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32 お誘い
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「ユアーっ! ユア、どこなのーっ! ユアナセラーっ!」
ルキアスの耳に遠くで叫ぶ女性の声が聞こえた。
(ユアってぼくの膝に座っているユアのこと?)
「ねえ、ユア? 今の声、もしかしてユアのママかな?」
半割三つ目馬鈴薯を食べながらユアは頷いた。
(やっぱりか……)
「あの! 五歳くらいの女の子を見ませんでした? ユアって言うんですけど!」
ルキアスがテントを置いた広場を囲む木立が邪魔してか、広場の外の通りで叫ぶ女性はルキアスの膝に座るユアに気付かない。道行く人もまた同じで、皆女性に対して首を横に振るばかり。
(このままじゃ擦れ違っちゃう)
ルキアスは女性が遠くへ行ってしまう危惧を抱いた。
「ユアちゃんのお母さん! ユアちゃんならここです!」
声を張り上げたことで広場にぽつぽつと居る人々から注目を浴びてしまい、若干動揺する。だが堪えた。
そしてそのルキアスの多少の羞恥心を支払った行為は功を奏した。
「えっ! ユア! ユアーっ!」
女性の方もユアに気付いた。女の人が息を切らして走り寄る。そこはかとなくふんわりした印象のある美人だ。そのユアとよく似た顔立ちは誰が見ても母娘である。
「もう、勝手に居なくならないでって、いつも言ってるのに、この子は! あっ、あなたも本当にありがとうね。ずっとユアの面倒をみてくれてたんでしょう? 迷惑じゃなかったかしら?」
女性はユアをいの一番に叱ると、直ぐにルキアスに向き直ってお礼を言った。
「いえ、ユアちゃんは良い子にしてましたから」
馬鈴薯を食べられこそしたが、ユアは愚図ったり泣いたりが一切無かったため、ルキアスが困るような事は無かった。ただ少し脚が痺れ始めてはいるくらいだろう。むしろユアは温和しすぎるくらいに感じるほどだ。
だが女性は目敏く出しっぱなしのフライパンとユアが手に持つ馬鈴薯に視線を往復させる。
「あ! もしかしてそれ、あなたの夕食じゃなかったのかしら?」
「あ、はあ……、まあ……」
「ごめんなさいねぇ。もう、この子ったら……」
女性は形の良い眉毛を顰めながら何かを考える素振りをした後、両手の平をポンと合わせた。
「そうだ。お家にいらっしゃいな。お礼とお詫びを兼ねて夕食をご馳走させてちょうだいな」
「え……、だけど、その……」
ルキアスの脳裏にふと母親の「知らない人に付いて行ってはいけません」の言葉が浮かんだ。だがこの場合は逆だ。女性の方こそルキアスのような知らない人を家に入れてはいけない。
ところが女性にはその点を気にする素振りがまるで無い。
「駄目かしら?」
重ねて誘われても尚ルキアスが躊躇っていると、女性は柳眉を下げて哀しそうにする。
(うう……、何か罪悪感が)
女性の哀しそうな表情には免疫の無いルキアスである。
「だ、駄目じゃないんですけど、ぼくみたいなのが行ってもいいんですか? お家の人とか……」
ルキアスがそう言った途端、女性の顔から哀愁が吹き飛んだ。
「あー、そんな事を気にしてたのね。大丈夫よ。夫はどうせ帰って来ないし、お手伝いさんは帰る時間だし」
「それってもっと駄目なんじゃ……?」
「え? えー? もしかして。そう言うことーっ?」
女性がほっぺたを両手で挟んでにやけ顔をする。これには何かからかわれているように感じ、ルキアスは居心地が悪かった。
「あらまー、もうもじもじしちゃって、まあ。でも、そうね……。若い男の子を連れ込んだなんて思われちゃうのかしら。イケナイ事をしてるなんて後ろ指を指されたりするのかしら。あーん、でもほんとにそうなったらどうしましょう? いえいえ駄目よ駄目。わたしだって夫と子供のある身なんですものイケナイわ。だけど待って、こんな子に迫られたらわたしきっとどうにかなっちゃうわ!」
顔を赤らめて首を左右に振って悶える女性。その言葉は早口すぎてルキアスははっきりと聞き取れない。
だがその様子があまりに得体が知れなすぎて、ルキアスは却って落ち着いた。
「ねえ、ユア? ユアのママっていつもこんな感じなの?」
ユアは少し考える素振りを見せた後で頷く。
「時々こう」
「そうなんだ……」
(それならしょうがない……。
と言いたいところだけど、周りの注目が集まりだして居たたまれない)
ルキアスはまた羞恥心が湧き起こった。せめてのも救いはテントを置いたこの場所の人通りが少ないことだ。
「ユアちゃんのママさん! ユアちゃんのママさん!」
「嫌よ、『ママさん』だなんて。メイナーダって呼んで! あ、だけど名前呼びを許したからっていきなりは駄目よ?」
胸元で両手を握り締めてユアの母親、メイナーダがルキアスに迫る。
「いきなりって何がですか!?」
ところがルキアスが叫んだところでメイナーダは「しまった!」って顔をする。
「あらやだ。おほほほほ。だけどお願い。来てくれないかしら? この子もあなたに懐いているようだし、来てくれたらこの子もきっと喜ぶわ。ねー、ユア? このお兄ちゃんがお家に来たら嬉しいわよね?」
メイナーダは誤魔化すように笑った後で再度ルキアスを誘い、ユアにも話を振った。
ユアは頷いて、肩越しにルキアスを見上げる。期待の眼差しだ。
(これはもうしょうがないよね……)
「判りました。お邪魔します」
「まあ! ユア、来てくれるって!」
ルキアスの答えをメイナーダがユアに通訳すると、ユアはぱあっと笑顔を満開にさせた。
ルキアスの耳に遠くで叫ぶ女性の声が聞こえた。
(ユアってぼくの膝に座っているユアのこと?)
