迷宮精霊プロトタイプ

浜柔

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5話

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 カトラは魔法が使えなかったため、殆どの時間を剣の稽古に費やしていた。その内の半分程度の時間はザムトも一緒に稽古している。ザムトはカトラが剣を振る度に揺れる双丘とその先端を思わず目で追っては、雑念を払うかのように首を振って素振りをする。そんなザムトにカトラは頬が緩むのを抑えるのが大変だった。
 打ち込みや受けの稽古にはエリザを頼った。打ち込みはエリザが確実に受けてくれるので、カトラは安心して打ち込めた。一方、受けの稽古では木の棒を持つエリザの打ち込みを全く防げない。蠅が留まりそうな程の速さでしかエリザは棒を振っていないにも関わらず、カトラは身体が全く反応できずに打たれてしまう。
 「そう言うものだ」とエリザは言うが、カトラにはどうにも理解できなかった。
 ザムトの剣の稽古も時間が短い事以外はカトラと同様だったが、受けの稽古に関しては若干の違いがある。制約によりエリザはザムトに対して寸止めまでしかできない事だ。

   ◆

「旦那、あたしが外に出られるようにして貰えないかい?」
 そうカトラが言い出したのは数日経った時だった。
「ん? カトラは何時でも出入りできるけど…あー、あの穴を飛び越えるのは怖そうだな。でも一体どうしたんだ?」
「ほら、この迷宮に籠もってるとさ、あたしだけ何もできなくて足手纏いになってるじゃないか。だから野草でも取ってこようかと思ってね。食事が肉ばっかりってのもきついしさ」
「あー、食事か。すまん、忘れてた。野菜だけじゃなく塩なんかも必要だな。だとすると、お金を稼ぐ必要もあるか」
「お金だったら皮でも売ってこようか?」
「皮? 皮かー。俺としたことがー!」
 そう言いながらザムトは頭を掻いた。そして「カトラ、外に出る件は後何日か待ってくれ」と言い残すと何やら作業を始めた。
 それは、野盗が投げ込んだ木の枝を回収だけしていたものを粉砕して何やら煮出したり、猪や兎の皮を何かで擦ったりと言った事だったが、カトラが手を貸せるものでもなかった。

「できたぞー」
 作業を始めてから数日後、カトラとサシャを前にザムトは手に持ったものを自信満々に広げた。
「すごい! 革じゃないですか」
「材料が有り合わせだったからできはいまいちだけどな、これならカトラがハジリを歩いても大丈夫な服ができるだろう」
「ん? 旦那、あたしはこのまんまでも構わないよ」
「カトラさん、それじゃ何かに捕まるか絡まれるから駄目です!」
「そう言う事だ。とにかくまずはこれで服を作ってくれ。針と糸は無いから穴を開けて細い革で結ぶ事しかできないだろうけど」
「判りました!」
 サシャは張り切って応えた。

「無念です…」
 半日もするとでき上がった服を着たカトラを見てサシャは悔しそうに言った。
「立派なものだと思うけどねぇ」
 カトラは服を見回し言うが、サシャは反論する。
「いいえ、扇情的すぎます! 仕方なかったにしてもこれじゃ男を誘ってるみたいです!」
 カトラが着ているのは臍の上までの長のベストと太股の中程までの長さの前後の革を紐で結んだスカートだ。それもかなり身体に密着して身体の線が浮き出ている。革が少し硬く重かったために、できるだけ服を小さくしないと身動きし辛かったのだ。
「あっはっはっ、着てないよりは寄ってこないだろ」
「それはそうなんですが…」
 サシャはぶつぶつ言い続けるが、ザムトが話を進めた。
「明日にでもハジリに行ってくれ。途中の護衛に黒狼と、町での護衛も兼ねてこいつも連れて行ってくれ」
 そう言いいながらイタチの魔物をザムトが取り出すと、「可愛い…」とサシャがぽつりと呟いた。
「あーん可愛い! 可愛い! ザムトさんお願いです! この子私にください!」
「いやいや、駄目だから…」
 凄い押しで迫るサシャを押し止めるのに苦労するザムトだった。

   ◆

 翌朝ザムトは入り口近くの穴を埋めると、カトラに生皮と鞣し革と野盗の残した金銭を託して送り出した。一度送り出してしまえば帰ってくるまで待つしかない事に一抹の寂しさと焦燥を覚えた。

 ザムトの心配と余所に、カトラのハジリの町への道行きと町での用事はほぼ平穏に終わった。一度町の中で品のない男達に絡まれはしたが、カトラが更に品のない叫びを上げて騒いだことで男達は狼狽えて赤面しつつ逃げていった。問題があったとすれば、皮を売って得たものを足しても、必要なものを全て買い揃えるには資金が足りなかった事だ。そのためカトラ用とエリザ用の衣類の購入をしなかった。カトラ自身はその時着ている革の服に満足していたし、エリザも同様に革の服で良いだろうと思ったのだ。
 カトラは冒険者ギルドへの登録もした。依頼をこなせば収入を得られ情報収集にも使える。
 問題は帰り道にあった。かなりの大荷物になった為に運ぶのが大変だった事もあるが、追跡者が居た。追跡者は慎重に身を隠していてカトラは追跡に気付かなかったが、黒狼の鼻は敏感に嗅ぎ取った。黒狼の挙動で追跡者に気付いたカトラは暫くはそのまま移動し、森に入ってハジリから迷宮まで残り四分の一程になった所で黒狼を別の方向に走らせて身を隠した。黒狼に気を取られてカトラを見失った追跡者は慌ててカトラが消えた付近に駆け寄った所を戻ってきた黒狼に取り押さえられた。
 カトラにはその追跡者に見覚えが有った。野盗のねぐらで見掛けたのだ。もっとその前にカトラが乗せられていた馬車を襲撃しカトラを掠った顔ぶれの中の一人でもある。追求すれば、追跡者の方にもカトラに見覚えが有り不信に思って後を付けていたとの答えだった。

 捕らえた野盗を連れてカトラが迷宮に戻ると直ぐにザムトが出迎えた。その事にカトラは驚く。
「旦那、どうして帰ってきたのが判ったんだい?」
「大したことじゃないよ。魔物の目を通して物を見ることができるようになったから入り口を監視するようにしたんだ」
 そう言いつつザムトは天井にぶら下がっているコウモリを指差した。
「いやいやいや、十分大した事だって。なんだか旦那は段々何でも有りになってきてるね」
「ははは、それよりこの男は?」
「ああ、野盗の一味だよ。あたしの後を付けてきたんで捕まえたのさ」
 それを聞いてザムトはゆっくりと眼を細めると、冷たく言う。
「じゃ、色々聞き出さないといけないね」
 ザムトは野盗を迷宮の奥に連れて行くために入り口付近の罠を取り外す。サシャが外に出られるようにしようとも考えていたので物のついでだ。
 奥に連れて行かれる途中、野盗はエリザを見て卑猥な事を言い立てるが、カトラに直ぐさま制裁を受けると黙った。エリザは聞こえてもいないかの様に全く動じなかった。

「ねぐらは何処だ?」
 迷宮の奥、今までザムト以外が足を踏み入れたことのない部屋の一つに野盗を拘束し尋問した。。
「へ! 誰が言うも…ぎゃあああぁぁぁ!」
 反抗的な答えにザムトは容赦なく太い釘を野盗の足に突き立てる。
「ねぐらの場所を聞いてるんだから早く答えろ」
「た、助け…ぎいやああああああ!」
 「余計な事は言うな」と、ザムトは野盗の足に更に釘を突き刺す。
「わ…判った、だから…ぎぃひいああああああぁぁぁ!」
 「何度も言わすな」と、ザムトは野盗の足に更に釘を突き刺す。

 そうしてザムトは野盗の本拠地と隠れ家、そして野盗の仲間の人数や特徴を聞き出した。野盗の残党は残り十八人。野盗には苦しまないように永遠の眠りを与えている。
 これがザムトの野盗狩りの第一歩だ。カトラやサシャは野盗に捕まっている間は意識が朦朧としていたためにねぐらの場所も覚えておらず、これまでは放置するしかなかったが漸く動ける。
 準備としてザムトは猫の魔物を十頭と鴉の魔物を十羽を追跡用として召喚する。

 手始めに、ハジリの町外れにある隠れ家に潜伏している者を一人ずつ捕らえる事にする。捕らえる者をカトラが判断し実行するのは黒狼だ。それを夜の闇に紛れて一夜に一人ずつ迷宮へと連れ去る。逃亡する者が居れば優先的に捕らえる。迷宮で尋問した後は迷宮の糧とする。
 隠れ家には最初三人居り、途中で一人加わったが四夜目には隠れ家はもぬけの殻になった。残った一人は本拠地へと逐電した。
 次に野盗の本拠地で同じように一人ずつ捕らえていく。迷宮の東に有る洞窟に野盗の本拠地は有ったが、四人捕らえた所で洞窟から籠もって出てこなくなる。
 そこで本拠地は後回しとし、迷宮の東少し北寄りにあるベーネブ村に居座っている一味の者を捕らえる筈だったが、野盗と村人の区別がはっきりしない。

「だったら村の人に判断して貰うしかないな」
 カトラの報告を聞いたザムトがそんな事を言う。
「そんな事したらその人からバレるかも知れないじゃないか」
「うん。だから、掠《さら》っちゃおう」
 その言葉にカトラは目を丸くする。

「なんじゃ! こんな婆を掠ってどうしようと言うのじゃ!」
 カトラが連れて来たのは老婆だった。男性が治療スライムに触れるのは命取りとなるため、安全を考えれば掠うのは女性である必要がある。そして外を出歩いているのは老婆だけだった。
「話を聞きたいだけですよ。ベーネブに居る野盗を始末する為に」
「なんでおぬしがそんな事をするのじゃ?」
「野盗と言う存在に思うところがありましてね。それにベーネブに居る野盗達はここに居るカトラ達に酷い事をした連中だから、その報いを受けさせたいんですよ」
「それにしちゃ、この娘は傷一つ無いように見えるではないか?」
「今はそうですけど、ここに初めて来た時は死にかけてたんですよ」
「どうにも信じられんの」
「証明できなくはないんですが、かなり時間が掛かると思いますから今は置いといて協力して貰えませんか?」
「ふん! まあ駄目で元々だし構わぬのじゃ!」
「では、こちらで野盗っぽい奴を捕まえて来るので、間違いが無いか確認してください」

 そしてザムトは手始めにベーネブで剣を持っている者を捕らえる対象とする。捕らえてみれば皆野盗であり、居座っていた七人中の四人を捕らえた所で残りの三人が村から本拠地へと逐電する。捕らえた中には村人から転じて野盗の仲間になった者も居たが、ザムトは野盗と同じ運命を辿らせる。
 最後に本拠地に籠もる残党となるが、隠れ家や村から逐電した野盗が合流して八人居る。そこでザムトは骸骨兵を五体召喚してザムトが錬成した武器を装備させる。材料は野盗が残した武器等の金属類だ。一方で、骸骨兵を見たサシャが怯え、カトラが苦笑いを浮かべたのを見たザムトは若干落ち込んだ。

 骸骨兵を先頭に本拠地にカトラは乗り込む。激しい抵抗を覚悟していたが、そこに居たのは二人の女を相手に狂ったように腰を振り続ける六人の男達だった。いや、実際に狂っているのだ。カトラ達が見えてもいない。女達はカトラにも見覚えがある野盗の頭目の女房と娘だ。毎日仲間が消えていく事に神経を磨り減らした男達は、その恐怖から逃れる先を日頃欲情を覚えていた相手に求めたらしい。
 カトラは男達を殴りつけ気絶させて拘束し女達も拘束する。奥には鎖に繋がれた女が五人居たが三人は既に死んでいた。生き残っている二人は直ぐに迷宮へと送る。
 これで十五日程掛けた野盗の討伐は終わった。

 ザムトは迷宮に移送した盗賊の男達を尋問してみたが意味のある回答は得られなかった。頭目の女房と娘は捕らえた女達を虐待する主犯だった。何か気に入らない事が有る度に暴行していたと言う。女房に対して何故か黒狼が物欲しそうにしたため、迷宮の奥に拘束するだけにして後は黒狼の好きにさせる。その後毎日夜明け前に女の悲鳴が迷宮に響き渡る。娘の方は拘束だけで放置する。
 野盗に囚われていたまま死んだ女達の遺体はベーネブの村人が見てもベーネブ村の者かどうか判らなかったが、ベーネブの村人の手で弔われる事になった。
 討伐から三日が過ぎて野盗の本拠地から助け出した女二人の治療が終わった。一人はベーネブ村の娘だった。二人はベーネブ村に住む事になった。
 その後ベーネブ村で野盗に乱暴された女達の治療もザムトは行った。更に村の他の者の治療を頼まれたが断った。際限が無いからである。それでも尚治療を求める者には、患者が女であればハジリの町で三食付きの宿に一年間寝泊まりできる程度の金額を、患者が男であればその十倍の金額を要求した。「そんなもの払えるものか!」と剣をザムトに突きつける者も現れたが、エリザに即座に切り捨てられた。それ以降ベーネブ村の者は迷宮に寄りつく事さえ無くなった。
 但し一人だけ残っている者が居る。治療スライムの中で眠る老婆である。
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