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35 時間も理由も
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メイナーダは途中だった食事をあっと言う間に終えて片付け始める。女性としては異様なまでの早さだ。だがルキアスはそれをそうとは気付かなかった。
その一方、ユアはメイナーダが食事を終える前に船を漕ぎ始め、後片付けを終える前にすっかり眠ってしまった。
「あらあらユアったらもうぐっすりね。寝室に寝かして来るからこれでも食べててね」
メイナーダはクルミの載った皿をテーブルに置き、ユアを抱き上げて寝室に向かった。
行って戻るにはそれなりの時間が掛かる筈だ。ルキアスはクルミを食べることにした。
(……って、あれ?
この硬い殻をどうやって割れば?)
皿や皿の周りを見回してもそのための道具らしきものも無い。
ルキアスはクルミを市場で見たことはあっても殻を割って食べたことが無かったため、メイナーダがクルミ割りを忘れていたことに気付かない。
だから考える。
(んー、『捏ね』でいけるかな?
鉄だって捏ねられるんだし)
ルキアスは生活魔法『捏ね』でクルミの殻を捏ねてみる。
(むむむ……)
するとペキッと音がして、クルミの殻に亀裂が入った。
(あ、割れた)
ルキアスは『捏ね』に新たな可能性を感じた。
「渋っ」
しかしクルミは渋かった。よくよく見ると、どうやら渋いのは身に貼り付いている薄い皮だ。だが剥がすのは大変そうに見える。
その渋い皮を剥がそうとルキアスが悪戦苦闘している間にメイナーダが戻って来た。
「肌寒かったらこれ羽織ってね」
メイナーダはルキアスに毛布を手渡した。しかしまだ部屋は暖かく、毛布を羽織る必要が無かったルキアスはひとまず脇に置く。
そうする間にメイナーダはルキアスの横に座った。これによってルキアスは緊張を強いられる。
「ところでルキアスちゃん? 覗かないでって言ったのに、どうして覗きに来なかったの?」
「ええっ。どうしてそうなるんですか?」
思わず声を張り上げそうになったルキアスだが、ユアが眠っているのを思い出し、どうにか抑えてひそひそ声に留めた。
「男の子なら『したら駄目、したら駄目』って言われたらしたくなるものじゃないの?」
「したら駄目ならしませんよ」
「えーっ。そこをするのが男の子じゃないの?」
「誤解ですっ」
「もしかしてわたしって女の魅力無い?」
「有ります! 有りすぎて今困ってます!」
ルキアスはひそひそ声で叫んだ。ソファーに手を突いて顔を寄せて来るメイナーダは良い匂いすぎて落ち着かない。その近さに緊張し、じっと見られることに奇妙なまでの恥ずかしさを感じる。
だがルキアスが固まって暫くすると、メイナーダが「クスッ」と笑って身体を引いた。
そこで漸く一息吐いたルキアスである。
「もう、からかわないでくださいよ。さっきのお嫁さんにってのもそうです。会ったばかりで……」
「あら? 人を好きになるのに時間も理由も関係無いわよ? あの子が好きになったならそれが全てなのよ」
「え……」
「ルキアスちゃんだって、一目で『この人好きだな』って思ったりしたこと無い?」
「あ……」
ルキアスは「車窓の君」を思い出した。
「いや、でも、ユアはまだちちっちゃいんですよ?」
「一〇年後ならユアも一五歳。全然おかしくないわ」
「一〇年は長すぎますって」
「そうね。それは思うわ。だからその時までずっとここに居ていいのよ? それまではユアの代わりにわたしがルキアスちゃんの若い猛りを全部受け止めてあげる」
ルキアスはメイナーダの言葉の全部は理解できなかった。だが少なくとも忘れてはいけない人が居ることは忘れなかった。
「いやいやいや、メイナーダさんには旦那さんが居るじゃないですか」
「帰って来ない夫なんて居ないも同然よ。ユアが産まれた頃から少しずつ帰らなくなって、今じゃ月に一度帰るかどうかなの。まあ、帰って来てもユアは近寄ろうとはしないし、夫もユアを無視してるみたいだから、帰って来ない方がいいかも知れないけどね」
その一方、ユアはメイナーダが食事を終える前に船を漕ぎ始め、後片付けを終える前にすっかり眠ってしまった。
「あらあらユアったらもうぐっすりね。寝室に寝かして来るからこれでも食べててね」
メイナーダはクルミの載った皿をテーブルに置き、ユアを抱き上げて寝室に向かった。
行って戻るにはそれなりの時間が掛かる筈だ。ルキアスはクルミを食べることにした。
(……って、あれ?
