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【1.こたつでお茶】
 ズズズ……。

 ダンジョンの奥深く、魔王はこたつで煎茶をすする。常に被っている仮面の上から自然にすすっている。牛の頭骨に似た仮面には隙間も無いのに不思議なことだ。
 丹前のようなマントの袖口から覗く手は大きく、節くれ立っていて、少々作り物じみている。しかし、作り物にしては器用である。

「はあ、美味い」

 魔王はこたつの上の鉢に入った煎餅を手に取り、囓る。

 ポリッポリポリ……。

「みかんが無いのが残念だな」

 魔王はぽつりと呟いた。

 ダンジョンの外では灼熱の夏の太陽の下、今まで騒がしかったセミがぽとりと落ちた。
 一つの命の終焉だ。寿命であった。
 世界は魔王に関わりなく動いている。



【2.漫画】
「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」

 魔王は大型書店の書棚を見ながら思案していた。

「よし、これだ!」

 選んだ漫画の全巻をこたつの上に積み上げる。
 最近の魔王のお気に入りは、とある世界のとある国のサブカルチャーなのだ。漫画は特にお手軽で気に入っている。
 魔王は異世界の物を寸分違わぬ姿でコピーして手許に創出するスキルを持っていた。

 ポリッポリポリ……。
 ズズズ……

「漫画を読みながらの煎餅とお茶は美味い」

 今日も時間が潰せそうだ。



【3.専属シェフ】
 魔王は専属シェフを雇っている。
 シェフは真っ白な骸骨の身体からだに真っ白はエプロンを着けて料理をする。
 今夜は牛丼らしい。
 小皿につゆを取って口に注ぐ。
 顎の骨の隙間から落ちた汁がエプロンを汚した。

「よし。いい塩梅ダ」

 彼がどうやって味見しているのか、誰も知らない。



【4.晩ご飯】
 魔王もご飯を食べる。

「注文の牛丼ダ」
「待ってました!」

 魔王は魔力で生きているが、無限にも等しい魔力を持っているので、生きるための食べ物を必要としない。
 人の魔力の平均を1とするなら、魔王の魔力は1無量大数ほどであろうか。1日に1万の魔力を使っても、魔王の魔力が尽きるより、宇宙が滅びる方が早そうだ。
 しかしながら食べ物は嗜好品。必要が無くても食べる。楽しむ為なのだから。

「このチープな料理に上等の食材を使うアンバランスなところが堪らんな」

 ご飯を食べた魔王は魔力が10万くらい増える。魔王の命は安泰だ。



【5.栽培】
「玉葱が足りないゾ」
「ちょっと待ってくれ」

 魔王はえっこらしょと立ち上がり、こたつだけの殺風景な部屋をとことこと出て、隣の部屋に行く。
 隣の部屋は専用の菜園だ。

 魔王は床の土に玉葱の種を撒き、魔力を注ぐ。
 魔力を注がれた玉葱はすくすく育つ。
 すくすく、すくすく。
 待つこと5分。出来ましたー。新玉葱になりましたー。

 キシャーッ!

「あ……」

 魔力の加減を間違えたらしい。玉葱が口を開いて叫びを上げ、生えた足で走り出した。
 ダンジョンにまた新たな魔物が誕生した。

「ま、いっか」

 魔王は細かいことに拘らない。



【6.魔物】
 ダンジョンには魔物が跋扈している。

 ブモォォォ!

 二足歩行の牛がシェフを見るや否や襲い掛かった。
 しかしシェフの華麗な包丁捌きの前にはただの肉塊だ。
 牛を倒したシェフがドヤってポーズを決める。

「また美味い獲物を切ってしまった」

 シェフはたまに意味不明だ。



【7.薄皮】
 ブモォォォ!

 シェフに切られた牛は光になった。そしてポンと幾つかの肉になる。
 このダンジョンの牛は殺されると食肉に変わるのだ。それも薄皮付き。料理に使う時は、この薄皮を剥いで使う。
 どうしてこうなるのであろうか。

「え? 床に落ちた肉なんて口に入れたくなくない?」

 魔王の仕業だった。



【8.牛は】
 牛は元々魔王がシェフの要望で異世界からコピーしものだ。
 ところが直ぐに食べない牛を放置していたら繁殖し、魔王の魔力に当てられて、種として二足歩行を始めてしまった。
 今となっては、ダンジョンに溢れている。
 しかしこの牛はどこぞのA5牛より味が良いと、シェフも太鼓判を押す。

「今夜はすき焼きだナ」

 シェフは拾った肉を手にメニューを考えた。

「晩ご飯はまっだっかなー」

 魔王は少し待ちくたびれている。
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