魔王へのレクイエム

浜柔

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第三章 魔王に敗北した勇者

第二十八話

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 召喚されて現れたシーリスが服を着てルセアと話している間、壁のようなものの外では男達が騒いでいた。
「魔法回路がぁ!」
 嘆きの声を上げるのは勇者召喚の儀を行った魔法士。シーリスが壁のようなものを生成するのに床の石材を使ったことから、召喚魔法の回路もごっそりえぐられてしまっている。修復には年単位の時間と多大な費用が掛かる見込みだ。
「そんなもの、早く破ってしまわぬか」
 自分自身は何もせず、騎士らを急かすのは第三皇子。邪魔なものが目の前に現れたのが気に入らないだけのことだ。
 騎士は壁のようなものに剣を叩き込み、魔法士は魔法を叩き込む。ガッガッ、ドカドカと盛大な音は響かせるが、壁のようなものはまるで揺るがない。殆ど傷も付かず、付いても僅かな掠り傷。その掠り傷も瞬く間に消えてしまう。どう見ても突破できる見込みが無い。最初に剣を抜いた騎士を除き、徒労に心が折れかけている。皇子に視線で訴えかけるが、気にも留められない。仕方なく、そして虚しく剣や魔法を振るい続ける。

 壁のようなものの中ではシーリスがどうしたものか頭を捻らせる。
 外が騒がしい間は中に引き籠もっていなければならない。下手に外に出ようものなら攻撃や流れ弾を受けてしまい、シーリス自身はともかくとしてルセアが危険だ。目下の唯一の味方――服を持って来てくれた彼も含めるなら二人になるが――が傷付くような可能性は排除したい。この場を凌いでも、後でルセアを罰しようとするかも知れないので、その対応も必要になる。
 そのこともだが、自分はなぜこんな所に居るのかとも首を捻る。何か忘れているように思えて記憶を辿る。外のドカドカと騒がしい音が何か引っ掛かる。
 そして、ドカドカと言う音に重なって、直前まで見ていた筈の光景が脳裏に蘇った。堪らず膝を付く。

 空の上。
「貴様らの目に、貴様らが犯したことの報いをしかと焼き付けてくれるわ!」
 怒りに震える魔王の手から光球が放たれると、大きな町が郊外の土地諸共に一瞬で燃え上がる。燃えるものは灰も残さず焼き尽くされ、燃えないものはドロドロに溶けて大地に流れる。残されるのは変に光沢のある地面だけだ。
 シーリスは仲間と一緒に魔法で拘束され、魔法でまばたきできないようにされて目の前の光景を見せ付けられる。
「止めて! あの人達は関係ないでしょ!」
「殺すなら俺達だけを殺せばいいだろ!」
 声だけは出せるようにされていたシーリスとその仲間が魔王に怒鳴る。
「ほお、我に命令しようとは、立場が解っていないようだな」
「命令じゃなくて、頼んでるのよ!」
「それで頼んでいるつもりか? 仮にそれが頼みだとして、貴様らは我の同様の頼みを聞いたとでも言うのか?」
「それは……」
「生きている人と死人を一緒にするな!」
 シーリスは言い淀むが、仲間は文句を言い放った。これにはシーリスも慌てる。
「ばっ、馬鹿!」
「ほう」
 魔王は底冷えのする声で応えた。
 次の町まで来ると、魔王はシーリス達を連れて町中に降り立つ。シーリス達もよく知る町だ。
「あっ、シーリスお姉ちゃん達だ!」
 幼い女の子がシーリスを見るなり、駆け寄ってくる。
「駄目! 来ちゃ駄目!」
「来るんじゃない!」
 シーリスらの叫び声で道行く人々が何事かと振り返る。シーリスらの姿を見て笑顔を送る者も居る。しかし、その皆が見ている前で女の子から炎が上がる。藻掻き、「お姉……」と苦しげな声を出して倒れ、それを待っていたとばかりに一瞬で灰になる。目撃した人々は叫び声を上げて逃げ惑うばかりだ。
 シーリスも目の前の光景が堪えられない。
「嫌ああっ!」
「何てことを!」
 再び空に舞い上がった魔王は目下の町に光球を放つ。するとまた町が光沢のある大地を残して消えた。
「もう止めてえぇ!」
「許さんぞ、魔王!」
「くっくっく、少しは我の怒りが解ったか。だが、この程度で我は収まらぬ」
 また一つ、また一つと止めどもなく町が消える。世界の町の半分が消えるまでに掛かったのはほんの二日ほどだ。
 いつしかシーリスは滂沱の涙を流しながらしゃくり上げるばかり。仲間はもう放心したままだ。
「お……お願いだから、止めて……」
「再度問う。貴様らは我のその懇願を聞いたのか?」
「あああ!」
 シーリスは問われて叫んだ。
「ごめんなさい! 謝ります! 謝りますから! お願いします! 止めて、止めてください!」
「そんなことでは我の気は済まぬ。我は憎い。アルルを殺した人間共が! そしてアルルを灰にした貴様らが!」
「あああ!」
 シーリスは絶望のあまり絶叫した。
 そしてその後のシーリスの記憶は曖昧だ。ただ、どこかの町に投げ捨てられて、魔王から放たれた光球に呑み込まれたと感じた。

 ここに来る直前のことを思い出したシーリスが思うのは、自分は死んだのではなかったのかと言うことだ。ところが、思い出したことで震える自分の身体からだを抱き締めれば、確かに生きていると感じる。
 事情の判らないルセアは、そんなシーリスの肩を心配そうに抱いた。
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