
「ええ。無事にお戻りになったみたい」
「やったあ!」
ティナが飛び跳ねて喜ぶ。その純粋な声に、フィオレッタの胸のこわばりもすっとほどけていく。
この期間の心細さが、たった一言で溶けてしまったようだった。
「いこっ、フィオおねえちゃま!」
ティナの小さく温かい掌が、勢いよくフィオレッタをぐいっと引っぱる。
フィオレッタは思わず微笑み、その手を握り返した。
「そんなに急がなくても……でも、ええ、行きましょう」
「おみやげあるかなあ~!」
ティナは嬉しさを隠しきれず、小さな靴でぱたぱたと廊下を駆ける。
その後ろでフィオレッタは、転ばないようにと支えるように歩きながらも、心は少しだけ彼女と同じ速度で弾んでいた。
大きなエントランスに近づくほどに、風の冷たさが増していく。
扉の向こう、城壁に囲まれた前庭からは馬の蹄の音と、使用人たちのざわめきが聞こえてきた。
「……あ」
外へ出ると、灰色の冷たい風の中、長身の影がゆっくりこちらへ歩いてくるのが見えた。
馬を降り、重い外套を揺らしながら進むその姿は、見間違えようがない。
「おじちゃまだ!」
ティナはぱっと手を放し、その影へ一直線に駆け出した。
「おかえりなさ~~~い!」
ティナが風のように駆け出していく。
手を離されたフィオレッタは、風に髪を揺らされながら立ち止まった。無事な姿を見ただけで、安堵の気持ちで胸がいっぱいになる。
ヴェルフリートの後ろにはクラウスの姿も確認できる。二人の様子を見るに、なにか怪我をしたとか病になったなどの問題はなさそうだ。
(よかった、無事にお帰りになったのね)
胸がふわりと温かくなる。
けれど同時に、理由の説明できない緊張が喉の奥で固まっていた。
「おじちゃまっ!」
ティナが勢いよく飛びつくと、ヴェルフリートは驚いたように目を瞬かせ、すぐに大きな手で彼女を受け止めた。
「ティナ、危ないだろう」
「へへっ、だって、はやくあいたかったんだもん!」
「……そうか」
笑うティナを抱き上げながら、ヴェルフリートは目を細める。まるで本当の親子のようで、フィオレッタもその光景をとても眩しく感じて微笑む。
刹那、ヴェルフリートの視線がゆっくりとフィオレッタの方へ向いた。
その青い瞳が、確かに彼女を見つける。
フィオレッタは胸がきゅっと縮むのを感じながら、そっと裾をつまんで礼をした。
「お帰りなさいませ、ヴェルフリート様。ご無事で何よりでした」
言い終えてからゆっくりと顔を上げる。ヴェルフリートの表情がわずかに緩んだように見え、そこには確かに安堵の色が混じっていた。
「ただいま戻った。留守を任せてすまなかったな」
たったそれだけの言葉なのに、フィオレッタは思わず胸が熱くなる。
「いえ。何も問題ありませんでした。ティナもお利口にしていましたし」
「ティナ、おりこう!」
「ふっ、そうか。それはよかった」
ヴェルフリートがティナの頭を軽く撫で、ふっと爽やかに笑った。
その瞬間——玄関ホールの空気がわずかに揺れた。
「……笑った?」
「旦那さまが……?」
「ちょ、ちょっと珍しくない?」
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