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第一話 追憶-6
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王立学園が夏期休暇に入り、エカテリーナがそれまでの気疲れから数日間臥せっている間に事態は急変する。父のハイデルフト候が王国に叛旗を翻したのだ。
ハイデルフト候は以前から暗愚な国王と粗暴さの垣間見える王太子に国の未来を憂慮していた。突き詰めればハイデルフト領とその領民の未来をだ。国王直轄領の荒廃が進んで流民が発生すれば、その流入によってハイデルフト領までその渦に巻き込まれる。
食い止めるには武力を必要とするため、いざと言う時のために王家の排除も視野に入れて準備をしていた。行使していなかったのは国内を動揺させないため。荒廃を避けようとして荒廃させたのでは本末転倒だ。だから使われない武力の筈だった。
ところが一足先に学園が一人の女学生を元にして荒廃した。その彼女、即ちゲームヒロインの繰り返す不埒な振る舞いについては、エカテリーナに護衛も兼ねて付けているメイドからの報告で早い時期に把握済みだった。しかし、学園の主だった者が悉く籠絡されるとまでは予想だにしていない。その影響力を量りかねてもいた。
看過できないほどに危険な状況だと明らかになったのは六月末。ゲームヒロインと王太子によるロビーでの情事だ。直後に王太子が彼女を妃候補としたことで危惧していた未来の到来が約束されたに等しい。
これを受け、ハイデルフト候は領へと密使を送り、不測の事態に備えて領軍兵士を密かに王都に侵入させるよう手配した。軍の主力を近隣に潜ませることも合わせて手配した。
軍の準備が整うのは暫く先だ。それまでの間、最も気掛かりなのが娘のエカテリーナである。六月下旬以降、日に日に目に見えて憔悴を深める姿は親として見ていられなかった。原因が王立学園に有るのは明白なため、休学するよう諭したが、自分を頼りにしている友人も居るからと、エカテリーナは頑なに通い続ける。娘の頑固さに呆れつつも、その周囲にまでは直接的な害が及んでいないことも判っていたのでその意思を尊重して好きにさせていた。しかしもう、そうさせられる状況ではなくなっている。ちょうど夏期休暇に入ったことに安堵したのはハイデルフト候も同じだ。エカテリーナが体調を崩したために延期したが、この機にエカテリーナを領へと送り返す腹づもりでもあった。
ところが事態は事情を待ってくれない。
国王直轄領に在る村の一つが襲撃されて灰燼と化した。翌日に実行犯として捕らえられたのがハイデルフト候と親しくしていた貴族の一人だ。その翌日には予め決められていたように財産を没収され、処刑された。
冤罪だ。国王の自作自演だともハイデルフト候は断定する。襲撃当日に禁足令が発令され、貴族は王都から出られなくなった。第一報さえ届かない頃合いにそうなった。襲撃されたのが重い税負担の軽減を幾度となく訴えていた村であることも理由。その後の対応も拙速過ぎた。そして何より国王直轄軍の一部が件の村近辺で目撃されていた。
日頃から諌言を繰り返す自分を疎んじて排除に乗り出したのだろうと、その動機も推理する。
そしてそれは正に真相を突いていた。国王は底を突いた国庫に代わる遊興費用を得るためには略奪すれば良いのだと考えた。耳障りな訴えをする平民を殺して財産を奪えば周りも静かになる。そこそこの財産を持っている者に罪を被せ、その財産を没収することで更に資金を得ることができる。罪を被せる相手がハイデルフト候と縁の有る者ならその権勢を削ぐことにも繋がる。こんな一度で何度も美味しい思いをすることを目論んだのだ。
お粗末な実行計画と粗雑な実行だったことでハイデルフト候のみならず、多くの貴族が国王の仕業だと察していた。だが、国に対抗するだけの武力を持ち合わせていないことから、火の粉が自分に降り掛からないようにと、殆どの者が沈黙する。
黙っていられないのがハイデルフト候である。標的にされていることが確実となれば、状況は時が経てば経つほど悪化する。座していれば滅ぼされるのを待つだけとなる。
斯くしてハイデルフト候は叛乱を実行に移す決断をした。王家を打倒した後に目指すのは、現在の各領主を君主とした緩やかな連邦制である。
直ぐさま執事長とメイド長を除く使用人を全て解雇。退職金として手元の金子を全て分け与え、一人ずつ時間差を付けて王都から出るように指示した。皆は訝しみつつも従い、最後まで渋っていたエカテリーナ付きのメイドのレミアが王都を後にしたのは三日後のことである。
残る二人にハイデルフト候は深く詫びた。
兵力集結の手配は使用人が王都から去るのと平行して進む。王都に侵入済みの兵力で騒擾する隙に近隣に潜んでいる主力が侵攻し、国王、王太子、そしてその婚約者の三名を排除する手筈だ。
だが、叛乱の決行当日、主力が王都に到着しなかった。
ハイデルフト候は以前から暗愚な国王と粗暴さの垣間見える王太子に国の未来を憂慮していた。突き詰めればハイデルフト領とその領民の未来をだ。国王直轄領の荒廃が進んで流民が発生すれば、その流入によってハイデルフト領までその渦に巻き込まれる。
食い止めるには武力を必要とするため、いざと言う時のために王家の排除も視野に入れて準備をしていた。行使していなかったのは国内を動揺させないため。荒廃を避けようとして荒廃させたのでは本末転倒だ。だから使われない武力の筈だった。
ところが一足先に学園が一人の女学生を元にして荒廃した。その彼女、即ちゲームヒロインの繰り返す不埒な振る舞いについては、エカテリーナに護衛も兼ねて付けているメイドからの報告で早い時期に把握済みだった。しかし、学園の主だった者が悉く籠絡されるとまでは予想だにしていない。その影響力を量りかねてもいた。
看過できないほどに危険な状況だと明らかになったのは六月末。ゲームヒロインと王太子によるロビーでの情事だ。直後に王太子が彼女を妃候補としたことで危惧していた未来の到来が約束されたに等しい。
これを受け、ハイデルフト候は領へと密使を送り、不測の事態に備えて領軍兵士を密かに王都に侵入させるよう手配した。軍の主力を近隣に潜ませることも合わせて手配した。
軍の準備が整うのは暫く先だ。それまでの間、最も気掛かりなのが娘のエカテリーナである。六月下旬以降、日に日に目に見えて憔悴を深める姿は親として見ていられなかった。原因が王立学園に有るのは明白なため、休学するよう諭したが、自分を頼りにしている友人も居るからと、エカテリーナは頑なに通い続ける。娘の頑固さに呆れつつも、その周囲にまでは直接的な害が及んでいないことも判っていたのでその意思を尊重して好きにさせていた。しかしもう、そうさせられる状況ではなくなっている。ちょうど夏期休暇に入ったことに安堵したのはハイデルフト候も同じだ。エカテリーナが体調を崩したために延期したが、この機にエカテリーナを領へと送り返す腹づもりでもあった。
ところが事態は事情を待ってくれない。
国王直轄領に在る村の一つが襲撃されて灰燼と化した。翌日に実行犯として捕らえられたのがハイデルフト候と親しくしていた貴族の一人だ。その翌日には予め決められていたように財産を没収され、処刑された。
冤罪だ。国王の自作自演だともハイデルフト候は断定する。襲撃当日に禁足令が発令され、貴族は王都から出られなくなった。第一報さえ届かない頃合いにそうなった。襲撃されたのが重い税負担の軽減を幾度となく訴えていた村であることも理由。その後の対応も拙速過ぎた。そして何より国王直轄軍の一部が件の村近辺で目撃されていた。
日頃から諌言を繰り返す自分を疎んじて排除に乗り出したのだろうと、その動機も推理する。
そしてそれは正に真相を突いていた。国王は底を突いた国庫に代わる遊興費用を得るためには略奪すれば良いのだと考えた。耳障りな訴えをする平民を殺して財産を奪えば周りも静かになる。そこそこの財産を持っている者に罪を被せ、その財産を没収することで更に資金を得ることができる。罪を被せる相手がハイデルフト候と縁の有る者ならその権勢を削ぐことにも繋がる。こんな一度で何度も美味しい思いをすることを目論んだのだ。
お粗末な実行計画と粗雑な実行だったことでハイデルフト候のみならず、多くの貴族が国王の仕業だと察していた。だが、国に対抗するだけの武力を持ち合わせていないことから、火の粉が自分に降り掛からないようにと、殆どの者が沈黙する。
黙っていられないのがハイデルフト候である。標的にされていることが確実となれば、状況は時が経てば経つほど悪化する。座していれば滅ぼされるのを待つだけとなる。
斯くしてハイデルフト候は叛乱を実行に移す決断をした。王家を打倒した後に目指すのは、現在の各領主を君主とした緩やかな連邦制である。
直ぐさま執事長とメイド長を除く使用人を全て解雇。退職金として手元の金子を全て分け与え、一人ずつ時間差を付けて王都から出るように指示した。皆は訝しみつつも従い、最後まで渋っていたエカテリーナ付きのメイドのレミアが王都を後にしたのは三日後のことである。
残る二人にハイデルフト候は深く詫びた。
兵力集結の手配は使用人が王都から去るのと平行して進む。王都に侵入済みの兵力で騒擾する隙に近隣に潜んでいる主力が侵攻し、国王、王太子、そしてその婚約者の三名を排除する手筈だ。
だが、叛乱の決行当日、主力が王都に到着しなかった。
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