3 / 38
第一話 追憶-3
しおりを挟む
「ああ、リーナ。貴女をここに独り残さなければならないなんて、不安で胸が押し潰されそうだわ」
「シルフィったら大袈裟よ。それはともかく、卒業おめでとう」
「ありがとう。貴女との学園生活はとても楽しかったわ。だけど、楽しい時間は一瞬で過ぎるものね」
「本当にそう」
この日は貴族子女が通う王立学園の卒業式の日。エカテリーナの遠い血縁であり、一歳年上ながら親友でもあり、姉のように慕いもするシルフィエット・メストロアルが卒業した。子女の多くがそうであるように、シルフィエットは王都の屋敷には戻らず、学園から真っ直ぐ領地へと帰郷する。
エカテリーナはその見送りに駆け付けていた。
正面玄関の広々としたテラスでは、二人同様に別れを惜しむ卒業生や在園生がそこかしこに佇んで言葉を交わす。終わりの時は迎えの馬車の到着。テラスに同時に留められる馬車には限りが有るために順番を待っているのだ。
そんな周囲の話し声は断片的ながらシルフィエットとエカテリーナの耳にも届いている。
「領地にお帰りになる方が多いようね」
「義務でなければ王都にいらっしゃることもなかったのでしょう」
王立学園に三年間通うことが貴族としての身分を得る条件となっているのだが、二人の会話には暗に語られている部分も有る。
平民にさえ暗愚と噂され始めた現国王の失政によって経済が冷え込んでいるところに加え、国王が自らの遊興費用を賄うために増税を繰り返したことから、王家直轄領領民は貧困に喘ぐようになった。そんな彼らは生活のために出稼ぎをするべく王都に押し寄せてもいる。しかし、王都とて直轄領。他の地域ほどでなくとも増税され、都民生活を圧迫している。そこに大勢の者が職を求めて押し寄せるのだから、ただでさえ少なくなった受け入れ余地など瞬く間に尽きる。そこに追い打ちを掛けるように、職を得られなかった者が犯罪に走り、瞬く間に治安も悪化した。
そうした結果、領地で暮らす方が安心できる状況にまでなっているのである。
「やっぱり心配だわ。独りで外に出歩いたりしては駄目よ」
そう言いながら首に腕を回して抱き付くシルフィエットを宥めるように、エカテリーナは軽く彼女を抱き締め返しつつ右手で背中を優しく叩く。
「もう、心配し過ぎよ」
苦笑混じりに答えたエカテリーナの言葉は、シルフィエットの意図したこと、つまり「独りで出歩いて暴漢に襲われたりしないか」に限定すれば、その通りとなる。
◆
それが幸せな日々の終焉だったのだ。
そのシルフィエットはこの場には居ない。エカテリーナはそのことに安堵するとともに唯一残る親友のために祈る。
――私の分まで幸せになって。
今や、エカテリーナには親友だけでなく、親しかった者さえ殆ど残されていない。シルフィエット、その両親であるメストロアル侯爵夫妻、そして疾うに暇を出した傍付きのメイドを始めとした幾人かの使用人のみ。他の者達は既に殺されるか自害して果てた。
彼女自身、先に逝った者達の許へと送られようとしている。
そう、ここは処刑場。階段の上は処刑台。エカテリーナを待つのはギロチンであった。
自らを待ち受けるものを微かに意識に入れると、エカテリーナの脳裏には別の感情が過ぎる。
怒り、憤り、そして憎しみ。先まで親友のために祈っていた穏やかな心は一瞬で闇に染まる。
感情を苛み続ける記憶も呼び起こされた。
「シルフィったら大袈裟よ。それはともかく、卒業おめでとう」
「ありがとう。貴女との学園生活はとても楽しかったわ。だけど、楽しい時間は一瞬で過ぎるものね」
「本当にそう」
この日は貴族子女が通う王立学園の卒業式の日。エカテリーナの遠い血縁であり、一歳年上ながら親友でもあり、姉のように慕いもするシルフィエット・メストロアルが卒業した。子女の多くがそうであるように、シルフィエットは王都の屋敷には戻らず、学園から真っ直ぐ領地へと帰郷する。
エカテリーナはその見送りに駆け付けていた。
正面玄関の広々としたテラスでは、二人同様に別れを惜しむ卒業生や在園生がそこかしこに佇んで言葉を交わす。終わりの時は迎えの馬車の到着。テラスに同時に留められる馬車には限りが有るために順番を待っているのだ。
そんな周囲の話し声は断片的ながらシルフィエットとエカテリーナの耳にも届いている。
「領地にお帰りになる方が多いようね」
「義務でなければ王都にいらっしゃることもなかったのでしょう」
王立学園に三年間通うことが貴族としての身分を得る条件となっているのだが、二人の会話には暗に語られている部分も有る。
平民にさえ暗愚と噂され始めた現国王の失政によって経済が冷え込んでいるところに加え、国王が自らの遊興費用を賄うために増税を繰り返したことから、王家直轄領領民は貧困に喘ぐようになった。そんな彼らは生活のために出稼ぎをするべく王都に押し寄せてもいる。しかし、王都とて直轄領。他の地域ほどでなくとも増税され、都民生活を圧迫している。そこに大勢の者が職を求めて押し寄せるのだから、ただでさえ少なくなった受け入れ余地など瞬く間に尽きる。そこに追い打ちを掛けるように、職を得られなかった者が犯罪に走り、瞬く間に治安も悪化した。
そうした結果、領地で暮らす方が安心できる状況にまでなっているのである。
