慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔

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エピローグ

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 王都の城館が炎上する中で王都中に響いたエカテリーナの笑い声と叫び声の意味など、レミアにも判らない。改めて問いたくても叶いはしない。嘆くエカテリーナを傍観するだけになったことにも、不甲斐なさを感じる。
 あの日、あの時を境にエカテリーナの消息はぷっつりと途絶え、十数年経った今でもその行方はようとして知れない。

 この日、レミアは花を携えて墓地を訪れていた。思い出されるのはあの日のこと。そしてその後のことである。

 あの日は、炎々とした炎が城館を包み込んで燃え上がり、煙が空高く巻き上がっていた。王都のどこからでも見えた程の煙だ。
 レミアはただただその煙の行方を目で追っていた。住民の多くも噂話をしながら見詰める。
 曰く、大火の再来か。
 以前の大火からの復興も途上のまま、また大火に見舞われれば復興が大きく遠ざかる。そのためか、人々は戦々恐々として、火が自分の家に来ないように祈る。
 レミアにも自然と噂話が耳に入り、住民らの不安げな様子が目の端に映る。だが、レミアにとっては他人事ひとごとだ。噂話を集める中でハイデルフト家、特に怨霊となってしまったエカテリーナへの悪罵への不快感ばかり想起した。
 エカテリーナの底冷えのするような笑い声が響いたのはそんな時だ。
 ところが直ぐにそれが一転して叫びに変わり、延々と続く。終わりなどないかのように感じられた。堪えられなくなったらしく、耳を塞ぐ者も居る。
 そこに降り出したのが雨。次第に勢いを増す雨音は激しく、エカテリーナの声さえも掻き消してしまう。
 強い雨は城館にも降り注ぎ、火災も消し止められた。類焼が本格化する前だったことから、殆ど類焼もしていない。このことには住民の多くが安堵の声を発していた。
 それでもこの時の火災による犠牲者は四桁を数える。多くは叛乱に参加した住民らで、城館内で命を落としたのである。

「きっと嫌な顔をされるでしょうけど、思い出すのはやっぱりあの時のヘンドリックさんの顔です」
 墓前で、レミアは小さく呟きながら思い出し笑いをした。

 あの日、レミアは雨上がりにヘンドリックと再会した。エカテリーナが居ることに微かな期待を抱きつつ、惨状を確かめに行ったところで同じ目的の彼と偶然出会でくわしたのである。
 彼は酷く気まずげで、微妙な顔を見せる。理由は何となく察せられた。はっきりと告げられてはいないが、最後に別れた時には今生の別れのような雰囲気を醸し出していたのだ。そんな相手にまた会えば所在も無くなろうというものである。
 そんなヘンドリックにこれまでどうしていたのかを問うと、王都内のボナレス伯爵邸に滞在していたと答えた。伯爵の金銭的な困窮の原因の多くが虚栄を元にしていたことから、邸《やしき》は邸を手放すと言う他の貴族から侮られる行いができなかったらしい。
 そしてそこでエカテリーナの訪れを待っていたのだと言う。ボナレス伯爵の執事をしていたことから、彼女から恨まれ、狙われて当然だと考えたらしい。
 ところがエカテリーナは一度も現れず仕舞いであった。
 また、ヘンドリックは旧友ともこの時に再会した。相手が城館とその周囲の後始末の指揮を執っているところに行き違ったのだ。
 この時の重苦しさはレミアと再会した時を遥かに上回る。その旧友であり宰相であるテネスノイトもまた、ヘンドリックに会って重苦しい気配を漂わせたため、単純でも二倍だ。それだけではない雰囲気も醸し出す。
 居合わせたレミアの方が居たたまれない。
 レミアは口が重くなっている二人から粘りに粘って理由を聞き出した。二人は二人とも自らもがエカテリーナの標的だと信じていたと言う。だから二人は互いに別れを告げたのだ。ところが、二人とも一顧だにされず生き延びてしまった。
 勇み足とは恐ろしいものだと、レミアはしみじみと感じた。物理的にダメージが無くても精神的に来ることもあるのだから。

