普通を貴方へ

涼雅

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理解不能

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5時限目

今日の授業はこれが最後。

ここで渉さんが出てこなければ隣の彼の機嫌は最底辺へと落ちていく

…どうか渉さんが来ますように

心密かに願えばガラリと開けられるドア

「はーい、お久しぶりです」

開口一番、よく通る、ハスキーボイス

「渉さんや!ほんまに来たぁ…!」

明は教卓の前に立つ低身長の男性を見るとこの上ないほどの笑みを浮かべた

それに気が付いたのか、前の彼は軽く手を振ってくれた

元気に振り返す明

……青春してるなぁ、なんてね。

「今日は前回やったところの復習から__」



「渉さーん!」

「おー、明に舞桜」

授業が終わった瞬間に渉さんへ駆け寄っていく友人

それにとぼとぼと着いていくと僕にも気が付いてくれた

彼からも名前で呼ばれるのは心地が良い

「もー、なんでもっと来てくれないんー?」

「…明、学校だから敬語」

明がタメ口を叩けば学校だからと怒る彼

彼は先程の授業の講師をしていた人。

江神 渉えがみ わたる

渉さんの職業は声優だが、音楽関係のことの知識も詳しい為、時々講師として授業をしてくれているのだ

低音のハスキーボイスに低身長というギャップに撃ち抜かれた女の子も多いようで、彼が講師としてやって来る時は大体、女の子たちが騒いでいる

1回目に講師として来た時、明に連られて渉さんと連絡先を交換した。

1人で行けばいいじゃん、と言ったけれど「一緒に来て!」と駄々をこねたから。

連絡先交換後、挨拶を入れると授業終わったからタメ口でもいいよ、と言ってくれたため、話す時はほぼタメ口だ

そのせいもあって、明は気がついたら敬語が外れる

僕は、なんだか年上の人に敬語を使わないのが違和感のため大体敬語だけれど。

「あっ、そうやった!

 江神せんせ~もっと来てくださいよ~」

明がわざと、いつもは呼ばない先生呼びをした

それに苦笑する様に眉を下げた渉さん

「ごめんって。なかなか時間が無いの」

暫くそう話していると後ろから聞こえる女の子たちの声

「あの…いま、大丈夫ですか…?」

「え、俺?」

ロングヘアの所謂量産型、と言われるような女の子が1人、送り出されるような形で1歩前に出て、渉さんを指名する

明の開きかけた口を手で抑え、「いってらっしゃい」と渉さんを見送った

ミルクティー色の渉さんの髪が見えなくなったあと、手を離すと

「なんで口抑えたん?!」

必死の形相の彼が怒る

「あのままにしてたら明、行かんといて!とか言うでしょ?」

そう言えば、目の前の明は図星をつかれたようにう"っと言葉を詰まらせる

「だ、だって…久しぶりやったし…」

「だからって告白の邪魔したら駄目じゃん」

「なっ!?告白かどうかは分からんやん!!!」

「雰囲気で分かるだろ!」

少し言い合うとまたいじけ出す

「なんやねん…久しぶりやったのに…なかなか会えんのにぃ…」

その場にしゃがみこんでいじける彼はなんとも幼い

「ごめんって、ご飯誘ったりすればいいじゃん」

目線を合わせるように膝を折れば「ちゃうもん」と否定された

「渉さんが、おっけーして、付き合ったらどないすんねん…」

…あぁ、やっぱりそこか。

「……そうだね…どうしよっか…」

上手く返せる言葉が見つからなくて彼の言葉を復唱した

そんな僕をジト目で見てくる彼にごめんね、と笑いかけた

「もーしゃあないわ!帰ろ!」

そう言って立ち上がる彼に同調する

「…君は、純粋でいいね」

思わず零れた一言に明が振り返った

「なんか言うた?」

キョトンと首を傾げてはてなを浮かべる彼に「なんでもない」と首を振った

今のが皮肉だなんて言えない

言えるわけがない

2人とも、のはずなのになんでこんなに違うんだろう

「…わからないな」

誰に言うでもなく、ただ、呟いた
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