少女九龍城 百合少女たちの不思議な女子寮生活

兎月竜之介

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第13話 月からの訪問者

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「チズちゃんの美少女化が激しすぎるんじゃなかろうか」

 住人仲間である倉橋椿(くらはし つばき)さんがそう言ったのは、私と二人並んでチキンラーメンを食べているときだった。

 寒い冬の日のことで、私たちが住んでいる女子寮――通称・少女九龍城の食堂ではガンガンにストーブが焚かれている。流石の椿さんも寒さには耐えられないようで、赤襦袢の上にレトロな(というか田舎っぽい)半纏を着ていた。

「……どういうことですか?」

 私――加納千鶴(かのう ちづる)は箸を止めて、隣の席にいる椿さんに視線を向ける。
 彼女はチキンラーメンに浮かんでいる半熟卵をすすっていた。

「意味はそのままじゃ。少女九龍城の地図を作り始めてから、チズちゃんの美少女化が激しすぎる。成長期かつ思春期であるとはいえ、この変化はあまりに大きい。少女九龍城には数え切れないほどの謎があるけれど、チズちゃんの美少女化の方がよっぽどの謎じゃ。そもそも、その髪型は何なのかや?」

 それから、椿さんが私の髪を指さす。
 私は髪を伸ばしている最中で、今は髪ゴムで左右にまとめているのだった。だいぶ伸びてきたけれども、まだ肩胛骨に引っかかる程度である。将来的にはもっと伸ばすつもりだが、長い髪は慣れるまで結構うっとうしい。

「俗に言われているツインテールというやつですが、それが何か?」

 椿さんはギラギラとした視線を私にぶつけてくる。

「髪の毛がうっとうしいだけで、別に可愛さをアピールしているわけではありませんよ――という涼しい態度が逆に小憎らしい。おぬしの魅力は小悪魔的なのだ。チズちゃん……おぬし、わっちを誘っておるのか?」
「さ、さ、さそってませんよ!」

 あらぬ疑いを掛けられて、私は箸を落としそうになった。
 ゲホン、と咳払いをする。

「そ、そもそも、食事時にする話として不適切です。いい加減にしてください」
「いい加減にしろと言われてものう……わっちのアンテナに引っかかるくらいに、チズちゃんが可愛くなっちゃったのがいかんのじゃから」

 なぞるように私のことを見つめてくる椿さん。
 彼女に絡まれることがどれだけ危険なのかは、あの堕落した松沢姉妹のことを思い出せば分かることだ。彼女の部屋に足を踏み入れたら最後、もはや一巻の終わりである。姉妹そろって留年とか洒落にならない。

 それに……問題は椿さんだけではない。
 最近になって自覚し始めたことだが、私はかなりおだてられることに弱いのだ。

 椿さんはことあるごとに、私のことを「可愛くなったのう」だとか「今日も綺麗じゃのう」などと誉めてくる。すると、思わずニヤニヤしてしまいそうになるのだ。可愛く……あるいは綺麗になることが、地図を完成させるのと同じく私の目標だからである。

「お世辞には乗りませんからね。ガールズバンドの時だって、騙されかけましたから」
「あれは騙したわけではない。ただ、そう、過去の記憶が断片的に蘇ったというか……」

 椿さんのことは無視して、私は再びチキンラーメンに箸を伸ばそうとする。
 そうしたら、

「――チズさん、少しお話があります」

 今度は別の誰かに話しかけられて、またもや箸を止める羽目になった。

 私とチキンラーメンの付き合いは、地図作りを始める前からの長いものなのである。テスト前の大事な時期は、いつもチキンラーメン(ごま油を少し垂らす)で乗り切ってきた。私と彼女の関係を邪魔するのは何者なのだ。

 顔を上げてみると、腰の辺りまで伸びた銀色の髪が目に入った。
 ウェーブのかかった銀髪、翡翠のような色をした瞳、頭の上にピンと立っているウサミミ――彼女は一ヶ月ほど前、この少女九龍城にやってきた少女である。名前は宇佐見・エレーナ・アリサ。自称・月面人だ。

 宇佐見さんは私の手を握ると、みんなに聞こえる声で訴えかけた。

「チズさん、私とセックスしましょう!」

 ×

 話は一ヶ月くらい前にさかのぼる。

 私が宇佐見さんと出会ったのは、少女九龍城を地図作りのために彷徨っている時のことだ。場所は二階まで吹き抜けになっていて、天窓から満月を見ることが出来る……ホテルのロビーみたいなところである。青白い月明かりが綺麗な光の柱を作っていた。

 宇佐見さんはその光の中に倒れていた。レオタードのような薄くてぴっちりとした服を着ていて、その時から頭にウサミミのカチューシャを付けていた。コスプレイヤーが行き倒れしている――というのが私の第一印象だ。

 宇佐見さんは空き部屋に運び込まれて、管理人さんや私も含む住人が交代で看病をした。みんなは病院に行くことを勧めたのだが、なぜだか宇佐見さんはそれを嫌がった。不可解ながら看病を続けると、彼女は一週間ほどして起きあがれるようになった。

 私がお見舞いに行くと、宇佐見さんは唐突に話を切り出した。

「話すのが遅れてしまいましたが、私は地球の人間ではありません。月面コロニーで生活している人間の三世代目――つまりは生粋の月面人ということになります。ただ、月面人という呼び名は堅すぎる表現ですから、私のような未成年女子は月娘(ルーニャン)と呼ばれることが一般的ですね」

 行き倒れていたコスプレイヤーが、布団から上半身を起こして「私は宇宙人です」と語り出す――そんな状況に私はすっかり困惑した。
 一方、宇佐見さんは非常に大まじめな顔をしている。

「私の名前は宇佐見・エレーナ・アリサと言います。父は二世代目の日本人、母は二世代目のロシア人です。日本語にもロシア語にも聞こえる『アリサ』という名前を私はとても気に入っています」
「は、はぁ……」
「一般の方々には知られていませんが、冷戦期の頃から月への移住計画は始まっていました。各国が協力して大きなコロニーを作ったのは、ほんの十数年前のことですが……私たちは月の裏側でひっそりと暮らしています」

 言っていることはメチャクチャだ。けれど、話し方はとても礼儀正しくて、説明も丁寧で誠意が感じられる。内容の真偽はともかく、なんとなく聞いてあげるべき気がした。

「……その月娘がどうして少女九龍城に?」
「新しく開発されたワープゲートのテストを行うためです。本来の出口とは座標がズレてしまったので、問題点を報告書にまとめる必要があるでしょう。再びワープゲートを通れるようになるまで、しばらくはここで療養させてもらうことになると思います。これは極秘のミッションであり、公共機関ですら頼ることは出来ませんからね」

 また、私はこうも思っていた。
 私が住んでいる少女九龍城というのは変な場所だ。部屋数も入居者数も定かではなく、超常現象が頻発して、住人たちも一風変わった少女たちばかりである。自分を犬だと思っている子がいるくらいだ。

 宇宙で育った月娘――その話が本当だろうと、作り話だろうと、この少女九龍城は何でも受け入れる。私もそれでいいと思うのだ。話の真偽なんて些細なことではないだろうか。

「それにしても、そんな極秘のことを私に話して平気なんですか?」

 私が尋ねると、宇佐見さんはニコッと笑顔になって答えた。

「誠実そうな人たちばかりなので、みなさんには話しても平気なように思えたのです」

 ×

 誠実かどうかはさておいて、宇佐見さんはその後も少女九龍城で療養を続けた。
 地球の重力は月の六倍――月娘である彼女にとって、地球の重力は非常に苦しいものであるらしい。普通に歩けるようになるまで、さらに一週間ほど時間が必要だった。一ヶ月が経過した今でも、階段を上ると一発で筋肉痛になるらしい。

「疲労骨折や肉離れをしないだけマシですね」

 内ももに湿布を貼る月娘……実にシュールである。

 また、宇佐見さんには食事面の問題が立ちはだかった。
 月のコロニーでは栄養食が一般的で、高カロリーかつ吸収の良いドロドロとしたものを食べていたらしい。試しに炊きたてのご飯を食べさせてみたら、宇佐見さんはそれだけで胃もたれを起こしていた。未だに三食おかゆ生活である。

