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第三章 魔王に敗北した勇者
第二十五話
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神聖ログリア帝国。魔の森の北東、そしてライナーダ王国の東に位置するこの国で、五百年の時を越えて勇者召喚の儀が復活しようとしていた。
召喚の儀を行うのは、このためだけに設けられた石造りの頑丈な建物の中だ。建物の中央には召喚魔法の回路が溝として刻まれ、その溝には魔法結晶が詰められている。魔法結晶は不足する魔法力を補うためである。
大崩壊前に行われていた勇者召喚の魔法では、八人前後の魔法士が同時に召喚魔法を行使し、一人の調律魔法士が複数の召喚魔法を同期させて発現させる。複数人で行使していたのは魔法力を補うためだ。ところが複数人での行使となると、どれほど訓練しようとも微細なタイミングのずれが起きる。そのため、そのずれを打ち消して一つの魔法に纏め上げる調律魔法を必要とした。
調律魔法は今に伝わっていないので完全な再現は無理だ。しかし、複数人での行使は魔力不足が理由であり、魔法結晶が潤沢に有る今ならそれで代用できる。
今、魔法回路の前には召喚の儀、即ち召喚魔法を行使する魔法士が佇み、そこから少し離れた一段高いテラスに第三皇子、護衛の騎士四名と魔法士二名、立会人の文官三名が佇んでいる。テラスは壁高欄付きで、いざと言う時には身を隠せるようになっている。
そのテラスから第三皇子が号を飛ばす。
「始めよ!」
「ははっ」
号を受けて、召喚の儀を行う魔法士は畏んだ。
魔法士は振り返って跪き、魔法回路を手で触れる。この魔法回路は魔法士に限らず起動できるようにもできるのだが、魔法士らの政治的な思惑から一部が欠損した形になっていて、魔法士がその欠損を埋めることで起動するように描かれている。
そして掛け声と共に魔法を発動させる。掛け声に決まった言葉は無く、気分次第だ。
「勇者よ来たれ!」
次の瞬間には魔法回路の魔法結晶が目映く輝き、真っ直ぐ上へと光の柱を形作った。「おおっ」とどよめきが起きる。
暫くして光の柱が弱まると、魔法回路の真ん中に人影が横たわっているのが見えた。
固唾を呑んで見守る十一人の男達。少し身を乗り出す。果たして成功か失敗か。召喚できていても、生きていなかったり、人でなかったりしたなら失敗なのだ。
人影が手を突いて上体を起こし、立ち眩みを起こした後のように小さく首を振る。生きている。また「おおっ」「成功だ」とどよめきが起きる。
光の柱が消え、人影が露わになる。女だ。
「おおおっ」
一際大きなどよめきが起きた。立ち合っていた幾人かが更に身を乗り出す。
どよめきに驚いた女がピクッと肩を揺らして周囲を見回す。すると、見知らぬ部屋で男達の注目を浴びている。その中には目を血走らせた者も居る。誰かが生唾を呑み込む音がした。
女はその不穏な空気と、自らのどこか頼りない感覚に改めて下を見る。見えてはならぬものが見えた。
『ちょっと! 何でわたし、すっぽんぽんなのよ!』
光の速さで両腕で胸を覆って身体を丸くする。
『見てないで、早く服を持って来てよ!』
男達は顔を見合わせた。
「あの者は何を叫んでいるのだ?」
「解りません。別の国の言葉のようです」
誰もが首を横に振る。ただ、確実なことが一つ有る。
『早くしてって言ってるのよ!』
この場の男共は全く気が利かない連中であった。ただ、勇者召喚と言う非日常の中、出て来た女が全裸だったとしても、そう言うものと思ってしまうことも有るだろう。無いかな。
見るからに危険は無さそうになので、第三皇子は護衛や文官を引き連れて女の方へと歩み寄る。
『ちょっと! 来ないでよ! 見るな! 馬鹿!』
怒鳴りつつ、益々丸くなる女。気が利かない皇子でも近寄ったことで女が怒っているらしいことは判る。
「お前は何を怒っている?」
『はあ!?』
女の方も言葉が通じていないことに気が付いた。
『ちょっとあんた達、何人よ!?』
「何を言っているのか判らん」
言葉が通じないことで、第三皇子の機嫌も傾いた。
一方で、女は男達の話す言葉に当たりを付ける。そしてそれを片言で言う。片言でしか話せないからである。
「アンタ、プローゼン、ワタシ、ログリア」
あんたらはプローゼン語を話していて、わたしはログリア語を話している。と言いたいのだ。
しかし第三皇子は気付かない。文官らに水を向ける。
「この者はログリア語を話すのではないでしょうか」
