迷宮精霊

浜柔

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第四二話 救出

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 シルベルト辺境伯ウルムンドが討たれた報が届いた時、その妻マルガレッタは夫の後を追う心づもりをした。それ程までに掛け替えのない伴侶だったのだ。
 自分が自分であり続けられ、それを伴侶に望まれもする。それは幸せなことだった。
 夫の手ずから肉体を愛して貰うには少々苦心させられたが、それはそれで充実した日々だった。
 淫らに振る舞うほどに夫の視線が熱くなり、自らの肉体も熱くなる。ところがそこからが問題で、夫を見るだけでは我慢できなくさせるためにあの手この手で挑発し、その多くが空振った。しかし、それが成功した時の満足感は至福の官能をもたらした。苦心すればするだけ成功した時の官能が高まったのだ。
 そんな官能は全て思い出になってしまった。ウルムンドを喪ったことでできた心の隙間も身体の隙間ももう埋まらない。
 だから共に逝くことを望んだ。
 しかし、報を届けた領軍軍総長に機先を制されてしまう。
「若奥方様、お逃げくだされ」
 かぶりを振った。だが、軍総長の言には続きが有った。

 曰く、前途有望な若い兵士をみすみす死なせるのは忍びない。だから逃がしてやりたい。しかし、ただこの場から逃げ出したなら、後ろめたく思って生涯に渡る心の傷となりかねない。それ故に彼らが恥じることなく落ち延びる大義名分になって欲しい。
 曰く、一度ケストロームが陥落したとしても、地方に派遣されている軍団は健在であり、糾合すれば奪還は可能である。ここで逃げても大義名分さえ有れば胸を張って合流できよう。そうすればまた活躍する場も有る。
 曰く、他の軍団が健在であることは心強い一方、現時点で駐屯している兵士の未来を閉ざすことになる。人質にするなら兵士より一般民衆の方が手軽なのだから、扱いに困る兵士は殺されるに違いない。

「貴方は私に生き恥を晒せと仰るのですね?」
「その通りです。生きられる者を生かすのもまた領主夫人としての務めでありましょう」
 そう言って頭を垂れる軍総長に恨みがましい視線を向けた。言い切られては多少の反発心も起きようと言うものである。
 しかし、言われたことは尤もであった。兵士達をむざむざ死なせるのは忍びなく、できるならば生き残って欲しいのはマルガレッタとて同じだ。
 それに加え、軍総長はマルガレッタの親の世代であり、先代辺境伯から仕える重臣でもある。彼が「奥方様」ではなく「若奥方様」と呼ぶのはそのせいだ。そんな男に頭を下げられれば断り難い。
 だから一度大きく深呼吸して気持ちを落ち着けると、首を縦に振り直した。
 そうしてマルガレッタは若い兵士達とその隊長兼教官を務める中堅の兵士と共に包囲網を突破し、一路迷宮を目指すこととなった。

 包囲網に突破口を開くのは居残り組の老練な兵士達の仕事である。暴徒鎮圧のために中堅の兵士達が遠征している都合、ケストロームには老年、あるいはそれに近い兵士と、逆に未熟な若い兵士が大半となっている。その内の若い兵士を逃がそうとするのだから、必然的に老兵達が使命を負うことになる。
 その老兵の筆頭である軍総長は準備が調うのを夜もまだ暗い城壁の上からケストロームを包囲する敵陣を望みつつ待っていた。