「やっぱり心配だわ。独りで外に出歩いたりしては駄目よ」
そう言いながら首に腕を回して抱き付くシルフィエットを宥めるように、エカテリーナは軽く彼女を抱き締め返しつつ右手で背中を優しく叩く。
「もう、心配し過ぎよ」
苦笑混じりに答えたエカテリーナの言葉は、シルフィエットの意図したこと、つまり「独りで出歩いて暴漢に襲われたりしないか」に限定すれば、その通りとなる。
◆
それが幸せな日々の終焉だったのだ。
そのシルフィエットはこの場には居ない。エカテリーナはそのことに安堵するとともに唯一残る親友のために祈る。
――私の分まで幸せになって。
今や、エカテリーナには親友だけでなく、親しかった者さえ殆ど残されていない。シルフィエット、その両親であるメストロアル侯爵夫妻、そして疾うに暇を出した傍付きのメイドを始めとした幾人かの使用人のみ。他の者達は既に殺されるか自害して果てた。
彼女自身、先に逝った者達の許へと送られようとしている。
そう、ここは処刑場。階段の上は処刑台。エカテリーナを待つのはギロチンであった。
自らを待ち受けるものを微かに意識に入れると、エカテリーナの脳裏には別の感情が過ぎる。
怒り、憤り、そして憎しみ。先まで親友のために祈っていた穏やかな心は一瞬で闇に染まる。
感情を苛み続ける記憶も呼び起こされた。
20
あなたにおすすめの小説
笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~
虹湖🌈
ファンタジー
不器用だっていいじゃない。焼きたてのパンがあればきっと明日は笑えるから
「悪役令嬢」と蔑まれ、婚約者にも捨てられた公爵令嬢フィオナ。彼女の唯一の慰めは、前世でパン職人だった頃の淡い記憶。居場所を失くした彼女が選んだのは、華やかな貴族社会とは無縁の、小さなパン屋を開くことだった。
人付き合いは苦手、笑顔もぎこちない。おまけにパン作りは素人も同然。
「私に、できるのだろうか……」
それでも、彼女が心を込めて焼き上げるパンは、なぜか人の心を惹きつける。幼馴染のツッコミ、忠実な執事のサポート、そしてパンの師匠との出会い。少しずつ開いていくフィオナの心と、広がっていく温かい人の輪。
これは、どん底から立ち上がり、自分の「好き」を信じて一歩ずつ前に進む少女の物語。彼女の焼くパンのように、優しくて、ちょっぴり切なくて、心がじんわり温かくなるお話です。読後、きっとあなたも誰かのために何かを作りたくなるはず。
【完結】婚約破棄された辺境伯爵令嬢、氷の皇帝に溺愛されて最強皇后になりました
きゅちゃん
ファンタジー
美貌と知性を兼ね備えた辺境伯爵令嬢エリアナは、王太子アレクサンダーとの婚約を誇りに思っていた。しかし現れた美しい聖女セレスティアに全てを奪われ、濡れ衣を着せられて婚約破棄。故郷に追放されてしまう。
そんな時、隣国の帝国が侵攻を開始。父の急死により戦場に立ったエリアナは、たった一人で帝国軍に立ち向かうことにー
辺境の令嬢がどん底から這い上がる、最強の復讐劇が今始まる!
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
叶えられた前世の願い
レクフル
ファンタジー
「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!
音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ
生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界
ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生
一緒に死んだマヤは王女アイルに転生
「また一緒だねミキちゃん♡」
ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差
アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。
問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。
風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。
噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。
そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。
生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし──
「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」
一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。
そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる