魔法道具はじめました

浜柔

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第九一話 裸ん入者

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 今日も今日とて累造は魔法陣の作成である。その作業中、目の前が淡く光ったと感じた瞬間、周りの空気ごと跳ね飛ばされた。気付けば宙を舞っている。
「うわっ!」
 ガツン。
 壁に後頭部を強かに打ち付けてしまい、意識を失った。

 意識を取り戻して最初に感じたのは、後頭部の柔らかくも弾力の有る形容しがたい心地良さだった。そして頭を撫でられる感触。そのまま眠ってしまいそうになる寸前、その不自然さを認識した。
 首を捩りつつ何故か重く感じる瞼を上げると、目の前に見えるのはぷるんと揺れる乳首。夢を見ているのだと、即座に判断した。夢を見ていると夢の中で自覚するのは珍しいことながら、自覚してしまえば夢の中で自由に動けたりもする。だが、こんな素晴らしい夢を見ているのに下手に動くのは愚行だ。身体の一部に魔力の高まりを感じつつもじっくりと堪能する。
「あん、くすぐったい」
 艶やかな声と共に乳首がぷるるんと震える。知らず荒くなっていた累造の鼻息が掛かって反応してしまったのだろう、一瞬で累造の魔力も高まった。
「起きたのかしらん? 何処か痛いところは有るかしらん?」
 声の主が顔を覗き込もうとしているようだが、累造からは豊かな胸が邪魔して顔が見えない。声の主からも見えないらしく、更に上体を曲げつつ覗き込もうとする。
 さわわっ。
 乳首が頬を撫でた。刹那、魔力が暴発寸前になる。
「わわわっ」
 転がるように半回転して乳首から逃れると、累造の上半身はベッドからはみ出していた。床が少し遠く、右腕が空を切る。
 どすん。
 更にもう半回転するように転がり落ち、累造は床に仰向けになった。見上げると、少しびっくりしたように覗き込む見知った顔。
「デージさん!?」
 膝枕をしていたのはニナーレの上役に当たるデージ・ボン。累造はデージの転送魔法に弾き飛ばされて気絶したのだ。デージが全裸なのは、彼女の使う転移魔法が肉体を転移させるのみだからである。
「元気そうで良かったわん。やっぱり男の子ね」
 人差し指を唇に当てて微笑むデージを見ると、累造の魔力が少し漏れ始めた。大変危険な状態である。
「し、失礼します!」
 累造は危険を脱するために脱兎の如く逃げ出した。眼福を求めるよりも、今はこの先待ち受けるだろう羞恥を避ける方が優先だった。

 ひらひらと手を振って部屋を飛び出していく累造を見送りながら、デージはそっと安堵の息を漏らした。
 デージが累造を膝枕していたのは酔狂からではない。頭を打ち付けたらしい累造に治癒魔法を施していたのだ。
 デージは治癒魔法が使えるが得意ではない。それでも大抵の傷を治せるのだが、魔力のごり押しで治す。それ故に大事に至らないようにするには迅速かつ念入りな治療が不可欠なのである。累造の打ち付けたのが頭だったために大事を取って起きるまで治癒魔法を掛け続けていた。
 治癒魔法は身体を弱くすると経験則で語られていて、過剰な治癒魔法は慎むべきだとされている。一度や二度の過剰な治療でどうこうなったりはしないが、控えるに越したことはない。
 今回も恐らくは過剰だったとデージは予想しているが、はっきりしたことは判らない。
 こんな時、デージは神官長の偉大さを切に感じる。神官長であれば的確な診断をしたであろうし、大事になった後でも治療が間に合うので無駄に治療をしないのである。