 城壁はケストローム全体を囲っているのではなく街道付近にのみ構築されており、魔導砲の砲台と物見櫓の役割を兼ね、街道に沿った大群の移動を阻害する目的を持っている。町の周囲のその他の部分は馬防柵と濠だけが有る。
 目立つ大部隊としての行動であれば接近される前に迎撃態勢を整え易いが、小部隊が隠密行動をしていれば近接されるまで気付けないことも多い。そのため、幾度となく小部隊による断続的な襲撃を受けて防衛戦を強いられている。包囲された時点で寡兵な上、市内で多発する騒乱に兵力を割かれている。更に騒乱によって移動経路が塞がれていることで奇襲を受けた部隊への救援もままならない。勇猛を誇る兵士達も消耗し、一人また一人と打ち倒されていった。
 それでも敵が及び腰気味なことで崩壊を免れていた。犠牲を厭わない総攻撃を仕掛けられていたら一溜まりもなかっただろうが、包囲している三つの軍が互いに牽制し合ったことから、散発的で小規模な攻撃に留まっていたのだ。
 先陣を切るのは勇ましいが犠牲も多い。兵力が減れば占領後の主導権争いに不利になるため、各領軍は自軍の犠牲を少数に止めながらケストロームの兵士を疲弊、消耗させるための攻撃であった。
 そうして疲弊を強いられた兵士達を鼓舞するために辺境伯ウルムンドは陣頭指揮を執っていた。そこに折り悪く流れ矢が飛来し、その矢に貫かれて絶命してしまった。
 ここに至って帰趨するところは明らかであり、当主不在となった領都を防衛する意義も薄い。難民による暴動の鎮圧に向かった次期当主であるウルムンドの長子の下に戦力を結集して反攻に出るのが最善と考えられた。
 そうとなれば、この場では如何に負けるか。玉砕か降伏か。降伏は恐らく玉砕と結果が同じだ。兵士は捕虜にされずに処刑される可能性が高い。考えるべきは誰を生き延びさせるかである。軍総長がマルガレッタに語ったところは方便が半分ながら、半分は経験に基づいた推測だったのだ。

 軍総長自身は生まれ育ったケストロームを離れて暮らすには歳を取り過ぎていて、落ち延びてまで生き残ろうとは考えていない。後身に託すのが年寄りの務めだと信じるのみである。
 そうして若干感慨に浸りつつあった軍総長の許へと同年代の宿将が歩み寄る。
「軍総長、出陣の用意が調いましたぞ」
「若奥方様の準備もか?」
「恙無く」
「それでは年寄りの晴れ舞台へと参ろうか」
「冷や水になりはしませんかの?」
 おどけたような宿将の言葉が笑いのツボに入り、わははと一頻り笑い合う。
 笑った後で表情を引き締める。
「改めて、冷や水でも浴びに参ろうか」
「年寄りもたまには見栄を張りませんとな」
 二人は突破隊が集合する通りへと歩を進めた。

 陣形は荒れ地の走破に適した馬車一〇台を中心とした紡錘形。それが通りの広さに合わせて引き延ばされた形で待機している。
 馬車の一部にはマルガレッタとその側仕えの女八名が分乗し、残りの馬車には数日分の食糧と幾許かの日用品が載せられている。衣類は荷物に入っていない。女達はマルガレッタを始めとして裸族であため必要とせず、男達は着た切り雀の予定だ。
 満載すれば半数で済むところを一〇台の馬車を使うのはカモフラージュの意味と一台当たりの積載量を抑える意味が有る。
「若奥方様、出発いたします」
 軍総長はマルガレッタに一言掛けてから隊列の先頭へと出た。
 薄明が訪れる。
出発しゅっぱーつ!」
 号令と共に隊列が動き出す。城壁を通り抜けた後の隊列は広がりつつ少し速度を緩め、後続が城壁を通り抜けるのを待つ。
 最後尾が城壁を抜けたら隊列を微調整しつつ歩みを速める。
 この頃には敵軍も迎撃態勢を整えているが、それは織り込み済みである。大隊規模で移動して気付かれない筈がない。不特定の誰かが包囲を突破すれば良いのであれば少数が奇襲を掛けて混乱を誘発させ、その隙を擦り抜ける方策も採れただろうが、特定された中隊規模の人員を逃がそうとするのだから基本は正面突破となる。
吶喊とっかーん!」
 軍総長の号令の下、老兵を先頭にして「うおおお」と鬨の声を上げつつ突撃する。突破後の経路も考慮に入れて突撃先は敵兵の最も薄い場所ではなく薄めなだけの場所。兵の層が厚い分だけ抵抗も激しい。
 一人二人と討ち倒されながらも老兵達は道を切り開く。馬車へと攻撃を向ける弓兵や魔法士が居れば、一人、または数人が玉砕覚悟で突撃して討ち果たす。その後にまた隊列へと戻れれば良いが、多くはその場で討ち果たされる。
 包囲を突破させまいとする敵の抵抗は苛烈を極める。だが、老兵達の突撃はそれを上回る苛烈さである。敵の屍も味方の屍も乗り越えて吶喊する。数多の老兵が屍を晒そうとも怯むことなく槍を振るう。
 やがて、その鬼気迫る姿に対峙する敵兵の方が怖じ気づいた。一歩下がればもう一歩と徐々に通り道を空けるかのように後退る。
 斯くして突破は叶った。
「追え! 追え! 追えーっ!」
 敵軍の指揮官の号令を聞いたからか、叩き付けられていた気迫が薄らいだからか、敵兵達が冷静さを取り戻して追撃に移る。
 そこに先頭で突破口を切り開いていた老兵達が反転して敵の追撃を抑えこんだ。
 そして、マルガレッタらへの追撃を少しでも遅らせるため、最後の一人まで勇敢に戦った。