 ともあれ、自称・月娘の宇佐見さんは少女九龍城に馴染んでいった。目からビームを出すわけでも、おかしな電波を発信するわけでもない。私たちにとって、彼女はウサミミを付けたハーフ美少女の宇佐見さんなのだった。

 だが、さっきの発言で平穏が破られた。
 私はオロオロしながら聞き返す。

「何故にセッ――ええと、その……エッチなことをしようと?」
「はい、説明させて頂きます」

 私のことを椿さんと挟むようにして、すぐ隣の席に宇佐見さんは腰掛けた。

「月のコロニーでは人口が極めて厳格に制限されています。五百人ぴったり……定員以上も定員以下にも増減しません。人数が増えてしまうと、酸素や食料が足らなくなります。人数が減ってしまうと、労働力が不足してコロニーが停止してしまいます」
「なにそれ、SFチック。わっち、そういうの好きじゃ」

 目を輝かせる椿さん。
 宇佐見さんはニコニコとしながら説明を続ける。

「そして、この難しそうに思える人口制限ですが、これが思いの外に容易となっています。私たち月面人はどういったわけか、ただエッチなことをしただけでは子供が作れないのです。子供を作るには特殊な薬を服用する必要があります」

 ふむふむ、と椿さんが興味津々に頷いた。

「それも宇宙病の一種なのかのう……」
「病気というよりは、体質の変化と考えた方が近いかもしれません。ともあれ、特殊な薬を服用しない限りは子供が出来なくなった――逆の見方をすれば、エッチなことをやり放題であるとも言えます。密閉空間である月面コロニーは、清潔さ、病気の対策にかけてはとても優秀ですしね」
「そ、そんなことがありえますかね……」

 流石に私も声が出た。
 色々な問題が解決されているとはいえ、その発想はあまりにも突飛すぎると思うのだ。
 だが、あくまで宇佐見さんは丁寧に説明をしていく。

「コロニーでの生活は無駄がないように設計されています。酸素、水、栄養……その全てが循環しています。ですが、決定的に足らないものがあります。それが娯楽なのです。エッチなことをすることが、私たちにとって最大の娯楽と言えます。体一つで出来ますし、性欲を発散することも出来ます。体を鍛えることになります」
「なるほど、まさにスポーツと言えるわけじゃな」

 椿さんが相づちを打つ。

「スポーツ……その表現がピッタリですね。月面コロニーでは人種も、国籍も、宗教も、時には性別すら関係なくエッチなことが行われます。スポーツであり、コミュニケーションの手段――月娘である私には欠かせないことなのです」

 語りきった宇佐見さん。
 すると、いつの間にか集まっていた聴衆から拍手喝采が送られた。ノーベル平和賞でも贈られそうな雰囲気である。
 宇佐見さんは再び私の手を握った。

「月娘である私にとって、感謝の気持ちや親睦を表す手段はこれしかありません。どうか、不器用な私に付き合っていただけないでしょうか?」

 熱烈すぎるアピールに腰が引けてしまう。
 手を振りほどくことも出来ずに、私はしどろもどろに問いかけた。

「……な、なんで私なんですか?」
「命を助けていただいた――ということもありますが、やはりチズさんが魅力的な女の子だからです。あなたのような美少女を月面では見たことがありません。地図作りに熱中するストイックな姿も素敵です。地球での初めてはあなたとしよう……そう心に決めました」

 胸の辺りから熱が込み上げてきて、あっという間に顔まで火照ってしまう。
 きっと、私の頬は真っ赤になっていることだろう。
 ブンブンと首を横に振って、私は全力で誘いを断る。

「だ、だめですよ! 私には心に決めた人がいるんです!」

 これで少しは考え直してくれるかと思ったが……読み誤った。
 宇佐見さんはなおさら情熱的にアピールをしてくる。

「もちろん、私はチズさんの恋路を邪魔しようなどと思ってはいません。ただ、あなたと出会えた感謝を私なりに示したいのです。地球の重力には不慣れですが、きっとチズさんに後悔はさせません。三世代目の中では一番上手いと、私のテクニックはもっぱらの評判でした」
「そういうことではなくて……」