文官の一人が自信なさげに進言した。すると他の文官や護衛の一部も納得するように頷く。
「ならば、ログリア語の話者を連れて参れ!」
「ははっ」
皇子の命令に、護衛の一人が駆け出した。
召喚の儀を行うのは、このためだけに設けられた石造りの頑丈な建物の中だ。建物の中央には召喚魔法の回路が溝として刻まれ、その溝には魔法結晶が詰められている。魔法結晶は不足する魔法力を補うためである。
大崩壊前に行われていた勇者召喚の魔法では、八人前後の魔法士が同時に召喚魔法を行使し、一人の調律魔法士が複数の召喚魔法を同期させて発現させる。複数人で行使していたのは魔法力を補うためだ。ところが複数人での行使となると、どれほど訓練しようとも微細なタイミングのずれが起きる。そのため、そのずれを打ち消して一つの魔法に纏め上げる調律魔法を必要とした。
調律魔法は今に伝わっていないので完全な再現は無理だ。しかし、複数人での行使は魔力不足が理由であり、魔法結晶が潤沢に有る今ならそれで代用できる。
今、魔法回路の前には召喚の儀、即ち召喚魔法を行使する魔法士が佇み、そこから少し離れた一段高いテラスに第三皇子、護衛の騎士四名と魔法士二名、立会人の文官三名が佇んでいる。テラスは壁高欄付きで、いざと言う時には身を隠せるようになっている。
そのテラスから第三皇子が号を飛ばす。
「始めよ!」
「ははっ」
号を受けて、召喚の儀を行う魔法士は畏んだ。
魔法士は振り返って跪き、魔法回路を手で触れる。この魔法回路は魔法士に限らず起動できるようにもできるのだが、魔法士らの政治的な思惑から一部が欠損した形になっていて、魔法士がその欠損を埋めることで起動するように描かれている。
そして掛け声と共に魔法を発動させる。掛け声に決まった言葉は無く、気分次第だ。
「勇者よ来たれ!」
次の瞬間には魔法回路の魔法結晶が目映く輝き、真っ直ぐ上へと光の柱を形作った。「おおっ」とどよめきが起きる。
暫くして光の柱が弱まると、魔法回路の真ん中に人影が横たわっているのが見えた。
固唾を呑んで見守る十一人の男達。少し身を乗り出す。果たして成功か失敗か。召喚できていても、生きていなかったり、人でなかったりしたなら失敗なのだ。
人影が手を突いて上体を起こし、立ち眩みを起こした後のように小さく首を振る。生きている。また「おおっ」「成功だ」とどよめきが起きる。
光の柱が消え、人影が露わになる。女だ。
「おおおっ」
一際大きなどよめきが起きた。立ち合っていた幾人かが更に身を乗り出す。
どよめきに驚いた女がピクッと肩を揺らして周囲を見回す。すると、見知らぬ部屋で男達の注目を浴びている。その中には目を血走らせた者も居る。誰かが生唾を呑み込む音がした。
女はその不穏な空気と、自らのどこか頼りない感覚に改めて下を見る。見えてはならぬものが見えた。
『ちょっと! 何でわたし、すっぽんぽんなのよ!』
光の速さで両腕で胸を覆って身体を丸くする。
『見てないで、早く服を持って来てよ!』
男達は顔を見合わせた。
「あの者は何を叫んでいるのだ?」
「解りません。別の国の言葉のようです」
誰もが首を横に振る。ただ、確実なことが一つ有る。
『早くしてって言ってるのよ!』
この場の男共は全く気が利かない連中であった。ただ、勇者召喚と言う非日常の中、出て来た女が全裸だったとしても、そう言うものと思ってしまうことも有るだろう。無いかな。
見るからに危険は無さそうになので、第三皇子は護衛や文官を引き連れて女の方へと歩み寄る。
『ちょっと! 来ないでよ! 見るな! 馬鹿!』
怒鳴りつつ、益々丸くなる女。気が利かない皇子でも近寄ったことで女が怒っているらしいことは判る。
「お前は何を怒っている?」
『はあ!?』
女の方も言葉が通じていないことに気が付いた。
『ちょっとあんた達、何人よ!?』
「何を言っているのか判らん」
言葉が通じないことで、第三皇子の機嫌も傾いた。
一方で、女は男達の話す言葉に当たりを付ける。そしてそれを片言で言う。片言でしか話せないからである。
「アンタ、プローゼン、ワタシ、ログリア」
あんたらはプローゼン語を話していて、わたしはログリア語を話している。と言いたいのだ。
しかし第三皇子は気付かない。文官らに水を向ける。
「この者はログリア語を話すのではないでしょうか」
文官の一人が自信なさげに進言した。すると他の文官や護衛の一部も納得するように頷く。
「ならば、ログリア語の話者を連れて参れ!」
「ははっ」
皇子の命令に、護衛の一人が駆け出した。
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