 約一五〇〇名の犠牲の下、包囲を突破したのは約五〇〇名。マルガレッタとその側仕え、彼女達の護衛を名目とした若い兵士達、そしてその若い兵士達を護衛するのが真の目的の中年の兵士達であった。

  ◆

 包囲していた三つの軍の兵力はそれぞれ約五〇〇〇だったが、マルガレッタらが突破した位置に居たツベラルカ伯爵及びテラド子爵の軍には合計で約三〇〇〇名の戦死者と約一〇〇〇名の行動不能者が発生した。軽傷者もまた二〇〇〇名に及ぶ。犠牲の数だけで言えば大敗北である。
 その結果、ツベラルカ伯爵とテラド子爵は負傷者の救護と戦場の後処理に追われ、更にケストロームへの進駐を優先させたためにマルガレッタへの追撃部隊を出さなかった。ケストロームの利権は早い者勝ちの色が濃いものだったためである。

 チドルサ伯爵の軍はツベラルカ伯爵、テラド子爵両軍の動きに呼応するようにケストロームへと進駐する。それが完了した後、マルガレッタへの追撃部隊が出されていない事を知ったチドルサ伯爵は一五〇〇名の部隊を編成して追撃を命じた。
 ここまででマルガレッタらが包囲を突破して二日余りが経過しているが、通った後には痕跡が残っているために追撃部隊が迷うことは無い。速度差が有るため、追撃部隊は二日程度で追い付く見込みである。
 つまり、老兵達が自らを犠牲にして作った時間は四日であった。

 包囲突破から四日余り、マルガレッタ一行は追撃部隊に迫られる。
 すると、マルガレッタと行動を共にしていた中年の兵士から一〇〇名が殿として追撃部隊を抑え、また一日の時間を作る。
 翌日にまた次の一〇〇名が、その翌日にはまたまた次の一〇〇名が一日の時間を作った。
 先に進む皆を見送る殿として残る彼らの笑顔がマルガレッタの心に突き刺さった。

 更にその翌日、マルガレッタ一行の運命は風前の灯火となった。
 追撃部隊は約七〇〇名にまで減っているが、マルガレッタ一行を守る者はもう居ない。若い兵士達はまだまだ未熟な者達だ。数の差に加えて練度の差が有るために、ただただ蹂躙されるのを待つばかりに等しい。
 戦端が開かれるや否や、幾つもの断末魔の悲鳴が響き渡る。

 マルガレッタは恐怖した。自らの命が失われることにではない。自らのために命が奪われていくことにだ。
 それは考え過ぎではあったが、マルガレッタ自身にはそう感じられた。

