天ぷらに愛を、(with 女神のお使い)

浜柔

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三一 新たな壁が聳え立ち

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 ギンゴン、ギンゴン、ギンゴン。
 通話石が鳴った。
「はい、天ぷら屋です」
『迷宮の九〇階まで配達をお願いします』
 ここ暫くは迷宮からの配達依頼が無いと喜んでいたのだけど、また依頼が来てしまった。
 通話石からの声は、聞いたことの有る丁寧な口調だ。
「はい。メニューは薩摩揚げとチーカマで、それぞれ一つ五〇ゴールドですが、何になさいますか?」
『それでは、薩摩揚げとチーカマを一〇〇個ずつお願いします』
「かしこまりました。お会計は配達料二〇〇〇ゴールドと追加料金の九〇〇〇〇ゴールドを足して、締めて一〇二〇〇〇ゴールドとなりますが宜しいでしょうか?」
『はい』
「はい、ご注文承りました」
 時間が掛かる配達は避けたいが、致し方ない。直ぐに出発。

 迷宮の中は冬場と比べて冒険者がまばらで、一階から魔物と戦っている冒険者を見掛ける。そのため、冬よりも速く走れる。
 だけど、相も変わらず途中で魔物を引っ掛ける事故を起こしながらの疾走である。冒険者の居ない場所であっても避けられない魔物も居るのだから、こればかりはどうにもならない。
 九〇階に降りる直前の広間では少し違和感が有った。なんだか以前来た時よりも狭い気がする。
 そして、迷宮の入り口からだと一時間ほどで配達先の九〇階へと到着した。
「お待たせしました、天ぷら屋です」
「お疲れ様です」
「ランドルさん?」
 聞いたことが有る声だと思ったら、ランドルさんだった。
「はい、お久しぶりです」
「もう迷宮から出られたとばかり思ってたんですが……」
「そのつもりだったんですが、地上に出ても失業者の身だと気付いて残ることにしたのです。ここなら食事と給料が出ますからね」
「ギルドには戻らないんですか?」
「懲罰を受けるくらいですから解雇されています。それに、この町ではもう冒険者として登録することもできませんから、他の町に行く費用も捻出しなければいけません」
「そうなんですか……」
 この人と話していると、この人が何故悪事に手を染めたのか判らなくなる。
「私のことは置いといて、先に品物を受け取りましょう」
「あ、はい、そうでした。お会計は一〇二〇〇〇ゴールドです」
「はい、ではこれを」
「ありがとうございます」
 代金と品物の受け渡しをした後、先程の疑問を思い出した。
「すいません。一つ伺いたいのですが、八九階の広間って狭くなっていませんか?」
「広間? ああ、それはですね、壁を塞いだためです」
「壁を塞ぐ?」
「はい。魔物が湧き出す壁の前にもう一つ壁を作って罠を仕掛けるのです。すると、湧き出した魔物が勝手に罠に掛かってくれるのです」
「それで倒せるんですか?」
「はい。湧き出す途中と言うのは魔物には実体が無いようで、出終わった時に実体化します。その時に魔力の籠もった障害物が有ると、その障害物に貫かれた状態で実体化してしまいます。それが急所であれば致命傷です」
「なるほど。だとすると、もっと上の階まで壁を作った方が良さそうに思えますが……」
「そう単純でもないのです。質の良い魔石が必要ですから、設置できる箇所に限りが有ります」
 言われてみれば当然だった。魔法で壁を作ったとしても、それだけでは魔力を帯びないのだ。
「すいません、浅はかなことを言って」
「いえ、当然の疑問です。できればもっと浅い階にも設置したいのは皆同じです。そうすれば騎士団の負担も軽くなりますから」
「そう言えば、馬に乗ってないのに何故騎士団なんでしょうか?」
「それは……」
 ランドルさんが苦笑した。
「昔は馬に乗っていたらしいのですが、時代の流れで騎乗している優位性が無くなったために馬を使わなくなり、今は名前だけが名残として残っているのです」
 ガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガン!
 また警報の鐘の音が割り込んできた。
 あたしはランドルさんをジトッと睨む。
 ランドルさんは溜め息を吐くようにして肩を落とした。
「何故こうも配達の度に魔物が来るのですか?」
「申し訳ありません。こんな手段を採らないように進言はしているのですが……」
「やはり意図的なのですね?」
「信じて欲しいのは、私は純粋に注文だけのつもりでした。ところがそれを誰かに利用されてしまったようです」
「利用ですか」
「はい。お支払いする金額はけして少なくはありません。ですから、注文しようとすると許可を得なければなりません」
「はあ……」
「そのため、許可を与える側であれば利用しようと思えばできてしまうのです」
「では、ここの責任者の仕業ですか?」
「恐らくは……」
 そうこう話している内に魔物が近くまで来た。あたしが蹴り飛ばして魔物が骸と成り果てると、辺りからはどよめきが湧き起こった。
「そなたが天ぷら屋の千佳か?」
「はい?」
 何だか偉そうに喋る声に呼び掛けられた。振り返れば、偉そうにしている青年が居る。
「此度の所作、天晴れであった。どうだ? 私の元で働かぬか?」
「はい?」
「そなたを召し抱えようと言っているのだ」
「意味が判らないんですが」
 助けを求めるようにランドルさんを見ると、ランドルさんは肩を竦めて通訳してくれた。
「こちらのお方は王太子殿下であらせられます。殿下は千佳さんの武力をお目に留められて、貴女を直属の兵士になさりたいのです」
 聞いていたあたしの眉根は自然と寄っていった。兵士なんて嫌に決まっている。
「嫌です」
「そなた、何と申した?」
 王太子は「信じられない」と顔に貼り付けた。
「嫌だと言ったのです」
「娘! 先程から殿下に対してその無礼な口利きは何事か!」
 偉そうな青年に付き従っている壮年の兵士が叫んだ。
 いや、無礼と言われても作法なんて知らないよ? それに、そっちから勝手に話し掛けてきたんじゃないか。
 ジトッと怒鳴りつけてきた兵士を見ようとしたら、目の前にはランドルさんの背中が有った。
「この者は平民故、作法に疎いのでございます。なにとぞご容赦戴けないものでしょうか?」
「平民だからと放っておいては、示しが付かぬわ!」
「そうは仰いますが、この者から声をお掛けしたのではございません。それにも関わらずこの者に罰を与えようとなさるなら、殿下こそ平民を陥れた卑劣漢との誹りを受けることになりましょう」
「貴様! 殿下を愚弄するか!」
 兵士は青筋を立て、剣の柄に手を掛けた。
「止めよ!」
「しかし、殿下!」
「止めよと言うのが聞こえぬか!」
「ははっ!」
 王太子が一喝すると、兵士はその場に跪いた。
「この者の申すことも尤もだ。時宜を改めるぞ」
「ははっ!」
 何? この茶番。
「千佳よ、また改めて問うとしよう」
 王太子はそれだけ言って立ち去った。
「とんだ災難でしたね」
「ランドルさん、ありがとうございました」
「いえ、この程度であればおやすいご用です」
「それにしても、殿下とやらがどうしてここに?」
「迷宮攻略は国家事業ですから、王族が率先して取り組んでいる姿勢を見せているのでしょう」
「傍迷惑ですね」
 八九階の時は冒険者と兵士が一緒に作業や休憩をしていた筈だが、今見えている限りでは冒険者と兵士が完全に別れている。その上、冒険者は隅っこに隠れるような感じだ。こんな状態ではできる筈のこともできなくなってしまうだろう。
「そうですね。ですが、真に迷惑なのは王太子の横に居た者です」
「何者ですか?」
「彼は王太子の側近です。どうにも頭の固い御仁でもありますね」
「石頭なんですか」
「はい、カッチカチです」
「カッチカチなら仕方ないですね」
「はい、仕方ないくらいにカッチカチです」
 くすっ。
 どちらからともなく笑いが出た。

