魔王へのレクイエム

浜柔

文字の大きさ
上 下
82 / 115
第六章 勇者として

第八十話

しおりを挟む
 朝になり、ノルトは雨音に叩き起こされるように目を覚ました。外の様子を確かめようと入り口へと行くと、クインクトが濡れたシャツを乱暴に脱ぎ捨てただけの、上半身裸で眠りこけていた。ズボンは濡れたままで穿いている。
「クインクト、クインクト、こんな所で濡れたまま寝たら風邪を引きますよ」
「んん……?」
 肩を揺すられたクインクトは小さく呻くようにして目を覚ます。
「ああ……、俺は眠ってたのか」
「今日は出発できそうにありませんから、着替えて寝ていてください」
 外はまだまだ風雨が強い。
「そうさせて貰う」
 伸びをしても眠気が治まらないクインクトは、寝ぼけ眼で脱衣場で服を脱ぎ、洗い場で身体からだを洗う。その間にノルトはクインクトの着替えを脱衣所へと運んだ。裸で彷徨かれても困るからだ。
 そうする間にリリナ、エミリー、オリエも起き出し、エミリーはクインクトが洗い場から出るのを待ってから食事の仕度をし、雨に濡れても特段洗濯物が増える訳ではないオリエは外の見回りをする。
 雨に煙る中、オリエが見たのはゴンドラを取り囲むように転がる様々な魔物の骸。更にはその屍肉を漁る魔物達だ。魔物が襲って来ないのは、屍肉を漁る方が楽だからだろう。魔物の骸が転がっている限りはゴンドラが魔物に襲われる心配が無さそうだ。
 骸の中には一際大きなものが有る。ゴンドラを上回ろうかと言う大きさのワニ。その大きさ故にクインクトは幾度か剣を振るって首を落としたらしい。
 オリエは自分も同じことができるかを考える。瘴気の濃いダンジョンの中なら容易い。瘴気に犯されて以降は瘴気の中の方が力が発揮できるからだ。しかしここは、魔の森の中であってもダンジョンの外で、瘴気が薄い。固有魔法クッコロが無ければ、このワニを倒すまでには傷の一つや二つ負うかも知れない。瘴気に犯される前なら全く歯が立たないだろう。剣の腕だけなら、クインクトは今のオリエと同等かそれ以上だと言うことになる。オリエは下腹部に熱い疼きを感じた。
 ゴンドラに戻ったオリエは洗い場で申し訳程度の鎧を脱いで身体からだを流す。タオルで水気を拭き取ったら、そのまま・・・・脱衣所を出る。料理中のエミリーが傍を通るオリエを見て、目を剥いた。
 オリエは本を読んでいたノルトが唖然として目を向けるのも気に留めずにリビングに入る。そしてソファーで眠るクインクトの傍まで行くと、クインクトに覆い被さった。全身を上気させ、クインクトにおっぱいを擦り付ける。その瞬間……。
 ごいん!
 エミリーのげんこつがオリエの頭に炸裂した。オリエは叩かれた頭を押さえながら恨みがましくエミリーを見るが、エミリーは腫れた右拳の痛みを堪えていて涙目だ。ノルトの横に座っているリリナに右拳を差し出しながら漸く口を開く。
「雌犬みたいにサカってんじゃねぇよ! この変態が!」
「失礼な。わたしは強い子種を欲しているだけだ」
「それが雌犬ってんだよ!」
 リリナが黙って治療してくれた拳を確かめ、二度ばかり開いて握るエミリー。
「あんがと」
 エミリーがリリナに礼を言うと、リリナは「ふふっ」と微笑んだ。
 クインクトが薄目を開けてノルトを見る。ノルトが小さく横に首を振ると、クインクトは目を瞑った。狸寝入りである。この場限りの関係なら受け入れるのも吝かではないクインクトだが、この先も共に旅をするのだから自重する。
「クインクトより強い人なら心当たりが有りますよ」
「本当か!?」
 身を乗り出して問い返すオリエのおっぱいがたゆんと揺れる。ノルトはいつもの格好なら多少は慣れたものの、完全な剥き出しでは視線を置いて良いものか判らず、視線を彷徨わせる。
「とにかく直ぐに何か着て戴けるなら、機会が有った時に紹介しましょう」
 これは勿論ドレッドのことなので、機会が有るかは疑問だ。しかし先のことなど判らない。
「絶対だぞ」
「はい」
 安請け合いである。しかしオリエは納得し、エミリーが左手で差し出した鎧を受け取って、この場で身に着ける。クインクトの狸寝入りは朝食まで続きそうである。
 朝食後もノルトは本を読む。その様子にリリナは興味を惹かれた。暇なのだ。
「何を読んでらっしゃいますのん?」
「古い魔王の伝説が書かれた本です」
 本を閉じて表紙をリリナに見せる。
「大崩壊前には五百年毎に魔王が出現していて、その都度勇者に倒されたと言ったことが書かれています」
「魔王や勇者って、一人だけではありませんの?」
「そうじゃなかったようですね。奇妙なことに、この本の伝説に書かれた勇者は必ず魔王が出現した後に現れています」
「それのどこか奇妙なのですか?」
「別の文献に書かれていたことですが、大崩壊の時は勇者が何人も召喚されていて、その最初の勇者は魔王が出現する前に召喚されたらしいのです」
 理解していないのを主張するように小首を傾げるリリナに、ノルトは肩を竦めつつももう少し付き合うことにした。雨が上がるまでは一休みである。
しおりを挟む

処理中です...