魔法少女と悪の下っ端おじさん

おてんと

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第81話 悪の下っ端おじさんと受難

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 「あ゛~」

 平日の夕暮れ時。

 平和な町のとあるマンションの一室にて、今にも死にそうな中年の声が吐き捨てられていた。


 いや、本当に死にそうな声である。


 余命、一日と言われても誰もが信じてしまうほど、中年は死にかけのセミのような声を漏らしている。

 ここ、中年タイツことタイツゴッドの家は1LDKで、一人暮らしには十分な広さを誇っていた。物も少なく、殺風景な部屋で、そんな空間で一人、中年はベッドの上で寝っ転がっている。

 まだ誰もが活動している中で、中年タイツは怠そうにしていたのだ。


 「風邪......悪化しちゃったなぁ」


 そう、中年タイツは先日の風邪を悪化させてしまったのだ。

 故に今日は有給休暇を取って自宅療養。お薬はドラッグストアで購入したものを服用し、安静にしているところである。

 が、その時、頭が働いて居なかったからか、食料を買い込むことを忘れて帰宅してしまった。冷蔵庫の中身も大して入ってない。冷凍食品はお気に入りの餃子とチャーハンくらいなもので、レンチンするのも億劫だ。

 非常食もカップ麺ばかりで、どうしたものかと悩んでいた。


 「こういうときは栄養のあるもんを食いたいんだよなぁ......へっくし」


 と、くしゃみをしながら独り言をする中年。


 「仕方ない。カップ麺で済ますか」


 そう言って、キッチンへ向かい、カップ麺を棚から取り出したところで、インターホンの音が部屋中に鳴り響く。


 「え、誰」


 中年タイツはマスクをして、面倒くさそうに頭を掻きながら玄関前へ向かい、対応する。

 ドアを開けた先には、


 「あ、おじさん」


 桃色の髪をツインテールに結った可憐な少女――桃川 咲良が立っていた。


 少女は学校帰りなのか制服姿で、手には近くのスーパーで買ってきたと思われる買い物袋がある。


 「え゛」


 中年がそんな間の抜けた声を漏らすのも無理はなかった。



 *****



 「さ、咲良? え? どういうこと? なんで俺の家知ってるの」


 「おじさん、今日の戦いは休みにするって言ってたじゃないですか。たぶん、昨日から風邪で寝込んでるじゃないのかなって。あ、住所はロリビャッコちゃんに聞きました」


 「......。」


 悪党が魔法少女に仲間の住所を教えるとは、これ如何に。


 「いやまぁ、風邪悪化してるのはその通りだけど......なんで来たの?」

 「え、おじさん一人暮らしって聞いたので、ご飯に困ってないかなと思いまして」


 この少女、今、中年が一人暮らしだと理解してて来た、と言ったのだろうか。

 正気の沙汰とは思えない。どういう思考回路しているんだ。そう思う中年であった。

 とりあえず、中年タイツは冷静に対処することにした。


 「そ、そうか。心配してくれてありがとうな。まぁ、寝てれば大丈夫だ」

 「ご飯は大丈夫ですか?」


 「え、あ、うん」

 「実は姫奈子がおじさんにって、お店の賄い料理を作ってくれたんですよ」


 そう言って、咲良は中年タイツにレジ袋に入った料理を手渡した。

 中年、半ば無理矢理渡されたが、魔法少女から施しを受けて良いものか、今更になって考え込む。

 いや、魔法少女というか、女子中学生に。

 すると、電気ケトルが湯を沸かしたことを知らせてくれた。元々カップ麺を食べるつもりだったので、お湯を沸かしていたのだ。

 それが視界に映ってしまったからか、咲良がジト目になって問う。


 「もしかしておじさん、ご飯ってカップ麺のことです?」

 「うっ」


 別に悪いことじゃないのに、なぜか後ろめたい気持ちになる中年タイツ。

 そんな中年タイツを押し退けて、咲良が玄関の中へと入った。


 「あ、おい!」

 「もうッ。風邪ひいている時になぜ栄養ある物を食べようとしないのですか」


 「か、買い込むの忘れて......」

 「仕方ありませんね。私が何か作ってあげます」

 「え゛」


 中年タイツは本日二回目の間の抜けた声を漏らす。

 が、咲良は止まらない。

 スクールバッグから取り出したエプロンを身に纏って、キッチンの前に立った。

 なぜスクールバッグにエプロンが入っていたのだろうか。中年の家にお邪魔する気満々だったのではなかろうか。それに姫奈子が持たせた料理とは別に、妙に食材があるのも気になる。


 「おじさんは寝ててください。すぐ作るので」

 「い、いや、いいって。姫奈子が作ってくれた料理を食べるからさ」


 「と、思いましたが、姫奈子が作ってくれた料理、少し脂っこいので、また後で食べてください。今は胃に優しい物を摂りましょう」

 「胃に優しい物?」

 「おかゆです」


 おかゆ。そう聞いて、中年は今まさに食べたいと思ってしまった。

 咲良はそんな中年を他所に、手際よくおかゆを作る準備に取り掛かっている。かなり慣れた行為に見えて、中年タイツはつい呟いてしまった。


 「なんか......手慣れているな」

 「え? あ、ああ、家事はよく手伝うので」

 「へぇ」

 (って関心している場合じゃない!!)


 中年は慌てて言う。


 「ちょ、いいから! 作らなくていいから! 風邪うつったら困るのはお前だぞ!」


 おじさんの脳裏にちらつくのは“事案”の二文字。

 女子中学生を家に招いたとか、事情がどうあれ、誰かに知られでもしたら通報待った無しだ。こんなことで世間から嫌われたくないと思う悪党である。

 が、咲良はまるで予め理由を考えていたように、平然と答えた。


 「魔法少女は風邪なんかひきませんので」

 「え、そうなの?」

 「おそらく。魔法少女になってから病気にかかったことありませんから」


 そう言われ、中年タイツは過去の記憶を漁る。たしか大怪我して病院に入院したときも、咲良たち三人の魔法少女は翌日には回復して退院していた。

 なるほど、魔法少女って便利な身体だな。そう思う中年タイツであった。


 「い、いや、そんなことどうでも―」


 と、中年タイツが言い掛けたときだ。

 再び、インターホンの音が部屋中に鳴り響く。


 「え、今度は誰」


 中年、咲良に抗議することを中断して、玄関のドアを開く。

 そこには、


 「ごきげんよう。お見舞いに来たわよ」


 チャイナドレスに身を包んだ絶世の美女、ブルードラゴンが立っていた。

 中年タイツはそっ閉じした。


 『ちょ! なんで締めるのよ!』


 外から聞こえてくる同僚の声。

 中年タイツはなぜこんな自分が弱っている時に奇襲をかけられているのか、理解が追いつかなかった。


 (ブルードラゴンに咲良のこと知られてみろ。......死ぬぞ、俺ッ)


 それは物理的に、社会的に。


 この状況、一言で言ってしまえば、前門の虎、後門の狼であろう。中年タイツが何をしたって言うのだろうか。誰か教えてほしいものだ。


 これは善と悪の壮絶な戦いを記す物語。

 時として、お節介な魔法少女と、お見舞いに来た女上司に挟まれる下っ端戦闘員の受難を記す物語でもあった。

 「おじさん、誰か来たんですか?」

 『ちょっと! 開けなさいよ!』

 「......。」

 続く。
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