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第二章 魔王は古に在り
第十二話
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瓦礫の搬出は、底が観音開きになるバケットに瓦礫を詰めて浮遊器で吊り上げる。吊り上げたら一旦地面に降ろして閂を引き抜いて再度吊り上げたら底から瓦礫が落ちる仕組みだ。
フローターは浮遊魔法を組み込んだただ浮かび上がるだけの装置で、横への推進力が無いので人や動物で牽いて動かす。人が乗るゴンドラであれば帆を掛けて自然や魔法の風を利用したり、棒で地面を突いたりして移動する場合もあるが、瓦礫の運搬では移動用のロープや出力調整用のロープを使って操作する。
ドレッドとクインクトは梯子を掛けて穴の中に降り、マリアンがバケット二つをフローターで下ろす。一つのバケットを昇降している間にもう一つのバケットに瓦礫を詰める手筈だ。大き過ぎる瓦礫は直接ロープを掛けてフローターで吊り上げる。
三人が黙々と作業を進める間もノルトは書棚を検分する。長年に亘って積もった埃と風化とで、本の背に何かが書かれているように見えても読み取れない。触れるだけで崩れそうになっている本は埃を払うのにも慎重にならなければならない。一冊を慎重に抜き出して、更に慎重にページを捲る。
「これは古ログリア語ですね……」
「古ライナーダ語ではないのですか?」
「はい。今はライナーダの領地ですが、昔はそうではなかったのでしょう」
「そうですか……」
サーシャは一瞬だけ思い詰めた顔をする。しかし直ぐにそれを振り払うように息を吸う。
「それでその本には何が書かれているのですか?」
「何かの物語のようですね……」
「どのような?」
物語と聞いたサーシャの声が少し弾んだ。
「浮気男を三人の女が取り合った挙げ句に女が男を殺してしまうと言った内容です」
「ど、どどど、どうしたらそうなってしまうのですか!?」
サーシャには刺激が強かったらしい。
「それは読んでのお楽しみ、と言いたいところですが、あまりに猟奇的なのでお勧めできません」
「そ、そうですか……。ほ、他には何かありますか?」
「それはまだ見てみないと……」
ノルトはもう一冊本を取り出し、持っていた本を元の位置に戻す。そして取り出した本を捲る。
「んー、こちらは男女の少々異常な情事を描いたものですから、やはりお勧めできません。どうもここの持ち主はそう言ったものに興味が有ったようです」
サーシャは「あうあう」と口から声を漏らして目を白黒させるばかりである。
そんなサーシャをフォローするでもなく手に持った本を書棚に戻そうとしたノルトは本の裏に隠されるように置かれた何かに気が付いた。戻そうとした本をサーシャに手渡して、戻そうとした場所の横の本を更に取り出す。それをまたサーシャに手渡し、「えっ? えっ?」と疑問の声を出すサーシャに目もくれずに本をまた取り出す。
「何か有ります」
またサーシャに本を手渡すと、ノルトは書棚の奥に手を伸ばす。
取り出してみれば、それも本のようなものだった。奥まった場所に有ったためか、若干状態の良いそれをノルトは捲る。一枚二枚と捲る眼差しは真剣そのものだ。
「どうやら日記のようです」
「日記ですか?」
「はい。少し国に批判的なことも書いていたようです。そのために隠していたのでしょう」
714年3月20日。
今日からこの町はブグートの領地だと言う。少し前に帝国軍が通ったと思ったらこれだ。帝国軍は北方の蛮族より弱いと言うのか!
「ブグートと言うと、ライナーダの前身とされるラインク王国が併合したと言われる国ですね」
「大崩壊の十二年前でしたか?」
「そうです。ラインクの遺跡から見つかった記録ではですが。そのブグートが当時最大のログリア帝国から領地を奪ったと言うのも驚きです」
721年6月11日。
ラインクだ。ラインク軍が町の外に居る。ブグートになったのはついこの間だぞ!
721年6月12日。
ラインク軍が町に入って来た。奴らは無茶苦茶だ! 女子供まで面白半分に殺しやがる! 魔物より質が悪い!
「う……」
サーシャはショックを受けて呻き声を漏らした。ラインクの人々はライナーダの人々の祖先とされる。そのライナーダの王家に生まれたサーシャにはラインクが非道を行ったと言うのを受け入れ難い。ライナーダの歴史書にもラインク王国はログリア帝国からの侵略を撥ね除けたように書かれているので尚更だ。しかし実際にはラインク王国が他国を侵略していたのだ。
721年10月3日。
噂によると帝国が勇者を召喚したらしい。勇者は五百年毎に現れると言う魔王が現れてから、それを討伐して貰うために召喚するものじゃないのか? その魔王はまだ現れていないのにどうして召喚した?