 火災の後始末をするテネスノイトは国王の崩御を知って人柱を全て撤去し、まとめて弔った。身元の確認をしないことに不平を漏らす住民も居たが、彼は無視する。そして後始末が一段落した時、弔いにて人間的対応を怠った責任を取るとして宰相を辞任した。
 当然ながら適当な理由を付けて宰相を辞任したかっただけだ。その後はレミア、ヘンドリックと行動を共にする。
 三人で行ったのはヘンドリックがレミアに言った、エカテリーナに関する顛末の編纂である。
 資金はテネスノイトが全額を負担した。これには「金の亡者が不思議なこともあるものです」とヘンドリックが頻りに首を傾げる。これに対してテネスノイトは「編纂したものを本にして出版すれば、注ぎ込んだ資金の数倍の利益は有る」と主張したが、どこまで本気か疑わしくもあった。とても利益が出ると思えないことからも、きっとテネスノイトの照れ隠しなのだと考えたレミアであった。
 編纂はテネスノイトが城館にて焼け残った資料を集めて整理し、足りない部分はヘンドリックを中心にして現地へ赴いて調査をし、レミアが資料に無い過去の逸話も含めて執筆する形で行った。完全に役割分担をした訳ではないため、レミアやテネスノイトが現地調査に赴いたことも、テネスノイトやヘンドリックが執筆したこともある。そこは臨機応変だ。
 これの完了までには一〇年余りの月日を費やした。
 ところが作業を終えて間もなく、既に老齢を迎えていたテネスノイトとヘンドリックが相次いで亡くなる。
「エカテリーナ嬢について編纂するために生き延びさせられたのでございましょう」
 病床でのヘンドリックの言葉がレミアには印象的だった。

 レミアは墓前に花を添える。
「早いものですね。もう一年も経ちました」
 ヘンドリックは亡くなったのは昨年の今日であった。

 エカテリーナについての編纂をする間に国内情勢は大きな変化を見せた。
 城館が全焼した日に国王が崩御したことで、後継者の居なかった王国は崩壊する。その後は健在だった領主達が元老院制を敷いて統治した。ここでは各領主がほぼ独立国のように振る舞ったため、図らずもハイデルフト候の目指したものに近い政治体制となった。
 しかし、ハイデルフト領を中心としたハイデルフト共和国と、幾つかの元老院に与しない公国が興ったことから、元老院の支配する面積は元の王国の半分程度に留まる。
 ハイデルフト共和国の初代大統領は元ボナレス軍人のハロルドである。

「レミア、終わったかい?」
「ええ」
 編纂を行う途中でレミアはゴダードにも再会した。そしてそれ以来、ゴダードはちゃっかりとレミアの横に居座っている。
 どうやら生涯に渡ってのつもりらしく、レミアもそれを許してしまった。
「レミアの愛しのお嬢様はどこに行ったんだろうね」
「ほんとに……」
 怨霊による一連の事件で亡くなったのは約二万人。王国の二〇〇分の一程の命が失われた勘定だ。これを多いと見るか少ないと見るかは後世の歴史家に委ねることにしている。
 そして王都の件より後に怨霊が起こしたとされる事件は無い。幾つか怨霊の仕業ではないかと言われた事件も有ったが、調べてみれば単なる事件か事故であった。
「お嬢様は何処へ行ったののかしらね……。冥府に旅立ったと思いたいのだけど、方向音痴のお嬢様のことだから、もしかするとまだこの世界の何処かを彷徨っているかも知れないわね」
 レミアは昔のエカテリーナを思い出して小さく笑う。
「案外、人助けをしながら旅をしているかも知れないわ」

   ◆

『迷ってますわよ! ここは一体どこーっ!?』
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