 若い兵士達は奮戦した。決死の覚悟によって熟練の敵兵と一対一なら互角に渡り合うほどに。
 しかし多勢に無勢。一人また一人と倒されて健在な者が半数にまでに減り、馬車の一台からマルガレッタの側仕えの一人が引き摺り出されるに至って誰しもの心に「これまでか」との思いが過ぎる。

 その時、肌色が戦場を駆け抜けた。

 一糸纏わぬ女達が敵兵を鎧袖一触叩き伏せる。鎧を着ていないのでちょっと違うが概ねそんな感じだ。
「蹂躙なさい!」
 凜とした声が響き渡るのに応えて肌色の乱舞は苛烈さを増し、瞬く間に七〇〇だったチドルサ兵が数を減らしていく。
 その中でも一際目を惹く女が居た。そそり立つ乳房を弾ませながら縦横無尽に戦場を駆け巡る。カトラだ。
 カトラはリタとの鍛練の日々において天井の高さの制約から主に体術を鍛えていた。そしてそれは娼婦を営む日々の中で培われた艶めかしい仕草と相まって昇華されていた。
 一つの動作の終わりが次の動作の起点となって一瞬たりとも止まること無く弧を描くその手足は流水のようでもあり艶めかしくもある。時に腰をくねらせ、時に片足を掲げて回転し、時に倒立から体を入れ替えて敵からの攻撃を避ける様は舞うかの如し。
 その一方で次々と繰り出す斬撃、打撃、蹴りは一撃必殺。打撃は鎧を穿ち、蹴りは剣を砕く。攻撃を避ける時もただ避けるだけではない。腰をくねらせては投げを打ち、片手倒立しては両の脚で蹴りを放つ。
 正に無双であった。
 欠点が有るとすれば動きが平面的なことだ。しかしそれで不利になるのはローニャのように立体的に動ける特異な者を相手にした場合だけである。

 いつしかシルベルトの兵士達は手を止め、熱い眼差しでカトラに見入っていた。それまでの戦闘で疲労した心と身体も手伝ってそうさせた。
 あまりの無防備。しかし見入ってしまったのはシルベルトの兵士だけではなかった。
 チドルサの兵士達は視界の端に映る暴虐がいつ自らの剣や鎧を砕くのかと戦々恐々としたのだ。
「ええい! その女だ! その女を殺せ!」
 追撃部隊の隊長も同じであった。そしてその命令に即座に従った者が討ち倒される。一旦は命令を拒絶しながらも、味方が次々に討ち倒される様子を目にする内に恐怖心が限界を超え、倒される前に自ら討ち倒されに吶喊する者が現れる。恐怖心も突き抜けて魅了されたようにふらふらと近付いて討ち倒される者も現れた。
 その狂乱の中心に居る女は全身を朱に染め、凄絶な笑みをその顔に浮かべる。

 カトラは安堵していた。知らず笑みがこぼれるほどにだ。この場の半数ほどが倒された後だったために満足とまではいかなかったが、全くの手遅れでもなかった。助けられる命が有ったことに喜んだ。
 その際、敵を屠ることに躊躇は無い。侵略者など盗賊と変わりはしないのだ。盗賊などいくら死んだところで、いくら殺したところで悲しむ心は持ち合わせていない。一度カトラから全てを奪っていったのは盗賊なのだ。
 その際に少し心も壊されてしまっていたのだろう。いつぞやの捕らえた襲撃者を殺した時も特に何も感じなかった。
 奪われた手足、奪われそうになった命を取り戻してくれたのがザムト。新しく何かを与えてくれたのは迷宮の仲間達であり、迷宮を受け入れてくれたハジリの人々である。ひいてはシルベルト辺境伯領の大らかさであり、シルベルトを擁するセーベリート王国である。
 優先順位は間違えない。シルベルトに仇為す者は同じセーベリートの者でも討つ。ハジリに仇為す者は同じシルベルトの者でも討つ。迷宮の仲間に仇為す者はハジリの者でも討つ。フィーリアは勿論迷宮の仲間である。

