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言葉遣い

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(あたしは何を見たのかしら……。包囲殲滅陣だっけ? ガバガバにも程があるわ)
(そうかな?)
(いちいち突っ込むのは自重したけど、両脚が折れてるのに力強く足を踏み締める冒険者とかも何かも、ガバガバじゃないところが何一つ無いじゃない)
(細かいなぁ)
(細か……)
(それはともかく、包囲殲滅陣の方は今回省略したけど応用は利くんだ)
(応用?)
(例えば包囲殲滅陣に見せ掛けるとか。ファンタジー世界だって考えれば方法は有るものさ)
(確かに見せ掛けだったわね)

 ナーシュを先頭に、兵士や冒険者が凱旋する。重傷を負った兵士や冒険者も折れた腕を大きく振り回し、折れた脚で大きく飛び跳ねて盛大にはしゃぐ。

(ま、待って。やっぱりもう駄目……。折れた脚でどうして飛び跳ねられるのよ!?)
(あれって凄いだろ? 特殊メイクの光学迷彩で本当の足が見えなくなってるんだ)
(え……? ……ほんとだ。何かおかしな見え方してる……)

 町で真っ先に出迎えたのは受付嬢。
「きゃー! ナーシュ君! 大活躍だったのね!」
 勢いよくナーシュに抱き付いて、頭を胸に抱く。
 受付嬢の胸の谷間で顔を赤くして慌てつつも、ナーシュは少し鼻の下を緩める。少し驚いたのが受付嬢の耳の早さだ。ナーシュが戦いの場に着いてから町に戻るまで、誰一人として戦いの場を行き来していない中でのことだから、大した早さである。
「町の人総出でナーシュ君の活躍をお祝いするための準備を始めてるわ!」
「そんな、大袈裟ですよ。たまたま策が当たっただけですから」
「そんなことはないわ。ナーシュ君が居なければその策も無かったんだから」
 受付嬢はナーシュを抱く腕にきゅっと力を籠める。
「わぶっ! う、受付嬢さん! 放してください! ちょっと苦しいです!」
「うふっ。ナーシュ君、その敬語を止めてくれたら放してあげる。ナーシュ君とわたしの仲なんだから、もう他人行儀は嫌よ?」
「で、でも、年上の人にそんな……」
「だーめっ! 敬語を止めてくれるまで放さないんだから」
 受付嬢はナーシュを抱く腕に益々力を籠める。
「わぶっ! わ、判ったから! こ、これでいいだろ!?」
「うふっ、許してあ・げ・る」
 受付嬢はナーシュを放した。それでも衰えない受付嬢の熱視線にナーシュは照れる。
「受付嬢さんには参ったな……」
「あーん! その『受付嬢さん』って言うのも止めて。『受付嬢』って呼び捨てにして!」
「そ、そこまでは……」
「そうなんだ……。じゃあ、そう呼んでくれるまでまた抱き締めちゃうんだから」
 受付嬢がナーシュに躙り寄る。
「わ、判った! 受付嬢! こ、これでいいだろ!? その代わり、受付嬢も俺を『ナーシュ』って呼んでくれ」
「うん、ナーシュ。きゃーっ、言っちゃった」
 顔を赤らめ照れ合う二人であった。
 そしてこの日のお祝いは夜遅くまで続いた。

(ねぇ、「受付嬢」が名前なの?)
(だって、名前考えるのめんどくさいじゃない)
(……)

 業務を終え、居酒屋で受付嬢役が管を巻く。
(かーっ、やってられうかってーの! 見てよ、思い出すだけでこのサブイボ)
 受付嬢役は袖を捲って鳥肌立った腕を見せた。
(うわー)
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