「勇者? 召喚?」
ノルトは記憶から今まで読んだ資料を手繰る。
勇者には心当たりが無かったが、召喚には有った。ラインク軍の出兵記録には召喚者の討滅を目的にしたものが有る。世界に徒なす組織によって召喚された者をその組織ごと討滅しようと言うのだ。その組織が召喚したのが魔王で、その討滅に失敗したことで、最終的には召喚した組織の頸木から解き放たれた魔王が大崩壊を引き起こした、と言うのがノルトの仮説である。
勇者のつもりで魔王を召喚したのなら仮説は変わらない。しかし、召喚されたのが本当に勇者であれば話が変わる。ラインク軍が勇者を殺害した結果、魔王を止める者が居なくなったとも考えられるのだ。
ラインク王国が魔王と勇敢に戦ったと信じているライナーダ王国の人々には、この日記の記述と共に受け入れ難い事実に違いない。
フローターは浮遊魔法を組み込んだただ浮かび上がるだけの装置で、横への推進力が無いので人や動物で牽いて動かす。人が乗るゴンドラであれば帆を掛けて自然や魔法の風を利用したり、棒で地面を突いたりして移動する場合もあるが、瓦礫の運搬では移動用のロープや出力調整用のロープを使って操作する。
ドレッドとクインクトは梯子を掛けて穴の中に降り、マリアンがバケット二つをフローターで下ろす。一つのバケットを昇降している間にもう一つのバケットに瓦礫を詰める手筈だ。大き過ぎる瓦礫は直接ロープを掛けてフローターで吊り上げる。
三人が黙々と作業を進める間もノルトは書棚を検分する。長年に亘って積もった埃と風化とで、本の背に何かが書かれているように見えても読み取れない。触れるだけで崩れそうになっている本は埃を払うのにも慎重にならなければならない。一冊を慎重に抜き出して、更に慎重にページを捲る。
「これは古ログリア語ですね……」
「古ライナーダ語ではないのですか?」
「はい。今はライナーダの領地ですが、昔はそうではなかったのでしょう」
「そうですか……」
サーシャは一瞬だけ思い詰めた顔をする。しかし直ぐにそれを振り払うように息を吸う。
「それでその本には何が書かれているのですか?」
「何かの物語のようですね……」
「どのような?」
物語と聞いたサーシャの声が少し弾んだ。
「浮気男を三人の女が取り合った挙げ句に女が男を殺してしまうと言った内容です」
「ど、どどど、どうしたらそうなってしまうのですか!?」
サーシャには刺激が強かったらしい。
「それは読んでのお楽しみ、と言いたいところですが、あまりに猟奇的なのでお勧めできません」
「そ、そうですか……。ほ、他には何かありますか?」
「それはまだ見てみないと……」
ノルトはもう一冊本を取り出し、持っていた本を元の位置に戻す。そして取り出した本を捲る。
「んー、こちらは男女の少々異常な情事を描いたものですから、やはりお勧めできません。どうもここの持ち主はそう言ったものに興味が有ったようです」
サーシャは「あうあう」と口から声を漏らして目を白黒させるばかりである。
そんなサーシャをフォローするでもなく手に持った本を書棚に戻そうとしたノルトは本の裏に隠されるように置かれた何かに気が付いた。戻そうとした本をサーシャに手渡して、戻そうとした場所の横の本を更に取り出す。それをまたサーシャに手渡し、「えっ? えっ?」と疑問の声を出すサーシャに目もくれずに本をまた取り出す。
「何か有ります」
またサーシャに本を手渡すと、ノルトは書棚の奥に手を伸ばす。
取り出してみれば、それも本のようなものだった。奥まった場所に有ったためか、若干状態の良いそれをノルトは捲る。一枚二枚と捲る眼差しは真剣そのものだ。
「どうやら日記のようです」
「日記ですか?」
「はい。少し国に批判的なことも書いていたようです。そのために隠していたのでしょう」
714年3月20日。
今日からこの町はブグートの領地だと言う。少し前に帝国軍が通ったと思ったらこれだ。帝国軍は北方の蛮族より弱いと言うのか!
「ブグートと言うと、ライナーダの前身とされるラインク王国が併合したと言われる国ですね」
「大崩壊の十二年前でしたか?」
「そうです。ラインクの遺跡から見つかった記録ではですが。そのブグートが当時最大のログリア帝国から領地を奪ったと言うのも驚きです」
721年6月11日。
ラインクだ。ラインク軍が町の外に居る。ブグートになったのはついこの間だぞ!
721年6月12日。
ラインク軍が町に入って来た。奴らは無茶苦茶だ! 女子供まで面白半分に殺しやがる! 魔物より質が悪い!
「う……」
サーシャはショックを受けて呻き声を漏らした。ラインクの人々はライナーダの人々の祖先とされる。そのライナーダの王家に生まれたサーシャにはラインクが非道を行ったと言うのを受け入れ難い。ライナーダの歴史書にもラインク王国はログリア帝国からの侵略を撥ね除けたように書かれているので尚更だ。しかし実際にはラインク王国が他国を侵略していたのだ。
721年10月3日。
噂によると帝国が勇者を召喚したらしい。勇者は五百年毎に現れると言う魔王が現れてから、それを討伐して貰うために召喚するものじゃないのか? その魔王はまだ現れていないのにどうして召喚した?
「勇者? 召喚?」
ノルトは記憶から今まで読んだ資料を手繰る。
勇者には心当たりが無かったが、召喚には有った。ラインク軍の出兵記録には召喚者の討滅を目的にしたものが有る。世界に徒なす組織によって召喚された者をその組織ごと討滅しようと言うのだ。その組織が召喚したのが魔王で、その討滅に失敗したことで、最終的には召喚した組織の頸木から解き放たれた魔王が大崩壊を引き起こした、と言うのがノルトの仮説である。
勇者のつもりで魔王を召喚したのなら仮説は変わらない。しかし、召喚されたのが本当に勇者であれば話が変わる。ラインク軍が勇者を殺害した結果、魔王を止める者が居なくなったとも考えられるのだ。
ラインク王国が魔王と勇敢に戦ったと信じているライナーダ王国の人々には、この日記の記述と共に受け入れ難い事実に違いない。
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