 すると、戸惑う私の肩を椿さんがポンと叩いた。

「減るものでもないし、一回くらい試してみたらどうじゃ?」
「道徳心とかが減るんですよ! 私は地球人ですから、月のルールは受け入れられません!」

 私は断固拒否の姿勢を崩さない。
 椅子から立ち上がって、椿さんが宇佐見さんの方に回り込む。

「それならば――アリサよ、代わりにわっちが相手ではどうかや? ベッドの上でやるスポーツに関して、わっちは地球代表を張れるくらいの実力者じゃ。宇宙代表であるアリサと、是非とも手合わせしたいところだのう……」

 宇佐見さんのウサミミを指でくすぐる椿さん。
 くすぐったそうにしているけど――宇佐見さん、それって付け耳ですよね?

「そうだ。六実と七穂も加えて、いっそのこと四人でやってみるというのはどうじゃ?」
「チズさんを加えて五人ということなら……は、は、はっくちゃ!」

 くしゃみをする宇佐見さん。
 ずずず、と彼女は鼻水を啜った。

「ううぅ……体が震えるのですが、これはいわゆる『寒い』という感覚ですよね? 前々から思っていたのですが、少女九龍城の温度管理システムはどうなっているんでしょう」
「あそこにある灯油ストーブ一台だけです。とりあえず、宇佐見さんは上着を取りに戻った方が良いですよ。ホットココアでも入れておきますから」
「ご迷惑をおかけしまして、すみません……」

 宇佐見さんがノソノソとした足取りで食堂から出て行く。
 チキンラーメンは伸びてしまったが、とりあえず五人同時プレイだけは避けられたようだ。

 ×

 宇佐見さんがホットココアを飲みに戻ってくることはなかった。彼女は体調を大きく崩してしまい、再び立ち上がれなくなってしまったのである。くしゃみ、鼻水、喉の痛み、高い発熱……完全に風邪だ。

 でも、事態がもっと深刻であるらしいと分かったのは……宇佐見さんが「私は宇宙人です」と告白した日のように、私が彼女のお見舞いに行ったときのことだった。

 私が彼女の部屋を訪れると、布団で横になっている宇佐見さんが目を覚ました。彼女はどうにか起きあがろうとしたけれど、地球の重力に引っ張られて首も持ち上げられなかった。私は宇佐見さんの体を抱き起こして、ポカリスエットを飲ませてい上げた。

 彼女の顔は真っ赤になっていて、パジャマの上から触れているだけでも熱いのが分かる。いつも付けているウサギの耳も、心なしか元気を失っているように見えた。

「宇佐見さん、もっと飲みますか? それとも、お腹が空いてるならおかゆを……」
「……チズさんにお話があります」

 今にも眠ってしまいそうになりながら、宇佐見さんが私に語りかける。

「私の症状は単なる風邪ではありません。宇宙に適応した私の体が、地球の環境に適応できなくて悲鳴を上げているのです。この状態を治すには、月面コロニーに戻って治療するしか方法がありません……」
「それなら、ワープできるところまで戻れば、」
「ワープゲートは満月の夜にしか開きません。そして、つい先日に満月の日は過ぎてしまいました。次の満月まで一ヶ月弱……それまで私の体は持たないでしょう。予想できていることでしたが、体調の悪化が少し早すぎました」

 まるで、最初から死ぬのを分かっていたような発言だ。
 宇佐見さんの体を抱く腕に思わず力が入る。

「分かっていたのなら、どうして宇佐見さんは地球にやってきたんですか。そんなにツラい思いをしてまで、地球までやってくる理由が私には分かりません……」
「これが大事な仕事だからです。ワープゲートを完成させるために、最後には人間自身が実験に参加しなければいけない。私はその役目を買って出ました」
「でも、宇佐見さんみたいな若い人じゃなくて、もっと、」

 彼女は首を横に振った。

「私のような若者でなければ、地球では一週間も耐えられなかったことでしょう。それに、私は地球に降り立ってみたかったのです。私は月娘ですが――やはり人間です。人間が生まれた大地を両足で踏みしめたい……その一心でした」
「それなら、なおさら頑張って生きなくちゃダメですよ! まだ宇佐見さんは少女九龍城の外に一歩も出ていない。あなたの見たこともないものが、外の世界にはたくさん――」