この硬い殻をどうやって割れば?)
皿や皿の周りを見回してもそのための道具らしきものも無い。
ルキアスはクルミを市場で見たことはあっても殻を割って食べたことが無かったため、メイナーダがクルミ割りを忘れていたことに気付かない。
だから考える。
(んー、『捏ね』でいけるかな?
鉄だって捏ねられるんだし)
ルキアスは生活魔法『捏ね』でクルミの殻を捏ねてみる。
(むむむ……)
するとペキッと音がして、クルミの殻に亀裂が入った。
(あ、割れた)
ルキアスは『捏ね』に新たな可能性を感じた。
「渋っ」
しかしクルミは渋かった。よくよく見ると、どうやら渋いのは身に貼り付いている薄い皮だ。だが剥がすのは大変そうに見える。
その渋い皮を剥がそうとルキアスが悪戦苦闘している間にメイナーダが戻って来た。
「肌寒かったらこれ羽織ってね」
メイナーダはルキアスに毛布を手渡した。しかしまだ部屋は暖かく、毛布を羽織る必要が無かったルキアスはひとまず脇に置く。
そうする間にメイナーダはルキアスの横に座った。これによってルキアスは緊張を強いられる。
「ところでルキアスちゃん? 覗かないでって言ったのに、どうして覗きに来なかったの?」
「ええっ。どうしてそうなるんですか?」
思わず声を張り上げそうになったルキアスだが、ユアが眠っているのを思い出し、どうにか抑えてひそひそ声に留めた。
「男の子なら『したら駄目、したら駄目』って言われたらしたくなるものじゃないの?」
「したら駄目ならしませんよ」
「えーっ。そこをするのが男の子じゃないの?」
「誤解ですっ」
「もしかしてわたしって女の魅力無い?」
「有ります! 有りすぎて今困ってます!」
ルキアスはひそひそ声で叫んだ。ソファーに手を突いて顔を寄せて来るメイナーダは良い匂いすぎて落ち着かない。その近さに緊張し、じっと見られることに奇妙なまでの恥ずかしさを感じる。
だがルキアスが固まって暫くすると、メイナーダが「クスッ」と笑って身体を引いた。
そこで漸く一息吐いたルキアスである。
「もう、からかわないでくださいよ。さっきのお嫁さんにってのもそうです。会ったばかりで……」
「あら? 人を好きになるのに時間も理由も関係無いわよ? あの子が好きになったならそれが全てなのよ」
「え……」
「ルキアスちゃんだって、一目で『この人好きだな』って思ったりしたこと無い?」
「あ……」
ルキアスは「車窓の君」を思い出した。
「いや、でも、ユアはまだちちっちゃいんですよ?」
「一〇年後ならユアも一五歳。全然おかしくないわ」
「一〇年は長すぎますって」
「そうね。それは思うわ。だからその時までずっとここに居ていいのよ? それまではユアの代わりにわたしがルキアスちゃんの若い猛りを全部受け止めてあげる」
ルキアスはメイナーダの言葉の全部は理解できなかった。だが少なくとも忘れてはいけない人が居ることは忘れなかった。
「いやいやいや、メイナーダさんには旦那さんが居るじゃないですか」
「帰って来ない夫なんて居ないも同然よ。ユアが産まれた頃から少しずつ帰らなくなって、今じゃ月に一度帰るかどうかなの。まあ、帰って来てもユアは近寄ろうとはしないし、夫もユアを無視してるみたいだから、帰って来ない方がいいかも知れないけどね」
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