 デージの予想は当たっていて、気絶したものの、実際に累造が負ったのは打ち身だけであった。

「あ、累造さん」
「すみません、俺の部屋で待っていてください!」
 ニナーレは部屋から出て来た累造に声を掛けたが、累造は慌てたように走り去るだけだった。
 先刻、累造の部屋で魔力が高まるのを感じた。勿論これは本来の意味での魔力である。それ自体はいつものことだが、魔力の感じがいつもとは違った。少し気になりはしたが、転送装置で商品を転送している途中だったために転送を先に終わらせたのだ。そしてやおら累造の部屋に様子を見に行こうとしたところで累造に遭遇したのである。
 累造に何事も無いのであればそれで良かったが、待つように言われたからには何かが有るのだろう。慌てていたらしく開け放たれたままの扉をくぐった。
「ニナーレちゃん、お久しぶりねん」
「デージ様!」
 ひらひらと手を振るデージを暫し呆然と見詰めた。
「い……」
「今さっきよん」
「な……」
「ニナーレちゃんの様子を見に来たのよん」
 いつ来たのか、何をしに来たのかを尋ねようとしたニナーレだったが、いきなり現れたデージを前に混乱して言葉が上手く出て来なかった。帰郷を先延ばしにしている若干の後ろめたさも有る。
 そんな心情を知ってか知らずか、デージは問いを正しく理解した。
「ずっとニナーレちゃんからの連絡が無いから神官長が心配してるのよん」
 胸がずきんと痛んだ。幼馴染みのマッカと毎日のように話しているためか、連絡するのをすっかり忘れていた。ただ、忘れていなくても今は少し連絡しにくい。
「も、申し訳ありませんの!」
 ただ頭を下げるのみである。
「ニナーレちゃん?」
 歩み寄ったデージに両頬に手を添えられ、上を向かされる。デージの少し鋭くなった視線は何か隠し事が有ると見抜いているのだと雄弁に語っている。
「話してくれるわねん?」
「あ……」
 こうなっては抗いようが無い。商売の事や魔法の事、そしてルゼの事を全て話した。
「そう、ニナーレちゃんはその子が心配なのねん」
「そうですの」
 デージはニナーレの頭を愛でるように撫でる。ニナーレは少し俯いてされるがままだ。
「まずはその子の様子を見てみるとするわん」
 ニナーレの返事を待たずにデージが部屋を出た。そしてそのまま階段を降りようとする。
 ひしっと慌ててデージの腕を掴んだ。
「デージ様、そのままの格好じゃいけませんの!」
 自分の身体を見下ろした後、デージは誤魔化すように笑った。そして二人で前回訪問時にデージが残した服とマントの有るニナーレの部屋へと向かうのだった。

「別に危うそうには見えないわねん」
 それがルゼを見たデージの感想だ。精神が不安定なら魔力にも乱れが現れるのだが、そう言った魔力の乱れは感じられない。ニナーレと別れたからと言って心が病むとは思えない。ニナーレの認識と実際に見た印象とに齟齬が有るようなので、もう少し詳しく話を聞かなければならないだろう。
「デージさん、いらしてたんでやすか」
 思案を巡らせていると、顔を赤らめて緊張した面持ちの青年が声を掛けてきた。視線はチラチラと胸元にきている。
「あらん? ボウヤは確か……」
「ショウでやす。この店で働いているでやす」
「そうそう、前に来た時にここに居たボウヤね。それで私に何か用かしらん?」
「折角でやすからご挨拶と思いやして。宜しければ店内をご覧になっていってください」
「そうねん。そうさせていただくわん」
 ショウの視線がチラチラからジットリに変わりつつある。挨拶は胸を近くから見る口実のようだ。顔を赤らめているのは興奮してのことか。
 告白でもされるのかと思ったら肩透かしであった。
 ショウの後ろに視線を動かせば、ショウの様子をチラチラと覗う店員の姿があった。ショウがデージに近付いてからチラチラ見始めたのだから、その心情を想像するのは容易だった。
 下世話な衝動に駆られ、少し前屈みになって小声で囁く。
「おっぱいばかり見ていると女の子に嫌われるわよん」
「そうでやすか」
 聞いているのか聞いていないのかショウは生返事だ。その一方で視線は熱を帯びている。
 前屈みになったことで、殆ど剥き出しの乳房の先の肝心な部分までもが見えそうになっているために本能がそうさせているのかも知れないが、残念な男であった。

  ◆

 翌日、デージは帰郷した。
 それを見送った後、ニナーレは神妙な面持ちでルゼの前に立った。
「会長さん、私は遠からず帰郷しなければならなくなりましたの」
「そうか」
 ルゼはそれだけを小さな声で答えた。
 そしてその晩、ルゼは累造のベッドで丸くなって眠った。
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