「ねえ、ユア? 今の声、もしかしてユアのママかな?」
半割三つ目馬鈴薯を食べながらユアは頷いた。
(やっぱりか……)
「あの! 五歳くらいの女の子を見ませんでした? ユアって言うんですけど!」
ルキアスがテントを置いた広場を囲む木立が邪魔してか、広場の外の通りで叫ぶ女性はルキアスの膝に座るユアに気付かない。道行く人もまた同じで、皆女性に対して首を横に振るばかり。
(このままじゃ擦れ違っちゃう)
ルキアスは女性が遠くへ行ってしまう危惧を抱いた。
「ユアちゃんのお母さん! ユアちゃんならここです!」
声を張り上げたことで広場にぽつぽつと居る人々から注目を浴びてしまい、若干動揺する。だが堪えた。
そしてそのルキアスの多少の羞恥心を支払った行為は功を奏した。
「えっ! ユア! ユアーっ!」
女性の方もユアに気付いた。女の人が息を切らして走り寄る。そこはかとなくふんわりした印象のある美人だ。そのユアとよく似た顔立ちは誰が見ても母娘である。
「もう、勝手に居なくならないでって、いつも言ってるのに、この子は! あっ、あなたも本当にありがとうね。ずっとユアの面倒をみてくれてたんでしょう? 迷惑じゃなかったかしら?」
女性はユアをいの一番に叱ると、直ぐにルキアスに向き直ってお礼を言った。
「いえ、ユアちゃんは良い子にしてましたから」
馬鈴薯を食べられこそしたが、ユアは愚図ったり泣いたりが一切無かったため、ルキアスが困るような事は無かった。ただ少し脚が痺れ始めてはいるくらいだろう。むしろユアは温和しすぎるくらいに感じるほどだ。
だが女性は目敏く出しっぱなしのフライパンとユアが手に持つ馬鈴薯に視線を往復させる。
「あ! もしかしてそれ、あなたの夕食じゃなかったのかしら?」
「あ、はあ……、まあ……」
「ごめんなさいねぇ。もう、この子ったら……」
女性は形の良い眉毛を顰めながら何かを考える素振りをした後、両手の平をポンと合わせた。
「そうだ。お家にいらっしゃいな。お礼とお詫びを兼ねて夕食をご馳走させてちょうだいな」
「え……、だけど、その……」
ルキアスの脳裏にふと母親の「知らない人に付いて行ってはいけません」の言葉が浮かんだ。だがこの場合は逆だ。女性の方こそルキアスのような知らない人を家に入れてはいけない。
ところが女性にはその点を気にする素振りがまるで無い。
「駄目かしら?」
重ねて誘われても尚ルキアスが躊躇っていると、女性は柳眉を下げて哀しそうにする。
(うう……、何か罪悪感が)
女性の哀しそうな表情には免疫の無いルキアスである。
「だ、駄目じゃないんですけど、ぼくみたいなのが行ってもいいんですか? お家の人とか……」
ルキアスがそう言った途端、女性の顔から哀愁が吹き飛んだ。
「あー、そんな事を気にしてたのね。大丈夫よ。夫はどうせ帰って来ないし、お手伝いさんは帰る時間だし」
「それってもっと駄目なんじゃ……?」
「え? えー? もしかして。そう言うことーっ?」
女性がほっぺたを両手で挟んでにやけ顔をする。これには何かからかわれているように感じ、ルキアスは居心地が悪かった。
「あらまー、もうもじもじしちゃって、まあ。でも、そうね……。若い男の子を連れ込んだなんて思われちゃうのかしら。イケナイ事をしてるなんて後ろ指を指されたりするのかしら。あーん、でもほんとにそうなったらどうしましょう? いえいえ駄目よ駄目。わたしだって夫と子供のある身なんですものイケナイわ。だけど待って、こんな子に迫られたらわたしきっとどうにかなっちゃうわ!」
顔を赤らめて首を左右に振って悶える女性。その言葉は早口すぎてルキアスははっきりと聞き取れない。
だがその様子があまりに得体が知れなすぎて、ルキアスは却って落ち着いた。
「ねえ、ユア? ユアのママっていつもこんな感じなの?」
ユアは少し考える素振りを見せた後で頷く。
「時々こう」
「そうなんだ……」
(それならしょうがない……。
と言いたいところだけど、周りの注目が集まりだして居たたまれない)
ルキアスはまた羞恥心が湧き起こった。せめてのも救いはテントを置いたこの場所の人通りが少ないことだ。
「ユアちゃんのママさん! ユアちゃんのママさん!」
「嫌よ、『ママさん』だなんて。メイナーダって呼んで! あ、だけど名前呼びを許したからっていきなりは駄目よ?」
胸元で両手を握り締めてユアの母親、メイナーダがルキアスに迫る。
「いきなりって何がですか!?」
ところがルキアスが叫んだところでメイナーダは「しまった!」って顔をする。
「あらやだ。おほほほほ。だけどお願い。来てくれないかしら? この子もあなたに懐いているようだし、来てくれたらこの子もきっと喜ぶわ。ねー、ユア? このお兄ちゃんがお家に来たら嬉しいわよね?」
メイナーダは誤魔化すように笑った後で再度ルキアスを誘い、ユアにも話を振った。
ユアは頷いて、肩越しにルキアスを見上げる。期待の眼差しだ。
(これはもうしょうがないよね……)
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「まあ! ユア、来てくれるって!」
ルキアスの答えをメイナーダがユアに通訳すると、ユアはぱあっと笑顔を満開にさせた。
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