 すると、宇佐見さんが私の唇に人差し指を重ねる。
 私は黙るしかなかった。

 熱中していることは私にだってある。だけど、命を賭けてまで成し遂げたいことがあるのかと聞かれたら、決して首を縦に振ることは出来ない。私と彼女では覚悟というものに大きな差があるのだ。

「だから、チズさんに最後のお願いです。地球を訪れた最後の思い出として、どうか私のことを抱いてください。地球の少女と仲良くなれた月娘に……私はなりたいんです。そうすれば、私はこの地球で悔いなく眠ることが出来ます」

 私は宇佐見さんの体をそっと寝かせる。
 唇に添えられた人差し指が離れた。

「……あなたの言っていることが本当かどうかは、私には確認しようもありません」

 残った感触を確かめるように、私は自分の唇に手を添えた。

「だけど、ここで何もしなかったら……私は後悔するような気がするんです。ここで意地を通すよりも、ただ笑って付き合えるような心の大きさが私は欲しい」

 ありがとうございます、と泣きそうな顔になる宇佐見さん。
 私は彼女の頬に手を添えて、

「……一回だけですよ」

 恥ずかしさを押さえ込んで、小さな声で囁いたのだった。
 一瞬、椿さんのことが頭をよぎる。
 あの人なら、もっと簡単にやってのけるんだろうなぁ……。

 ×

「――で、なんで今度は私が風邪を引いているんですか?」
「どうやら、あれは単なる風邪だったようですね。六倍の重力に適応した時点で、地球環境は十分に克服できていた……ということでしょう。とはいえ、月面人の免疫力は軒並み低い傾向にありますし、温度管理システムに頼りっぱなしですし、風邪を引く条件はバッチリ整っていたのかと。命の危険は回避されましたし、チズさんと一夜を過ごすことも出来ましたし、私としては非常に大満足です」

 自室のベッドに寝かされて、今日で三日目の私である。

 一方、お見舞いにやってきた宇佐見さんはピンピンしていた。ここ最近は消化能力が鍛えられてきたようで、元気に菜食を味わっているらしい。もう少し慣れてきたら、肉や魚にもチャレンジする予定だとか。

「全然、満足じゃないですよ!」

 私はベッドから跳ね起きた。

「宇佐見さん、絶対に月面人なんかじゃないですよね! 確実に地球人ですよね! あれだって単なる風邪じゃないですか! 私に移したから風邪が治ったんじゃないですか!」
「さて、私はコロニーに持ち帰る報告書を作らなければ……」

 言いたいことは山ほどあるのに、宇佐見さんは私の部屋からさっさと退却していく。
 乙女の純情を弄んだうえに風邪まで移すとは……許せない!
 その直後、入れ替わるようにして椿さんがやってきた。

「起きあがれるようなら、大した風邪ではないようじゃな」

 ぶしつけなことを言う彼女に、私は手元の枕を思い切り投げつける。だが、枕は明後日の方向に飛んでいき、壁にぶつかってドサリと床に落ちた。

「こんなことになるなら、椿さんに任せておけば良かったですよ。風邪だって椿さんに移されていたら良かったんです」
「そう言うと思った。だから、今日は風邪を移されに来たのじゃ」

 ニヤリと笑う椿さん。
 途端、彼女はいきなり私のベッドに潜り込んできた。

「どわわわわ、何をしてるんですか! 離れてくださいよ!」

 椿さんの体を突き飛ばそうとするが、全く両手両足に力が入らない。それどころか、椿さんにギューッとされてしまって、私は全く動けなくなってしまうのだった。熱のせいで顔が真っ赤なのに、さらに熱くなってきた気がする。

 そっぽを向いている私。
 椿さんはうなじの辺りに顔を埋めてくる。

「こうすれば、わっちに間違いなく風邪が移るじゃろう?」
「……変なことしませんよね?」
「おぬしには心に決めた人がいる。そういう子に手は出さないと決めておる」
「そうですか……」

 椿さんに背中を向けて、私は布団を口元まで引っ張り上げる。
 眠ってしまうまで、彼女の体温をずっと背中で感じていた。


(おしまい)
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