 そんなカトラの安堵の笑みが傍からは血に酔った笑みに見えた。さながら悪鬼の如くにだ。
 それがまたチドルサ兵達に恐怖を呼び起こし、狂乱を生む。恐怖から逃れんがため、ある者は挑み掛かり、ある者は逃亡を図る。
 しかし逃亡を図った彼らは忘れていた。他にも戦場を駆ける一五の肌色が有ることを。戦場から逃れるには程遠い場所で裸刹隊によって骸に変えられた。
 そんな狂乱はチドルサ兵の残りが一〇〇名を切ろうかと言う頃に漸く治まった。
 残ったチドルサ兵達は追い詰められたように一箇所に纏まっている。ガタガタと震えながら剣を取り落とす者、逃げ道が無いかとキョロキョロと落ち着き無く辺りに目を奔らせる者などそれぞれであるが、周りをほぼ均等な間隔で朱く染まった全裸を晒す女達が取り囲んでいて逃げ道は無い。怖ろしいのはその朱が全て返り血であることであった。
 ある者は一斉に逃亡を図れば誰かは生き残れるかも知れないと考えた。だが、既に逃亡を図った者は少なくない。その彼らの今は累々と横たわる屍の一員である。その考えを早々に捨てた。
「鬼女」
 誰かが呟いた。現実逃避だったのであろう。
 しかしそれは広がりを見せた。「鬼女」「鬼女」「鬼女」とざわめきのように広がる。その多くがカトラに視線を注ぐ。それに気付いたカトラが顔を顰める中、また誰かが呟く。
「朱艶の鬼女」
 朱く染まった艶やかな肢体とその滑らかな体捌き、鬼のような豪腕に悪鬼の如き笑み。彼らにはそう見えたのだった。

 隊員がチドルサ兵の制圧をしている間、フィーリアは負傷者の治療に走り回っていた。まだ息のある者を見つけて魔法札で治療し、容態が安定したら安全な所に運ぶのだ。
 そして制圧が完了した後、捕虜としたチドルサ兵の監視をシルベルト兵に任せ、負傷者の治療を隊員に任せる。
「女性の治療は死なない程度に止めて男性の治療を優先させなさい!」
 そう指示をした後、漸くマルガレッタが乗っていると言う馬車へと向かった。
「伯母様、フィーリアです。開けて宜しいですか?」
 馬車の扉をノックしつつ尋ねても返事が無い。
「伯母様? 開けますよ?」
 不審に思ったフィーリアは返事を待たずに扉を開けた。
 そこに居たのは毛布にくるまってガタガタと震えるか弱い女だった。
「伯母様?」
 やはり返事は無かったが、紛うこと無きマルガレッタである。そのただならぬ様子にフィーリアの心はざわめいた。
「伯母様!」
 呼び掛けながらマルガレッタを掻き抱く。
 それだけではまだ反応を返さなかったが、幾度となく呼び掛ける内、マルガレッタが顔を上げた。
「殿……下?」
「そうです。フィーリアです」
「殿……下……」
 フィーリアの姿に安心したのか、そのままマルガレッタは気を失った。