  ◆

 春も終わり、夏を迎えた。
「よう、この間は助かったぜ」
 時折、そんな感じの言葉を掛けられることが有る。だけど、心当たりが無い。
 そんなよく判らないことが起きることも有るが、日々は概ね平穏に続いている。
 配達途中で魔物相手に事故る事もあるが、魔物に食われそうになっている人が居て、敢えて蹴飛ばす事もある。平穏とも言えないのはそれくらいのものだ。
 迷宮の中からの依頼も無い。
 一つ学習したことも有る。
 ある時、冒険者に文句を言われた。わざわざ店に来てまでだ。必死の思いで戦って倒せそうだった魔物を横から来て倒すなと言う。
 悔しそうに項垂れる冒険者の姿に何だか悪いことをした気になってしまったが、聞けば魔物に食われそうになっている冒険者が目に入ったので敢えて魔物を蹴飛ばした時の話だった。命より自尊心が大切らしい。
 態度こそ違えど、迷宮で最初に会った冒険者も同じような思いであたしに剣を向けたのかも知れない。
 そんなに自尊心が大事なら冒険者の事は見て見ぬ振りをしよう。

 そんなこんなは有るものの、商品が完売する日も増え、店は成功していると言っても良さそうな感じだ。
 メリラさんに見せたいところだけど、叶わない。彼女は嫁ぎ先へ一年掛かりだと言っていたので、未だ旅の空の下の筈だ。
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