 マルガレッタを側仕えに任せ、フィーリアは捕虜の尋問である。色々と判らないことが多過ぎるのだ。
「尋問を受けたくなったら言いなさい。それまで尋問はしなくてよ」
「拷問するつもりか!?」
 チドルサの隊長が吠えた。その様子にフィーリアがくつくつと嗤う。
「これは人聞きの悪い。気持ちいいことをするだけよ?」
 悪役みたいだと自嘲しながらもそうせずにはいられない。それほどまでにフィーリアは腹に据えかねていた。
「ミランダ、頼みます」
「かしこまりました」
 フィーリアに丁重に返事をした後、ミランダはチドルサの隊長に向き直り、口角を吊り上げて笑う。
「な、何をするつもりだ!?」
「あら? 殿下がおっしゃったように気持ちいいことですわ」
 更に口角が吊り上がる。向けられれば怖気の走る笑顔であった。
 しかし、既に返り血が拭われて全てを曝け出している肉体は、先程まで暴虐をを働いていたとは思えない柔らかな曲線を描く。隊長とて男、反応もしようと言うものだ。
「さあ、楽しみましょう」
 既に鎧は剥いでおり、最後に残った遮るものであるズボンを下ろしに掛かる。
「何をするか!」
「あら? ナニですわ?」
「まさか!?」
 そう言いながらも期待するかのように隊長の顔が歪む。
 その期待が裏切られることは無かった。
 ミランダが事を始めたのを合図に他の裸刹隊員達もそれぞれに男を選んで同様の行為に及ぶ。
 選ばれなかった捕虜達は選ばれた者達を羨ましげに見る。だがそれは最初だけのことだった。
 裸刹隊員は今や痴女の権化とも言える。寝食以外の時間を全て猥褻行為に費やしたとしても平気な体力と耐久力、そして性欲を備える。しかし、その欲求のままに男を求めたのでは男が壊れもすれば逃げられもする。だから普段は手加減をしているのだ。
 そんな彼女達の前に居るのがこの捕虜達である。手加減の必要が無い。フィーリアとカトラを除いた一四人で割れば概ね一人当たり七人の割り当てになる。
 だから最初から全力全開。瞬く間に男達を追い詰めていく。
 あっと言う間に絶頂に達した男達はほんの僅かな時間で終わったことを惜しむように物憂げにする。
 しかし、男達の恐怖はここからが本番である。裸刹隊員の半数は男を変えたが、残りの半数はそのまま同じ男を責め立てる。男達が見せる「続きがあったのか」との安堵の表情が引き攣るまでに然程時間を要しなかった。
 回数が少なければ快楽となることでも連続で回数を重ねれば徐々に苦痛へと変わる。更に続ければ激痛が待っている。
「ぎゃああ! 止めろ! 止めてくれ!」
 男は懇願するが女の腰は止まらない。
「止めて欲しかったら判っているでしょう?」
「ぎゃああ! ひいいい!」
 女が諭すように囁きかけても男の耳にはもう届いていない。遂には血を噴き出し、口からは泡を吹き出して人事不省に陥った。
 それを目の当たりにした男達は半狂乱。順繰りに男を味わっていた裸刹隊員も二巡目に入っていたことで、その相手となっていた男達も自分の運命を悟って泣き叫ぶ。

「やっぱり旦那のようにはいかないね」
 カトラは一晩中ザムトに犯され、感じさせられた時のことを思い出しながら呟いた。ザムトは人ではないが故に精力が無尽蔵なのだ。
「ザムト様は特別ですから」
 フィーリアは初めての日を思い出しつつ同意するように呟いた。
 当然ながらこれほど呑気に眺めているのはこの二人だけである。生き残ったシルベルト兵の男達は縮み上がった股間を押さえて蒼白になり、マルガレッタの側仕えを含めた女達は顔を引き攣らせた。

 そうして一晩掛けて得られた情報は、追撃隊が官位の低い者達ばかりであったためか噂話程度のものであった。
 だが、そこには聞き捨てならない話が含まれていた。
 北部諸公の全てが叛旗を翻したと言う。そして王都セベレスもケストロームと同時に攻撃をしたとも。
 その真偽はローニャの報告を待たなければならない。
 意識を取り戻しても尚震え続けるマルガレッタの様子が心配ではあったが、フィーリアは早ければこの日の晩にも戻ってくるローニャの報告をいち早く聞くため、マルガレッタ一行の護衛を裸刹隊に任せて自らはカトラと共に迷宮へと帰還した。

 迷宮へと走り去るフィーリアとカトラを見送りながら誰かが思い出したように呟く。
「朱艶の鬼女……」
 カトラの二つ名が生まれた瞬間であった。

  ◆

 余談ながら、この一件が元で裸刹の伝説が生まれる。
 悪事を働いた男には裸刹がこの世ならざる制裁を加えにやってくると言う。
 そしていつしか裸刹が伝説の存在でしかなくなった頃、変質していたずらっ子への寝物語になる。
 大人達が子供達に言うのだ。
「裸刹が来るぞ~」
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